第71話 宴の終わり(1)
工事現場周辺は大きな騒ぎになっていた。
まず異様だったのは、現場の敷地をぐるりと囲んでいる、高さのある土塁だった。まず間違いなく、花の能力で築いたものだろう。
その土塁の中と外にそれぞれ大勢の人間が蠢いていた。
外では殺気立った群衆が、手に手にバットや鉄パイプ、ナイフ等の武器を持ち、土塁を蹴ったり掘ったりしてなんとか侵入しようと試みているようだった。上空から観察している八尋にはよくわかるが、土塁の分厚さは相当なもので、手作業でどうにかなるようなものではないことは明らかだ。
一方、中に囚われた人々は花と戦うことを強いられているようだった。対決と言っても当然、花のワンサイドゲームで、とっくに戦意を無くした彼らはなんとか逃げようと、壁に囲われた敷地内を散り散りに動いていた。しかし一人、また一人と花に殴り倒され動く数を減らしていく。
「やめろ!」
最後の数人に襲いかかろうとした花の目の前に、八尋は着地した。
「やっときたね」
待ちわびた様子で花が言った。
「この人たちじゃ退屈しのぎにもならなくて、どうしようかと思ってたんだよ」
花の背後上方、組み上げられた鉄骨の上に夜空が座って辺りを見下ろしていた。その隣に着地した狼が変身を解くのが見えた。見届けるというのは、八尋と花がこれから行うことの成り行きのことだろうか。
「なんだあいつ」
「空から降ってこなかったか」
「まじかよ」
「んなわけあるか」
「ワイヤーかなんか使ったんだろ」
八尋の背後にいる男たちが口々に八尋のことを勘ぐる。アンデッド街のゾンビだろうか。それともあの動画を観てやってきてしまった一般人か。いずれにせよ、八尋には彼らを構っている暇はない。ストールで口元を隠すと、すぐさま花に殴りかかった。
「おっと」
さすがの反応を見せた花。八尋の攻撃を腕で捌き、反撃に入ろうとする。
だが、捌いたはずの腕は八尋に折られ、八尋の攻撃はそのまま花の胴体に当たった。肋骨を砕く感触があり、花の口から鮮血がこぼれる。
花がにやりと笑ったのが見えた。視界から彼女の姿が消えたと思った時には八尋の身体は宙を舞っていて、背中から地面に叩きつけられる。投げられたと理解するが、ダメージはない。
すぐさま起き上がると、花が距離を取って八尋に笑みを向けていた。「すごいすごい」と言いながら八尋に拍手を送っている。彼女の傷も既に回復済みのようだ。
「どうしたのさ。見違えるようじゃない。あ、そうか。オーバーヒートを利用してるんだね。ここに来る間に宗一郎とでも戦ったのかな。彼、姿を見せないもんね」
「時間がないんだ」八尋は再び花に襲いかかりながら喋った。「話は戦いながらしよう」
「せっかちだなあ」
八尋の繰り出す打撃を今度は受けないようにして避ける花。
「でも、いいよ。第二ラウンドだ」
何かが砕けるような大きな音がした。一瞥して理解する。土塁の一部が欠けて外が見えた。まさか外にいる群衆が破壊したのかと一瞬考えたが、そんなわけはない。花が自分で崩したのだ。
「さあ、百万円の獲得チャンスだよ!」
胡散臭い陽気な声で花がわめいたのと同時に、殺気立った群衆がわっと敷地内になだれ込んでくる。
あっという間に大混戦となった。
花がもはや加減をしていないことはすぐにわかった。呪いの力はいまだに使う様子がないが、そんなものなくとも彼女は強い。ブレーキをかけずに振るわれるギフトから一般人を護りながら戦うのはかなりの困難があった。
花に蹂躙された人々が次々と瀕死の状態でそこら中に転がっていく。
更には、いつの間にか土塁が再度埋められて外に出られなくなったため、危険を悟った者がいざ逃げようとしても逃げ道がなく、いよいよ建設現場内は阿鼻叫喚の様相を呈してきた。
「弱者を利用するなんて、落ちぶれたな」
八尋が攻め掛かりながら詰る。
「利用なんかしてないさ。八尋が勝手に護ってるだけだろ」
花が躱して、近場にいた無防備な人間に炎の弾を放つ。
一般人に迫る炎弾を消す八尋。花に向き直るより先に、背中に衝撃を受ける。花が飛ばした工事資材が次々と八尋にぶつかる。八尋は無造作に腕を振ってそれを払い、更に資材のひとつを掴んで花に投げ返した。難なく避けた花に八尋は再度接近し攻撃を仕掛ける。
「こいつらは大半がゾンビだぜ。罪なき市井の人々を食い物にしてきた連中だ。果たして彼らに護る価値があるのかな」
八尋の攻撃を躱しながら花が問いかけてくる。
「誰かを護るのに、価値があるかどうかを考えたことはない」
「あら、ご立派ですこと」
花は回避に専念しているようで、八尋の攻撃は当たらなくなり空を切り続ける。構わずに間断なく攻める。その間は、一般人の被害は出ないはずだ。
