第31話 サーシャ
次の日も、また次の日も、俺は学校で吉田と話すことはなかった。
別に腹が立っているわけではない。
単に話す機会がなかったのだ。
吉田は休み時間どころか授業中まで、初めて出来た彼女とのコミュニケーションに夢中だった。
常にスマホを眺め、幸せそうにニヤけて、返信が来ると光の速度でその返事をうち始めるのだった。
(ま、いっか……)
何だかどうでも良くなった俺は、特に声もかけずに下校した。
そして家でいつもどおりの日常ルーチンをこなすと、その流れのままに、AROの世界へとダイブするのだった。
* * *
「みなさん、今日はわたくし、訓練には参加いたしませんので」
いつものように肉を食いつつ、みんなに告げる。
お嬢様口調も、だいぶ板についてきちまった。
セバスさんが代表して答える。
「左様でございますか」
「ええ、私は山で狩りをしてきます。みなさんはいつも通り、村人たちを引き連れて訓練をして下さいませっ」
最近では村人たちは、戦闘訓練まで自主的に行うようになった。
お陰で、領内格闘力の数値はうなぎのぼりだ。
「かしこまりました。では、私とサーシャで手分けして指揮致しましょう」
「はい、よろしくたのみますわ。メドゥーナは、わたくしと一緒に来て下さいね」
「……(こくこく)」
彼女を護衛に付けておけば、サーシャも何も言わないからな。
もっとも今ではクマ狩りの熟練度も上がり、殆ど俺1人で大量虐殺できてしまうのだが……。
食事を終えた俺は、シャツの上に鎖帷子だけを身に着けて外に出た。
ピンク色のドレスは、もう必要ないので着ていない。
――30分後
「ふう……」
公爵領の中でも一番深い森の奥。
夥しい数のブラウンベアーが、ポリゴンの欠片となって散るのを眺めつつ、俺はその場で息を整えた。
「…………」
メドゥーナが、どこかつまらなそうにその様子を見ている。
ほぼ俺1人でやれてしまうので、彼女はまったく出番がないのだ。
高級ポーションを取り出して、その細長いガラス容器をパキりと折る。
一本1万5000アルスと結構な値段がするが、一瞬にしてHPを満タンにできるすぐれものだ。
ドゥーム・ストライクと瀕死の連打で、一度に20頭は仕留められるので、これでも全然黒字である。
クマ肉 : 3000アルス×6
毛皮(大): 2000アルス×8
ポーション:▲1万5000アルス×1
計 : 1万9000アルス
「よし、次!」
「…………」
何か言いたそうなメドゥーナをよそに、俺は新たなクマを狩りに行く。
――2時間後
やばいな。
チーターみたいな速度で移動できるので、早くも領内にいるブラウンベアーを狩り尽くしてしまったぞ……。
2分間で20頭くらいのペースで倒しているから……単純計算で1200頭。
少なくとも1000頭はしとめている。
「あははっ、ちょっと前まで月1000頭なんてムリーって言っていたのが嘘みたいだね、メドゥーナ……あれ?」
ヒュウウウン――。
だが俺の言葉に答えたのは、さすらう風だった。
「あれあれ?」
気づいたら、メドゥーナの気配が消えていた。
どうしたんだろう? あまりにもすることがないから、いじけて帰っちゃったんだろうか……。
「えー」
護衛としてあるまじき行為だぞ……。
忠誠度も100のはずなんだけど……本当にどうしたんだ?
もしや俺の行動に何か問題が……。
みんなと一緒に走るより、こうやってクマ狩りをした方が領地発展になるし、俺自身も鍛えられると思ってやっているんだけど……。
「まあ……あとで聞いてよう」
もし、すねているのだとしても、話せばきっとわかるはずだ。
なんたって忠誠度は100なんだからな。
自分の領地だけでは物足りなくなった俺は、それからジャスコール王国全体に狩りの範囲を広げた。
そして日がとっぷり暮れるまで、とことんクマを狩り続けたのだった。
倒した数は、確実に2000体以上には届いただろう。
クマ肉 : 3000アルス×600
毛皮(大): 2000アルス×800
ポーション:▲1万5000アルス×100
計 190万0000アルス
大収穫だ!
俺は暗い森の奥で、1人拳を握りしめた。
* * *
それからさらに3日間、同様の方法で狩りを行った。
メドゥーナを伴って領内のクマを狩り尽くし、物足りない分は領外に遠征してまで狩り込んだ。
領外に出る時は、メドゥーナは通行税がかかってしまう。
メドゥーナは何も言わないが、そのあたりの空気を読んで、それとなく消えてくれるのだろうか?
屋敷で少し話してはみたものの、はっきりとした理由はわからなかったのだが。
(メドゥーナ喋らないからな……)
人の顔色を伺うのは得意なはずの俺だが、最近は何となく、みんなの考えていることが読めない。
まあそもそも、NPCの顔色を伺うなんてこと自体、おかしなことなのかもしれないけど……。
日に日に狩りの効率は増していき、倒したブラウンベアーの数は、ぼちぼち1万頭に届きそうだった。
流石に生息数が減って、見つけづらくなってきたようにも思う。
モンスターの類は、おそらくはランダム発生しているのだろうが、あまりにも急激に狩るとその出現数が落ちるようだ。
「ただいまー」
「…………」
屋敷に戻ると、サーシャは何も言わずにミルクティーを淹れてくれる。
もはや阿吽の呼吸だな。
それを飲みながら待っていると、コックスさんが作り置きしたクマ肉料理を、温め直してもってきてくれるのだ。
チートクマ狩りをすると、腕力ががっつり上がる代わりに、体重がゴッソリ落ちるからな。
とにかく食いまくらなければならないのだ……。
「オトハさま、ペーターがこれを……」
「んお?」
先に運ばれてきたのは、マカロンのようなお菓子だった。
ハンカチの中に7個ほど包まれているが、どれも目が痛くなるほどの強烈な着色がなされている。
マカロンとはそもそも色鮮やかなお菓子だが、それにしてもこれはどぎつい。
「お城から持って帰ってきて、みんなに配ってくれたのです」
「まあ……!」
ここ最近で一番の胸熱情報だ!
