第四十四話『動揺』

 

 発狂から始まった騒ぎは、一度過ぎ去った。

 しかしながら、彼の動揺は収まる事は無かった。


「……なな、成る程……。この科に入りたいと、と、言う訳、なん、だ」


 たじたじな様子で、ユリスは私の目を見ずにそう呟く。

 声も小さい。ボソボソと喋る様で、まるで聞き取れた物ではない。


 ……怯えているのか?

 心底理解できないたじろぎ方だ。


「まぁそうですね。貴方に届け出を出せば受理されます?」

「いや、え、あ。う、うん」


 ……優しく語りかけてもこの様子。

 カーテンを開けっぱなしのせいでしょうか。そこを警戒している様にも見える。


 でも見えにくくなるので閉めません。

 ですが、流石に気になりますね。


 横のリアルに聞いてみましょう。

 彼に聞こえない様に、小さく。


(リアルさん、ユリスさんって……いつもこんな感じで?)

(そう。ろくに顔を見ないで、話も繋がらない人よ)

(……ああ。救えないですね)

(まさにそう。一応学力は凄いんだけどね───)


 大体理解しました。

 この手の人間を見るのは初めてではありません。


 しかしこれ程までに深刻な『コミュ障』だと、対応に困ります。

 ……ほら、今も何も言いませんしね。


「まぁ入科は後に回すとしてですね……」


 なら。

 ──────いい話題を、振ってあげましょう。


「ユリスさん。リベンって人、知ってます?」

「───ッ!!!?」


 彼は、心の臓を突かれたように目を開かせた。

 どうやら知っているらしい。


 だが何か言葉を言おうとするも、彼は言わず。

 席を即座に立って、私を睨み付けていた。


「……シール。やっぱり貴方知ってたのね」


 最初に場に出た言葉は、リアルの驚愕のみ。

 だが。


 それに頷く間も無く、ユリスが言葉を放った。


「お、おい……なん、なんで……っ、そんな事っ、聞くんだよ───」

「……?やはり、知っているのですね。───裏切り者さん、でしたか?」


 彼の動揺は、度を増して強くなっていく。

 冷や汗をだらだらと垂らし、手を小刻みに振るわせて。


 どこか上の空を見つめるような仕草を取っていた。

 焦りと、何か……恐怖の感情も、そこには見えた。


 そして突然。

 何かの緒が切れたかの様に、彼は怒号を放った。


「───違うッ!!!……お、俺は裏切ってなんか……ッ!!!」


 ……そうでしょうか。

 加害者がそう言い放った所で、なんの信用も得られない。


 そんな感情を込め、私はずっと冷淡に彼を見つめ続けた。

 ……そこでやっと、彼と目が合った。


 泣いていた。

 何の理由が有ったかは、分からなかった。


 けれど。

 彼は直後に荒ぶり出し、逃げ出した。


「───う、うわぁぁぁぁああッッ!!」


 叫びのままに。

 彼は、勢い良く機械兵科を飛び出していった。


「……」


 予想はしていました。

 私は静寂が包む部屋の中で、リアルに言った。


 席を立ち上がりながら。


「私は彼を追います。リアルさんはもう、お帰り下さいませ」

「……え、ちょっとま───」


 何か、言っていた様な気もするが。

 私はユリスを追う様に、機械兵科を飛び出した。


「──────全て教えてもらいますよ。ユリス……」

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