「そもそも、他人の価値を勝手に測るな。おまえにそんな権利はない」
「一理あるね」と屈託なく笑った花だが、表情を豹変させると冷たい笑みを浮かべた。
「だけどね八尋。わたしは別に権利なんて求めていないんだよ。そんなの関係なしに、わたしには彼らの命をいつでも奪える力があるんだから」
花の言葉が終わると同時に、敷地内の地面から鋭い棘が無数に飛び出した。不意に現れた土塊の棘は、八尋と花の戦いを呆然と眺めていた人々の何人かを貫いていた。胸を貫通した土の槍を信じられないような目で見て、がくんと力が抜けたようにくずおれる人がいた。恐らく手遅れだ。
八尋は歯噛みする。この状況でも、花はまだ手を抜いている。ここまでやってもまだ及ばないというのか。リバウンドがくるまで残された時間はあとどれくらいだろう。このままではだめだ。
もう一歩、死地に踏み込まなければならない。
普段、八尋の身体から数センチのところを薄く覆っている〝バリア〟を一気に膨張させた。十倍ほどの大きさまでバリアを広げ、花との距離をさらに詰める。
花の身体がバリアの範囲内に入り、急にギフトを失った彼女の動きが遅くなった。狙い通りだ。その隙を八尋は逃さない。
花の右腕を掴み、絶対に離さないつもりで堅く握りしめた。そのまま引き寄せ、正面から抱き合うような形で彼女の全身を拘束する。こうすれば花の身体の大半が八尋のギフト影響下に入り、彼女の能力を抑制できると踏んだ。
「ん?」
花が意外そうな顔をした後、にやりとして「力が使えない。何かしてるね」と八尋に笑いかける。八尋も笑みを返しつつ、内心ひやりとした。洞察力が凄まじい。二の矢を急がないとどんな手を使って状況をひっくり返されるかわかったものではなかった。
「狼!」
鉄骨の上に佇む彼に、八尋は声をかける。
「期待するなと言っただろう」
すげなく告げる狼。
「ツケだ! 貸せ!」
八尋は構わず叫ぶ。
狼はわずかに顔の向きを動かした。花を見たのだとわかる。花も意味ありげな笑みを狼に向けていた。彼女はなぜか八尋の拘束から抜け出そうとする素振りは見せなかった。
アイコンタクトでどのようなやりとりを交わしたのかは八尋には知る由もないが、狼は人狼に変身すると、鉄骨を飛び降りて群衆の前に着地した。
突然現れた大型の獣の姿に逃げ惑う人たちで敷地内は更に混沌とした。
「どうする」と訊ねてくる狼に「その調子だ」と返す八尋。
「脅かしてあいつらをひとまとめに集めてくれ」
狼は敷地内を駆け巡り、姿態を利用した威圧、咆吼による威嚇、場合によっては破壊行動等の示威行為で、恐怖させた一般人を土塁そばの一箇所に誘導して集めた。
今度は八尋の番だ。そう思ったところで花が喋り出した。
「ねえねえ八尋」
切なく吐息を洩らすような、妙に艶っぽい声で囁く花。
「いつまでも情熱的に抱き締め合うのも悪くないけどさ。このままじゃ八尋が動けないだろ。邪魔しないからわたしのことは離しても大丈夫だよ」
八尋は目の前にある花の顔をじっと見た。その真意を疑った。邪魔をしない理由がない。
花はにこりと微笑み「八尋がどうするつもりか興味があるだけさ」と付け加えてくる。
少し考えてから、八尋は花の身体を離した。
宣言通り、花は自由になっても怪しい動きをする気配はなかった。不安はあるが気にしている時間はない。彼女の気が変わる前に事を済ませようと切り替え、行動を始める。
八尋は置かれていた仮設足場用の金属製床材を掴み、ギフトを流して纏わせると、人垣の背後にそびえる土塁目掛けて次々と放り投げた。
何が起きるのかと見守っていた群衆が一様に慌てて身を屈め、その頭上を飛び越えた薄い金属の板が土塁に衝突する。が、花のギフトで構成されている土塁は、八尋のギフトを纏わせた床材とぶつかるそばから消滅し穴を穿たれていく。投げられた床材はそのまま隣接したビルの外壁にぶつかって落ちた。
果たして、土塁には大勢の人間が通れるような大穴が空いた。
「狼、仕上げだ」
八尋の号令とともに、人狼が唸り声を上げながら迫ると、恐慌をきたした集団は我先にと殺到して穴から逃げていき、やがて敷地内に立っているのは八尋たち以外誰もいなくなった。
さらに狼は、敷地の外でたむろしていた連中も追い立てた。パニックを起こして工事現場を離れようと逃げ出す人が続出し、群集心理が働いたのかそれに連なるように更に多くの人々がこの場を離れ、やがて周囲がひっそりと静まり返る。
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