『文園幽妃に関する簡易的な記述』

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 文園幽妃。


 二〇〇六年七月二一日生まれ。


 現代まで続く、神を降ろすかんなぎを産む一族、文園氏の娘。


 二〇一九年十一月八日、彼女は神を下ろした。


 名をベンヌ。

 私が移り住んだイセカイでは、エジプトと呼ばれる国に存在した、太陽神の化身。


 しかし、彼女の血統は日本という国に根差した神にのみ縁のある一族である。


 不可解だ。


 通常、神の残滓であるマナのない世界で、神と規格された存在を肉体に降ろす場合、本人の血族か、土地の基盤に根差した神話大系に属する神霊以外を招来することは不可能とされる。


 だが、事実として文園幽妃は、異邦の神をその身に宿したという。


 非常に、興味深い。


 観察を続けよう。



 ***



 遺伝子の塩基配列を確認したところ、彼ら一族と少女の血縁関係は証明されず、代わりに別のカルテに既に記載されていた手塚の血統に組み込まれているものと判明した。


 そして、文園幽妃の生まれた同日、手塚の家族にも子供が産まれていたことが分かった。


 手塚の血統を精査したところ、かつて、彼らの祖先は審神者を生業とする一族であったようだ。


 原因は現在のところ、不明。

 結果として、彼女達は取り違えられたらしい。



 ***


 本来、神霊とはマナを通じてのみ干渉可能なものである。


 旧き星において実在していたとされる神々。

 彼らの精神体を、神の構成要素であったエーテルの残滓、マナを通じて召喚し、術者に憑霊させる行為は、我々の世界であっても可能であった。


 巫術師と呼称される彼らは、かんなぎをはじめ、セイズや鬼道に分類される一種のを通して、神や精霊という規格の存在の意思や力を肉体や精神に宿すのである。


 だが、マナのないイセカイにおいて、霊魂を呼び出すことは媒体が存在しない以上、理論上不可能である。

 といっても、それ自体は、ディアスポラであっても例が存在しなかった訳では無い。


 土地の基盤に根ざした神霊や精霊が、終末期に警告を促す目的で人々の肉体を借りるという前例は存在した。

 イセカイにおいても近代の文明開化以前には、世界各地でシャーマニズム的行為が実在したとされている。


 故に、マナを媒体とせずに神を呼ぶ行為は不可能では無い。


 しかし、それは土地を媒体とすることで、神域や神域に属する大系の神を捕捉しているに過ぎない。


 だが文園幽妃は、魔力や魔素を媒体とせず、土地さえ通さず、恐らく本人とすら無縁の神を降ろした。


 これは九万年間、私も目にしたことの無い例だ。


 また、彼女の特異な性質として、彼女はかんなぎの一族では無いことにも着目すべきである。


 神を降ろす巫を作るには、神を降ろした巫を守る為に、神櫃因子しんひついんしを遺伝子として子供に継がせなければならない。


 因子を持たないまま神を降ろした場合、神という膨大な情報量の濁流に、己の情報が飲み込まれてしまう。

 肉体は分子構造を維持出来なくなり、意識は記憶域の限界を超えた情報にショートし、操作権を奪われる。

 結果、一度降ろした霊体が分離し、肉体が崩壊するまで、災害を振りまく怪物のみが残留する。


 しかし、少女は一度神を降ろしたあと、何事もなく帰還した。


 彼女は文園の家で育てられたものの、生まれは手塚であり、因子は持たないはずである。


 少女の父、文園倉信氏によれば、神を降ろしてから、彼女は不可解な点の目立つ少女になったらしい。


 曰く、一週間、一ヶ月、一年間、何も食べずとも、睡眠を取らずとも、彼女は平気でいる。


 文園幽妃。


 彼女はなんだ?



 ***



 文園幽妃、彼女は神を取り込んだままであると推察される。


 仮定が正当であれば、文園幽妃は理想の単存在をその身に宿す現実態とすることが可能だ。


 アレからすれば、彼女の容姿は好ましいものと受け取るに違いない。


 少女と理想の単存在は酷似している。


 頭から足先までの姿形が酷似している。

 生来の在り方が酷似している。

 矛盾を孕んだ性質が酷似している。


 理想であり続けるもの。

 何ものにも染められないからこそ美しい、断絶した不変。



 彼女は、本質として  なのだ。



 倉信氏には説明を要するだろうが、彼女は神を降ろす程度の存在では収まらない。

 私も私の目的の為に動く必要があるらしい。



 然し、彼女には一つ問題がある。



 信仰というものには、広く、深く、長いという性質から、他意が介在する余地が生まれる。


 長い信仰の中で派生し、深い進行の中で伝播し、広い信仰の中で集合していく。


 人の中に神霊を降ろすということは、その神格が蓄積してきた三千世界の全てを受け入れるということ。


 ただの人間である文園幽妃は神を綴じるはこも無しに、宇宙を降ろし、果てに取り込んだ。


 故に。


 彼ら家族が降ろしたベンヌに寄生した悪意の存在を、男は非常に残念に思う。



 ***



「では、これから貴方は貴方の娘を単存在を降ろすものとして扱え。決して、他人になど触れさせるな」

「勿論です。元々、私達はあれを人として運用したことなどありませんので」


「不変を失った理想は現実へと凋落するからな」



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