第10話 聖女の本性
聖女様のあとをつけて城の外に出る。
すると……。
「あんの暴力女ー!」
聖女様は丘の上にポツンと立つ木の前で、はしたないお言葉を吐きつつ、その幹を足で蹴っていた。
「マジで! 毒リンゴ食って! 逝けば良いのに!」
ガスッ! ガスッ! ガスッ!
俺はその一部始終を、草むらに隠れて観察する。
おお怖い。
まさに蛇蝎のごとく嫌われているな。
聖女だからって性格が良いとは限らないようだ……。
――パカラッ、パカラッ。
そこへ都合よく、颯爽と馬に乗って現れる青年。
ジョーン王太子と比べると年若いが、家柄はさほど良くないのか、普通の村人と変わらない格好をしている。
ご近所にいる爽やかお兄さんって感じだ。
「やあエルマ、こんな所で何をしているんだい?」
「まあクオス、あなたこそ何をしにきたの?」
「もちろん、君がお城に行ったと聞いて迎えに来たんだよ」
ふむふむ、親切な人だな。
「……結構ですわ」
「え?」
おや、なんだか不穏な空気が……。
【ナレーション『かの青年は、グレイ男爵家の長男クオス。聖女エルマの幼馴染にして、将来の結婚を約束した間柄である……』】
うお、ナレーションまでつけてくれるのか!
最高かよ!
【ナレーション『しかしエルマの想いは、聖女の力に目覚めた瞬間に儚きものとなってしまった。密かに王太子に見初められ、その妃の座に焦がれた聖女にとって、もはや男爵家の子息など眼中に無いのであった……』】
そして最低かよ!
普通にイケメンなのに!
「それよりも、早くここから消えて下さいませ。誰に見られているかわかりません」
「何を言うんだエルマ? 見られて何が困るというんだ」
すると聖女様はハアと溜息を吐き、冷えた眼差しでクオス君をにらんだ……。
「わたくし先ほど、王太子様と婚約の誓いを交わしましたの」
「なんだって!?」
なんだって!?
彼にとっても俺にとっても、そいつは一大事だぞ!?
「ちょっと邪魔が入ってしまいましたけど……ジョーン様ははっきり私にこう申されたのです。俺の妃には、エルマ、お前こそが相応しいと……」
「う、うそだ……。だってジョーン様にはオトハ様という婚約者が……!」
そうだそうだ!
俺がいるんだぞ!
って……俺は何か変なこと言ってる?
「まったく、あなたの鈍感さにはほとほと呆れ返りますわ。あの暴力女に対するジョーン様のお気持ちは、すでに冷え切っているのです、そして……」
――ドン!
「……うっ!?」
「わたくしのあなたへの想いもですわ!」
なんと聖女さま、仮にも結婚の約束をした相手を突き離すと、はっきりとそう言いきったのだった。
「あ、あの日の約束を忘れたと言うのか……エルマ!」
「ウフフ、あんなの子供のお遊びですわ。貴方はそのお顔立ちだけは宜しかったですからね……。しかしもうお遊びはおしまい。聖女の力に目覚めた私とあなたでは、あまりにも格が違いますもの」
「そ、そんなことは……!」
「いいえ、わたくしはもう、ジョーン様のものになると決めたのです! わかったなら、さっさと私の前から消えてくださいまし!」
清々しいほどに身勝手な聖女さまだ!
相手の尊厳とか、本当にどうでも良いんだろうな……。
「クオス、貴方との婚約は、今、この場をもって破棄です!」
「!?」
そしてここで、もう一つの婚約破棄が……!
こんな振られ方したら、もう立ち直るどころの話じゃないな。
破滅的なほどの憎悪に支配されてしまいそうだ……。
「エ、エルマ……」
「貴方が消えないというなら、私の方から立ち去るまで。さようなら」
まさに放心状態と言った様子のクオス。
聖女はその顔を一瞥すると、何食わぬ顔で立ち去っていった。
そして俺は理解する。
あの女狐だけは許さんENDが、結構な割合で選ばれている理由を。
これはきっと、女性から見ても目に余る光景なのだ。
幼い頃の話とは言え、結婚の約束までしていたんだろう?
そんな相手との決別にあたって『ごめんなさい』の一言もないなんて。
さらに言えば、自分を飾るためにイケメンな彼を利用していた節もある……。
一体どう育ったら、そんな性悪になるんだ?
もし、同じようなことを男が女に対してしていたら、俺はそいつをぶん殴ってしまうかもしれない……!
