第9話 クエスト開始!
「それではこれで、チュートリアルを終了いたします」
「はい! ありがとうございました!」
と言って俺は、屋敷の前庭でサーシャさんに頭を下げた。
「ほっほっほ、精進されよ」
もじゃもじゃの髭を弄りながら言ってきたのは、賢者のマジュナス爺さんだ。
爺さんからは経験値1000と引き換えにセルフ・ヒールを教えてもらった。
いわゆるひとつの回復魔法だ。
「宝石職人への道は一日にしてならずですわっ」
鋭い視線とともにそう言ってくるのは宝飾鑑定士のベルベンナさんだ。
ムチとか持たせたらすごく強そうな人だ。
彼女からは宝石鑑定と生産(宝飾)の基礎を教えてもらった。
教授スキル持ちのNPCではないので、経験値を消費して高度な技能を身につけるということはできないが、最低限の素養は教えてもらえる。
あとは自ら切磋琢磨するのみだ。
「それではお嬢様、初期クエストをお選び下さい」
サーシャの言葉とともに空中に投影された、100を超える初期クエストの中から迷わず『婚約破棄クエスト』を選択する。
「婚約破棄クエストでお間違いなかったですね」
「はい! お願いします!」
【チュートリアルを達成。経験値1000を獲得した】
【婚約破棄クエストが開始されました】
よし、これでジャスコール城に行けばイベントが始まるぞ!
「じゃあ、早速行ってきます!」
「馬車を容易いたしましょう」
「いいえ、走っていきます!」
「マジでございますか?」
珍しく驚いた顔をするサーシャさん。
せっかくだから、身体を鍛えながらイベントを進めていこう。
「はい! あとできれば、手に重たいものを握って行きたいんだけど……」
「はあ……。武器でしたら兵舎にいくつかございますが」
「とってきます!」
俺は兵舎へと走っていき、武器庫においてあった木の棍棒を両手に装備した。
「うおりゃああああああ!」
そして、覚えたてのヒールでHPを回復させながら、体感距離にして5km先にあるジャスコール城へと走っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前 オトハ・キミーノ
身分 公爵令嬢
職業 戦士
年齢 17
経験値 2439
【HP 25→40】【MP 10→16】
【腕力 5→8】 【魔力 1→3】
【体幹力 4→6】 【精神力 3→6】
【脚力 4→7】
【身長 175】 【体重 72→67】
耐性 恐怖D 刺突D
特殊能力 経営適正D 回復魔法D(new!) 宝石鑑定D(new!)
スキル 猛ダッシュ(new!) 生産(宝飾)D(new!)
装備
木の棍棒
淑女のドレス
革のブーツ
銀の髪飾り
銀のイヤリング
ルビーの指輪
真珠のネックレス
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
* * *
20分ほどでお城までやってきた。
途中で猛ダッシュというスキルを覚えたので、思ったより早くこれたぞ。
「ぜえぜえ、はあはあ」
流石に疲れた……ような気がする。
おそらくは脳が疲れたのだろう。
体重がかなり減ったので、栄養を補給しておく。
「システムコール・バイ、乳製品」
【山羊の乳 187アルス】
【牛の乳 212アルス】
【ゴーダ 627アルス】
【リコッタ 940アルス】
【パルミジャーノ 2499アルス】
・
・
・
筋力値を上げるには乳製品を取ると良いのだそうな。
肉でも良いのだが、コスパとしては乳製品の方が優れている。
一通り買い漁って、城門の前でモグモグする。
衛兵の人が変な眼で見ているけど、まあいいさ。この世界にはまだ人間のプレイヤーは俺しか居ないんだからな。
うーん、リコッタはしっとりしていて食いやすい。
ハードタイプのチーズはコスパは良いけど、口の中がパサパサになるな……。
パルミジャーノは塩気が効いていてウマイが、高価なのが玉に瑕。
カマンベールみたいなカビの生えたタイプのチーズもあるけど、あんまり得意じゃないんだよなー。
よし、俺の身体はリコッタと牛乳によって作られることとしよう。
【体重 67→71】
【資金 2995万9570(↓5430)】
ひとしきり腹ごしらえをすますと、俺は城の中にドカドカと入っていった。
棍棒を両手に持ったままだけど、特に衛兵さん達に止められるということはなかった。
ジャスコール城は縦横200メートル程もある巨大な城で、緑の丘の上にドンと立っている。
浮島の中でも高い場所に位置しているので、見晴らしはとても良い。遥かグランハレスの姿を一望することが出来る。
城壁は見上げるほどに高く、その上には、弓を構えた兵士達が等間隔にならんでいた。
周囲には水堀までめぐらされていて、一目見ただけで生半可な兵力では太刀打ちできないことがわかる。
ずんずんと奥に進んでいくと、やがて赤い絨毯の惹かれた謁見の間へと至り、その奥の玉座で、王様が暇そうにしていた。
「こんちわ!」
「うむうむ、ようきたのう、キミーノ公爵令嬢」
随分と歳を取った王様だ。
ヒゲモジャで総白髪で、メッキのはげかけた王冠を頭にのせている。
【推奨されるセリフ『ご機嫌麗しゅう、ジャスコール国王陛下、本日は誠にお日柄もよく、陛下におかれましても、王妃殿下におかれましても、はたまたあのクソ王太子……けふん、ジョーン王太子殿下におかれましても、ますますご健勝のこととと存じたてまつりあげ……』】
ん? このシステムメッセージは?
