第29話 ペーターの目覚め
その後、昨日と同じように、村人たちを引き連れて領地を一周する。
リコッタ×600 牛乳×600
【資金 2714万7673 (-55万2000)】
【領内格闘力 62→70ベアー】
出ている!
確実に成果が出ている!
この調子でいけば、100日後には領民全員クマ殺しになる!
「ふう、いい汗かいた」
「お疲れ様ですオトハ様、これからどうされますか?」
「うーん、そうだなー、たまには早めに休むかな」
「左様ですか……」
うむ? サーシャが少しつまらなそうな顔をしているが……。
(秘密の朝練もあるからな……ヌフフ)
さっさと兵舎に鉄の盾を戻して屋敷に戻る。
そのとき……。
――ビヨン!
「うわっ、びっくりした!」
突然、背後からバッタが飛んできた。
「あれ? でもなんか……」
妙に鉱物感のあるバッタだ……。
ピトッと肩にくっついたそれをつまんで見てみると、それは『作り物』のバッタだった。木とバネを使って、飛び跳ねるように作ってある。
「うふふー、うまくいったのー!」
俺の背後にしゃがみこんでいたのは、ヘンナちゃんだ。
そうかこのバッタは、ヘンナちゃんの生産品だな!
「すごい、もう作品ができたんだ!」
「そうなのー! 目のところに等級Bのガーネットをいれてあるよ!」
「なんと!」
飛び跳ねる宝石とは、なかなやる!
思わずヘンナちゃんのステ値を確認!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前 ヘンナ (忠誠度:100)
身分 村人
職業 何でも屋
年齢 12
性格 いたずらっ子
【HP 50】 【MP 15】
【腕力 8】 【魔力 10】
【体幹力 9】 【精神力 20】
【脚力 9】
【身長 138】 【体重 36】
耐性 なし
特殊能力 独創性C(new!)
スキル おどかす 生産(宝飾)D(new!)
月間コスト 8万アルス
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
おっと! 独創性Cに目覚めている!
これは思った以上の伸びしろを感じるぞ!
ステ値もだいぶ上がっている。
「それ初めてのだから、オトハ様にあげる!」
「おおー! ありがとー!」
これは嬉しい! ガチで嬉しい!
ヘンナちゃんはそんな俺に満足したのか、屈託のない笑顔を浮かべながら、作業場へと走っていった。
さっそく装備!
【耐性 恐怖C→B】
なんと、恐怖耐性がワンランクあがった!
ゆくゆくは伝説の宝飾職人となるであろうヘンナちゃんの処女作!
そりゃ勇気も湧いてくるわい!
「よし、なんか食って、少し鍛えてからログアウトするか」
なんだかやる気がでてきたからな。
宝飾品の生産収入もボチボチ出てきて、今日は12万ほどの収入があったようだ。
そうして厨房に入ると……。
「オトハ様、肩にバッタが……あっ!」
「おほほ、作り物ですわ」
早くもコックスさんを驚かせてしまいましたわ!
「何か軽くつまみたいのだけど」
「でしたら丁度、スジの部分を煮込んでおります」
「あらーっ、ではいただこうかしら」
コラーゲン、コラーゲン!
お肌と靭帯の栄養源!
「オトハ様! ちょっと良いですかー?」
「はっ……ペーター君!?」
むむむ、牛すじ煮込みはわたさないぞ!?
「お願いがあるんです。おいらを警備員にしてください!」
「ほう?」
そっちの件か……ホッ。
昼間に兵舎で言っていたあれだな?
本気でやるつもりなんだ……。
「そ、そうかー、警備がしたいのかー、えふん、げふん……」
「だめですかー?」
せっかくの申し出なのだから、何とか有効活用したいところだが……。
ペーター君の狙いは、兵舎で食っちゃ寝すること。
ここで単に「うん良いよ」と言ってしまっては、彼をますます不健康にするばかり。
うーむ、ここは悩みどころだ……。
「警備員さんはもう3人いるからなぁ……」
1人は兵舎警備員だけど、4人目が必要かどうかはちょっと微妙。
セバスさんも手伝ってくれているし……。
「おいら、頑張って警備するよ! もちろん厨房のお手伝いもするよ!」
「すごいやる気だね……」
そしてどっちも食うことに繋がっているな!
うーん、何とかして彼の食欲を運動に結びつけたい……。
(そう言えば……)
婚約破棄シーンについて、ある付帯情報があるのだ。
これを有効活用できないだろうか……むっ?
(これは……いけるんじゃ……)
あるアイデアを思いついた俺は、一つ試してみることにした。
「うーん、そうだなー、エフンゲフン……。流石のペーター君でも、警備員の仕事は大変だと思うんだ……。なんたって一日中重たい鎧を着てじっとしていなきゃいけないんだからね」
「えー、おいら寝るのも好きだから大丈夫だよー?」
寝ていても務まると信じきっているところが凄い!
「まあまあ、それでもきっと飽きるよ? そこで何だけど、もう一つ仕事をしてみないかい? 上手くいけば、タダで美味しいものを食べられるのだけど……」
「ムホッ!?」
するとペーター君の目が、いまだかつて無いほどにキラめいた!