「……うおおお!」
俺はいてもたってもいられず、クオス君の下へと駆け寄った。
「気をしっかりもつんだ!」
「……えっ! オトハ様……!?」
とにかく声をかけ、その肩を掴んで揺さぶる。
「あんな女の言うことなんか、気にしちゃダメだー!」
気休めにもならなかもしれんが、言わずにはおけないぞっ!
「き、聞かれていたのですか……僕らの会話を……」
「だだだ、誰にも言わないよ!?」
だが、心ここにあらずと言った様子のクオス君。
その胸の内は、男である俺にすら、もはや良くはわからない。
おそらくは、凄まじい規模の愛憎が渦巻いているだろう……!
「う、うふふ……いいんです……僕はもう……終わりなんだから……」
「……ちょ!」
やばい、もうどうにもならん気がする。
目が完全にイッてしまっている。
「オトハ様……止めないでくださいね」
「ええっ?」
やがて、ゆらりとこちらを向いて、クオス君は言ってきた。
「何があっても僕を止めないで下さい……それはオトハ様にも、おそらくは利のあることなんですから……」
「え、あ、はい……」
うむむ、頭の中は妙に冴えている感じなのかな……。
それとなく俺の立場に気を回してくれた。
既に、復讐の意思は堅いようだ。
もちろん止めたりはしない。
止めたらお友達ENDになってしまうからな……。
ここからどうやって仲直りするかは知らんが……。
「ふ、ふふふ……エルマ……僕は君を離さない……ずっとずっと……一緒だ……」
完全にやる気だー!
クオス君は暗黒のオーラをその背に滾らせながら、ゆらりと馬にまたがった。
そして、どこへともなく走り去っていった。
「愛って……怖い……」
そして俺はただ一人、涼やかな風の吹き抜ける丘に佇むのだった。
* * *
棍棒が軽く感じられてきたのでアイテムボックスにしまう。
そしてより重いアイアンメイスを買って、二刀流にして屋敷に戻った。
二本で10万アルスもしたけど、資産だと思えばどうってことはない。
「少し見ない間に、随分と逞しくなられましたね、お嬢様」
「そうですか?」
愛の悲劇を見たからですかね?
俺はサーシャさんの目の前で、一本10kg以上はありそうなアイアンメイスをブンブンと振り回して見せる。
どんどん能力値が上がるので、楽しくてしょうがない。
「もっともっと、鍛えたいんですが!」
「でしたらやはり、狩りに行かれるのが良いでしょう。アイアンメイスを振り回せるほどでしたら、ブラウンベアー狩りも狙えます」
クマー!?
クマ狩れるの!?
「どの辺りにいますか?」
「森の深くであれば、どこにでも生息していますよ」
「じゃあ、さっそく!」
「ブラウンベアーを狩るのでしたら、お供を何人かつけた方が良いでしょう」
俺は、サーシャと庭師のダルスさんの2人を伴って、近くの森へと入っていった。
あ、アサシンのメドゥーナさんが常についてくれているから、4人パーティーだな。
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名前 オトハ・キミーノ
身分 公爵令嬢
職業 戦士
年齢 17
経験値 2839
【HP 40→63】【MP 16→24】
【腕力 8→14】【魔力 3→6】
【体幹力 6→9】【精神力 6→10】
【脚力 7→12】
【身長 175】 【体重 71→67】
耐性 恐怖D 刺突D
特殊能力 経営適正D 回復魔法D 宝石鑑定D
スキル 猛ダッシュ 生産(宝飾)D
装備
アイアンメイス×2
淑女のドレス
革のブーツ
銀の髪飾り
銀のイヤリング
ルビーの指輪
真珠のネックレス
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* * *
「グオオオー!」
「おりゃああああ!」
「てええーーい!」
俺とダルスのおっちゃんでクマをボカスカ殴る。
ダルスさんは筋骨隆々の豆タンクみたいな人で、とにかく強かった。
巨大な鉄の金槌を振り回して、あっという間にクマをねじ伏せていく。
「むっ! お嬢様!」
「うわ!」
死角からもう1頭のクマが襲い掛かってきた。
このままではダメージを食らってしまう!
――シュン!
しかしそこに、サーシャさんの放った矢が飛んできた。
クマの動きが一瞬止まる。
「グマアアアー!」
「今だ!」
「畳み掛けるですじゃ!」
ボコン! ボコン!
ドゴン!