このセリフの通りに話していけば、滞りなくクエストが進むということか。
しかしながら、やけに長ったらしく、まともに読んでいたらかなりの手間がかかってしまうと思われた。
そこで。
「王太子はどこにいるんすか?」
思いっきり端折った。
要は、王太子の居場所を聞き出せればよいのだ。
「ふぉっふぉっふぉ、そのようにぶっきら棒じゃから、我が息子に愛想をつかされてしまうのだ。ジョーンなら、城の中庭でエルマ子爵令嬢と何やら話をしておるわい、ふぉふぉふぉ」
【推奨されるセリフ『エルマ子爵令嬢ですって……? ちっ! あの女狐め、性懲りもなく……!』】
早くも、国を上げての婚約破棄ムードが漂うわけだが、表示されたシステムメセージを無視して、俺は棍棒を持ったまま、中庭を目指して城内をうろつきまわった。
無駄にまどろっこしい作りのお城だから、少々発見するのに手間取ってしまった。
色とりどりの花が咲き乱れる庭園に、金髪碧眼のジョーン王太子と、ピンクブロンドのエルマ子爵令嬢が、花壇の傍らで身を寄せ合っていた。
「君の、その美しい髪の前では、どのような花も顔を引っ込めてしまう」
「まあ……王太子様ったらお言葉が上手なんですから……」
「ふふふ、俺は思ったことを言っているまで」
「そんなこと言われたら、私だって恥ずかしくて顔を引っ込めちゃいますわ……!」
イチャイチャ、イチャイチャ……。
うーん、これは悪役令嬢さまじゃなくともイライラするぞ。
【推奨されるセリフ『ならばいっそ、このまま庭に植わってしまってはいかがです? 子爵令嬢エルマ』】
よし、ここはシステムメッセージに乗っかってみようか。
「ならばいっそ、このまま庭に植わわわ……ってしまってはいかがでしゅ?」
噛んじまった、恥ずかしい……。
「あら、オトハお姉さまではありませんか、ご機嫌麗しゅう」
先ほどまで、これみよがしに秋波を流してた子爵令嬢は、なんてことのない顔をして立ち上がると、白いドレスをつまんでお辞儀をしてきた。
もうすっかり玉の輿に乗った気分でいるらしい。
正当な婚約者を前にして、なんて図太い人なんだ。
「事前連絡もなく現れるとは、あいかわらず無礼な奴め」
良い所を邪魔された王太子様は、どうやらいら立っているご様子。
とうの昔に、思いは冷めているのだろうな。
お互いに。
【推奨されるセリフ『わたくしはあなたの婚約者でございましてよ。お顔を拝見するのにいちいち連絡が必要でして? いまだ聖女を自称しているにすぎない、そこの下級貴族の娘であるならいざしらず……』】
おおーっと、しょっぱなからケンカ腰ですよ、このお嬢様。
もうプライドしかねえって感じだ。
しかし、この茶番にいちいち付き合っていたら、やっぱりかなりの時間がかかってしまうのだろうな。
ここは手っ取り早く聖女を引っ叩いて、イベントを進めてしまうのが吉だろう。
しかし……。
「どうされましたか、お姉さま? エルマの顔に何かついていますか?」
普通に可愛いから困るよなー、この子爵令嬢さん。
それに茶番とはいえ、女の子に手を上げるのは気が引ける……。
ならば蹴るか?
いや、蹴るにしたって暴力には他ならないのだし。
手を上げるのがダメならば足だ! みたいなのは、何かの定番であったような気はするけど、やっぱり女の子に暴力を振るうのは良くないよな……。
「うーん……じゃあこうだ!」
なので俺は、手にしていた棍棒を、聖女さまのほっぺたにグリグリと押し付けてやった。
暴力にならない程度に、穏やかに。
「このおー」
「ムギョググウウ!? な、何をなさいま! ムグググウウー!?」
「ほーれほれほれー」
棍棒を持てるほどに腕力を鍛えておいたおかげだぜ!
そのままグリグリむにむにと壁際まで押していく。
「や、やめー! むぐむにゅー!?」
しかし聖女さま、なかなか音を上げない。やはり暴力感がなさすぎるのか。
よしならば。
俺はもう片方の棍棒をふりあげると、聖女様の顔の横に叩きつけた。
――ドゴン!
「ひいっ!」
パラパラと石の壁から破片がこぼれ落ちる。
いわゆるひとつの壁ドンである。
子爵令嬢は悲鳴をあげると、その場で小さく飛び上がった。
「ちびっちゃいまして?」
「ひ、ひーん! お姉さまのイジワルぅー!」
このシチュエーションに合わせて、AIがなんとかひねり出したであろうセリフを吐いて、聖女様は涙目になって走り去って行った。
ぶりっ子な性格は最後まで貫かれたようだ。
「お、おまえ……」
王太子様が大層驚いておられるが、まあ良いだろう。
はやく子爵令嬢を追いかけなければ。
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