彼に、そんな殊勝な心がけがあったなんて……。
「モグモグ……。うん、美味い! ただ色が……」
「宮廷の饗宴料理は、大抵そのようなものです」
やっぱりなー。
ペーター君は、朝に屋敷に出勤してくると、すぐに侍女たちに容姿を整えてもらって、重たい燕尾服を着てお城に向かう。
そして俺がログインする頃には戻ってきて、厨房でつまみ食いをしつつ、兵舎でオルバさんと2人でステーキを食べるのだ。
そして少し休んでから、またお城に行ってご馳走をタダ食いしてくるのだ。
まさに獅子奮迅の活躍だな……。
水を得た魚とも言おうか。
病気にならんといいが。
「お土産を持って帰ってくるなんて、案外優しいやつなんだな」
「いえ、それが……」
しかしサーシャは、言葉を濁らせる。
「恐らくは、メイド達にお土産を持っていくと、コックスの料理を味見しやすくなるからだと……」
「……ふが!?」
計算され尽くした行動だったか!
恐るべき食欲魔神!
まあ、王家からカロリーを奪ってきてくれるから良いんだけど……。
「ともかく、問題がおこらないか注意して見ていてください。何かあったらすぐに報告を……」
「……はい」
まもなく運ばれてきた、5kgはあるクマシチューを黙々と食べる。
これを食い終えたら、今日のプレイは終了だな。
「ちょっと財務を確認しておくか……」
「…………」
俺はアセットステータスと呟く。
行儀の悪いお嬢様を、サーシャがどこか冷えた目で見てくるが、時間短縮は重要だ。特に気にせず財務状況を確認する。
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キミーノ公爵家 財務 (単位:アルス)
税率 30%
月間収入: 1086万0000
内訳
税収 : 936万0000
生産 : 150万0000
月間支出: 1003万5000
内訳
人件費 : 461万5000
王国税 : 500万0000
その他 : 42万0000
返済 : 0
収支 : 82万5000
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宝飾生産の収入見通しがたったので、月間収入の欄に追加した。
月間150万アルスの収入増はかなり大きい。
使用人のスキル向上も計れて一石二鳥だ。
オルバの給料が月25万アルスに決定したので、支出はその分だけ増えているが、それでも月82万5000アルスの黒字だ。
よしいいぞ、悪くない。
今後は設備投資を進めて、さらなる収益の向上を図ろう。
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総資産 : 3億1388万8106
内訳
資金 : 2404万9706
家屋 : 1億5000万0000
土地 : 4000万0000
所持品 : 9983万8400
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資産も着実に増加している。
毎日村のみんなにリコッタ配ったり、屋敷でステーキ食いまくってたりしているのに全然減らなくなった。
チートクマ狩りで一日に200万近く稼いでいるのがでかいな。
俺がクマを狩れば狩るほど、領民たちがムキムキになっていく図式だ。
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領内状況 (about)
月間生産 : 3120万0000
一人平均 : 4万9920
総資産 : 14億5433万8000
一人平均 : 232万6940
追加項目
平均忠誠値 91
領内格闘力 103ベアー
プレイヤー 1
NPC 623
計 624
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最後に領内状況。
ついに領内格闘力が100を超えた。
領民達の筋力があがったことで、鉱業と農業の生産高が上がり、月間生産量が80万アルスほど伸びている。
地味に領内総資産が減っているのは、領民たちが筋力を増加させようとして、自主的に食料の購入額を増やしているからだ。
筋力をつけると仕事もはかどることに味をしめたようで、積極的な自己投資を始めたのだ。
毎日のランニングに参加する人も日ごとに増えているらしく、忠誠度もそれに比例して上昇している。
キミーノ公爵領は、今まさに『筋肉ファシズム』の国と化している。
ここまで来ると、逆に怖いな……。
「モグモグ、うーん……」
俺はそれからしばらく、財務諸表とにらめっこした。
すぐ近くで、サーシャが何か言いたそうにしていたが、俺はこの数字をいかにして伸ばしていくかを考えずにはいられなかった。
そうすることが、今俺がここにいる理由の全てだと思えたから。
「モグモグ……うーん、ご馳走様」
「…………」
よし、あらかたの数字は頭に叩き込んだ。
後は通学中にでも考えよう……。
「じゃあそろそろ休みますわ。サーシャ、また明日ね」
「……はい、お休みなさいませ」
そして俺は、ダイニングを後にする。
後ろでカチャカチャと、食器を片付ける音が響いているが……。
――パッシャーン!
「!?」
その時。
なんと、サーシャがお皿を落として割ってしまったのだ。
「大丈夫!?」
俺は慌てて回れ右をし、サーシャの元に駆け寄る。
いつも完璧メイドの彼女がお皿を落とすとは、珍しいな……。
「……はっ」
だが俺はそこで、あまりにも意外な光景を目にするのだった。
「うっ……う……」
なんとサーシャは、地に膝を付いて泣いていた。
なんで、どうして……。
「さ、サーシャ……?」
俺は、突如として巻き起こった悲愴を前に、ただ呆然と立ちすくむのだった。
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