鈍い感覚が、メイス越しに伝わってくる。
身の丈3メートルを超えるクマの身体に、全身全霊でアイアンメイスを叩きつける行為は、想像を遥かに超えた負荷を俺の身体にもたらした。
アドレナリンが溢れ出ているのか、いつも以上の力が発揮されていた。
「ぬおおおー!」
力尽きて倒れたクマの頭蓋骨に、最後の一撃を加える。
HPの尽きたブラウンベアーは、やがてポリゴンの欠片となって消え去った。
【ブラウンベアーを倒した。123の経験値を獲得した】
【クマ肉と毛皮(大)を入手した】
気づけばあっというまに1時間ほどが経過していた。
戦果はブラウンベアー10頭。
クマ肉3個と毛皮(大)4枚ゲットした。
「なかなかやりますのう、オトハ様」
「いえいえ、ダルスさんこそ」
たぶん、ダメージの7割はダルスさんだよな。
「いやはや、お嬢様とクマ狩りをする日が来ようとは、まさに血肉が沸き立つ心地ですわい」
「俺もすげー楽しかったですよ!」
庭師のおっちゃんとともにクマ狩りを楽しむお嬢様。
まさに武闘派だな!
「お嬢様、まだお続けになりますか?」
「ぼちぼち戻りましょう。お腹が空きました」
「うふふ、せっかくですのでクマ肉のステーキにしてはいかがですか?」
「そうですね! めっちゃ力がつきそう!」
狩りで手に入れた食材なので、お財布を気にする必要もないしな。
「ところでお嬢様、お洋服が傷んでしまいましたね」
「あ、そういえば」
何度かダメージを食らってしまったのだ。
セルフ・ヒールで回復しながら戦っていたのだけど、気づけばピンクのドレスがボロボロだ。
これって、資産の毀損になるのだろうか……。
「ユメルかコヌールに頼めば、すぐに直してもらえますよ」
「あのおばちゃんと娘さんか……」
衣装類も立派な資産だから、それを保全する裁縫師って結構重要な仕事なんだな……。
「ふむー」
ふと上を見れば、アサシンさんがちゃんと木の上から見張っている。
みんなそれぞれの役目を果たしているのだよな。
そう簡単にリストラなんて出来ない。
「ねえ、サーシャ」
「なんでしょう、お嬢様」
「一月で80万アルスを稼ごうと思ったら、どうすれば良い?」
今の公爵家の赤字分がそんなもんだ。
クマの肉は一個3000アルス程度で売れるから、ドロップ率とかも考えて……。
「月に600頭ほどブラウンベアーを狩る必要がありますね」
「やっぱりそんなものですか」
一日20頭以上。
1時間で10頭なんだから、1日3時間のログイン時間の殆どをクマ狩りに費やす必要がある。
ちと、厳しいな……。
「お金のことでしたら、ワシたちに生産活動をお命じくだされい」
「お願い出来るの?」
「もちろんですともー」
そうか、まずは使用人達に、出来る範囲で仕事をしてもらえば良いんだ。
「じゃあ、サーシャ。屋敷に戻ったら、なんでも良いから生産をするようにみんなに伝えてもらえる?」
「かしこまりました」
「無理のない範囲で」
「お気遣い感謝いたします、オトハ様」
その日の晩御飯は巨大なクマステーキだった。
なかなかワイルドな味だったけど、食べてるそばから血肉が漲ってくるような感覚があったぞ!
毛皮はさっそく、裁縫職人達が毛皮のコートに仕立ててくれた。
使用人達の働きぶりを一通り眺めてから、俺はその日のゲームを終えた。
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名前 オトハ・キミーノ
身分 公爵令嬢
職業 戦士
年齢 17
経験値 4579
【HP 63→92】【MP 24→33】
【腕力 14→20】【魔力 6→10】
【体幹力 9→14】【精神力10→13】
【脚力 12→17】
【身長 175】 【体重 67→66】
耐性 恐怖D 刺突D
特殊能力 経営適正D 回復魔法D 宝石鑑定D
スキル 猛ダッシュ 生産(宝飾)D
装備
アイアンメイス×2
淑女のドレス(損傷 中)
革のブーツ
銀の髪飾り
銀のイヤリング
ルビーの指輪
真珠のネックレス
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キミーノ公爵家 財務 (単位:アルス)
税率 : 30%
月間収入: 906万0000 (+12万0000)
月間支出: 968万5000
内訳
人件費 : 436万5000
王国税 : 500万0000
その他 : 32万0000
返済 : 0
収支 : ▲62万5000 (+12万0000)
総資産 : 2億9995万1570 (-3万8430)
内訳
資金 : 2983万9570 (-15万0430)
家屋 : 1億5000万0000
土地 : 4000万0000
所持品 : 8011万2000 (+11万2000)
領内状況 (about)
月間生産: 3020万0000 (+40万0000)
一人平均: 4万8475 (+645))
総資産 : 14億5249万0000
一人平均: 233万1445
プレイヤー: 1
NPC : 622
計 : 623
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