「なになにそれそれ! すっごい気になる!」
「それはね……」
俺はペーター君の耳の近くで、その仕事の内容をひそひそと伝えた。
* * *
「お嬢様、出来ましたわ」
「お待たせしましたです……」
俺がお願いしていたそれを、ユメルさんとコヌールさんは、ものの15分で仕上げてくれた。
「うん、良い重さだ!」
それは、謎の物流業者から買ったメチャクソ高い燕尾服の裏地に、重たい鎖帷子を仕込んだ特製スーツだった。
この世界におけるスーツは一財産。
鎖帷子と合わせて、340万アルスもした。
「ありがとう、ユメルさん、コヌールさん!」
「あははっ、面白いお仕事でしたよ!」
「うふ、どういたしましてです……」
コヌールさんは少し明るくなった。
そしてユメルさんは……なんかムキムキしてきた。
重たい燕尾服を持って自分の部屋に向かう。
そこで侍女の2人に、ペーター君のメイクアップをしてもらっている。
「あらお嬢様」
「もう少しで仕上がりますわっ」
「うんうん……ふおおお!?」
俺は目を見張った。
綺麗に切り揃えられて、ツヤリとセットされた髪。
整えられた眉毛に、バチッとしたつけまつ毛。
ファンデーションにアイシャドウまで施されて、見るも麗しい貴公子の顔になっている。
背景にバラが咲き誇ってみえる!
「これは……たまげた……」
ペマさんとオルマさん、良い仕事しすぎ!
「ぺぺぺ、ペーター君……あとはコレを着て完成だよ」
「うわあい! カッコイイ服ー! もうばっちりだね!」
侍女の2人に手伝ってもらいながら、燕尾服でビシっと決めるペーター君。
もう使用人の域を超えて、館の主みたいになっている。
「なんか重くなーい? この服」
「それはね……良い生地をつかっているからさ……」
身の守りも兼ねているのさ!
「じゃあ、さっそく行ってくる!」
「え、今から?」
「うんうん! 王様の料理が待っているっていうのに、ジッとなんかしてられないよ!」
と言って、凄いやる気でペーター君は部屋から走り出していった。
「うむう……初日くらいはついていくか」
俺は彼に続いて、お城に向かった。
* * *
俺の考えた作戦はこうだ。
婚約破棄シーンに臨むにあたり、プレイヤーは領民を一人だけ『エスコート役』に任命できる。
それでクエスト展開に特段の変化はないのだが、カッコつけたい人はやると良いといったものだ。
エスコート役に指定されたNPCは、王国領への通行税を免除される。すなわちプレイヤーのお供として、いつでも婚約破棄シーンに参加できるのだ。
俺はそのエスコート役にペーター君を指名した。
そしてエスコートの下見と称して、王太子誕生祝いの席に潜入するように指示を出した。
「うふふふー、待っててねー、御馳走ちゃーん」
口からヨダレをドバダバと流しながら、お城への道を駆けていくペーター君。
ここまで上手くいくとは恐ろしいほどだが、実際ペーター君がお城に入れてもらえるかどうかは、彼の話術と魅力値にかかっている。
魅力値はバッチリだと思うが、果たして入れてもらえるかね……。
そこさえクリア出来れば、ご馳走タダ食いをエサにして、お城までの往復の道を、毎日ペーター君に走らせることが出来るのだが……。
(うーん、我ながら悪役令嬢だ……)
王室という浪費(マイナス)に、ペーター君という浪費(マイナス)をぶつけて相殺する。ざっと攻略サイトを調べてみたが、このような活用法は見当たらなかった。
普通は考えようともしないだろう。公爵令嬢プレイをする人にとって、婚約破棄シーンは一世一代の『晴れ舞台』なんだから……。
(生きろペーター! 歴史を作れ!)
俺は胸の内で唱えつつ、お城の入口が見える所まで行ってしゃがみこんだ。
――たのもー!
パーティー招待状を手にしたペーター君が、意気揚々と乗り込んでいく。
一応、衛兵達に止められるが、そこで何やら大上段をうち始めた。
――我は公爵令嬢オトハ様のお使いであーる。
とかなんとか、偉そうな態度で喋っているぞ。
やがて衛兵の一人が城の奥に引っ込み、ややあって、王太子が自ら出てきた。
「……△×◯……!」
「◯◯……××……?」
そして何かを話し込んでいる。
気になったのか、聖女エルマまでしゃしゃりでてきた。
王太子がキザったらしい態度で『チッチ』とやっているが、ペーター君は一歩も引かないようだ。
(すげーな、あいつ……)
今だけは彼の背中が頼もしく見えた。
美味しいもののためならば、いくらでも弁舌を弄せるのだ。
王侯貴族のパーティー料理って、やたと派手なわりに、殆ど手を付けられないんだってな。いわばお飾りみたいなもので、宴が終わったら廃棄されてしまうのだ。
ならばペーター君のお腹に吸い込まれたって、問題はないはず。
むしろエコでしょ……!
(頑張って俺の税金を取り戻してくれ!)
そんな気持ちで、交渉の行方を見守る。
ちなみに王太子らは、宴の準備を終えたあの状態で、プレイヤーが来るまでずーっと待っている。期限は2ヶ月間もあるようだ。
それを過ぎると、しびれを切らして向こうから乗り込んでくるのだが、それにしても気の長い人達である……。
(あっ! 交渉成立!)
王太子が『やれやれ』と肩をすくめると同時に、ペーター君はずんずんとお城の中に入っていった。
すげー貫禄だ。
まるで、昔のグルメ漫画に出てくる食通を彷彿とさせる……。
(いっぱい食って強くなれ!)
ペーターが自称美食家から、本当の美食家にクラスチェンジした瞬間であった。
それを見届けた俺は、屋敷に戻ってその日のプレイを終えた。
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