第70話 決別(2)

 発砲された。右耳の奥に痛みが走り、激しい耳鳴りがした。八尋の顔のすぐ右横で引き金が引かれたのだ。その直前、八尋の左腕が宗一郎の腕を押しのけていたのですんでのところで回避できた。

 宗一郎に触れたことでギフトの吸収に成功し、身体強化が発動する。八尋は左手で銃をホールドしつつ、右手で彼の鼻を打った。宗一郎の頭ががくんと後ろに倒れる。

 打撃を続けて打ち込む前に、宗一郎の膝が八尋の腹部を打った。八尋がよろけた隙を突き、後ろに飛んで距離を取る宗一郎。銃を奪うことは叶わなかった。宗一郎は着地する前に空中で再び銃口を八尋に向けたが、八尋は構わず腕を振って〝盾〟を飛ばした。

 弾丸が発射され、八尋の左脚の付け根に命中する。痛みと衝撃で身体が揺らぐ。しかし同時に八尋の〝盾〟が宗一郎の身体を透過してギフトを吸収した。強制的に変身を解除された宗一郎は、バランスを崩し着地に失敗する。

 八尋は痛みを無視して距離を詰める。大丈夫だ、傷は回復すると自分に言い聞かせ、歯を食いしばる。

 宗一郎の舌打ちが聞こえたかと思うと、すかさず再変身して今度は大きく距離を離し、八尋から見えない建物の陰に姿を隠した。

「忘れていたよ」

 宗一郎の上気した声が路地に響く。

「変身型の俺じゃおまえとは相性が悪いとは思っていたが、面倒な力を手に入れたもんだ」

 脚の回復が終わった八尋は、宗一郎に倣って壁を蹴り建物上部へと移動する。しかしそこには既に宗一郎の姿はなかった。

 背後で銃声がし、背中に痛みが走る。身体強化によって弾丸は体内に入ることなく落ちたが、激痛が全身を貫くようだった。八尋はすぐさま物陰に移り、相手の位置を確認しようとする。しかし宗一郎もすぐに移動してしまったため、またしても姿が見えなくなる。センサーでおおまかな位置はわかっても物陰から銃撃されるのはまったくもって厄介だった。

「だから銃を持ってきたのか。いい考えだな」

 八尋は軽口を叩く。

「でも、もう少し射撃訓練をしておいたほうがよかったんじゃないか」

 不意に妙な気配を感じ、急いで周囲を見回す。エアコンの室外機が八尋目掛けて飛んできた。横っ飛びにその場を離れた瞬間、さっきまで八尋が隠れていた場所に衝突したそれは、重く激しい音を立てて砕けた。

 すかさず身を伏せる。さっきまで八尋の上体があった空間のすぐそばの壁に弾痕が穿たれる。体勢を低くしながら物陰を移動していく。

 宗一郎に八尋の位置を捉えられている。このままでは不利だ。苛立ちとともに焦りが生じ始める。先ほど宗一郎から吸収した分のギフトでは、それほど長く強化は続かない。

「また外したな」

 八尋はあえて挑発するようなことを口にした。事態を打開できる変化を何か起こしたかった。

「お恥ずかしい限りだよ」

 宗一郎の声は冷静だった。

「まあでも、いい練習台がいて助かるよ」と嫌みなことを口にした後、「おまえを撃ち殺す頃にはずいぶん上達するんじゃないかな」と感慨を込めず言った。

 八尋は物陰から飛び出す。飛んできたコンクリート片が、八尋が潜んでいた物陰にぶつかる。

 その瞬間、銃声とともに左肩に衝撃を受けた。

 しまったと思った時にはバランスを崩しており、下の道路へ転落していた。受け身を取る間もなく背中から叩きつけられ、肺の中の空気が強引に吐き出される。

 まずい。動け動け動け。思考を回転させ、四肢に信号を送る。身体はまだ動くはずだった。しかし八尋が動くより宗一郎の動きが早かった。

 脇に立っていた宗一郎が、倒れる八尋目掛けて銃を連射した。

 咄嗟に両腕で頭と心臓をかばったが、何発かが体内にめり込んだ感覚があった。

 躍起になって脚を繰り出し反撃したが、当たるはずもなく、宗一郎は難なく距離を取った。

 八尋はなんとかその場に立ち上がる。胴体に命中した弾痕から血が流れ出ているのがわかる。身体強化が切れかけている。

 宗一郎はもはや姿を隠すこともなく、路地の先で立っている。マガジンを取り外し、予備をグリップの下部に挿入するとスライドを引いて銃口を八尋に向けた。

「さようなら、八尋」

 宗一郎が淡々と告げる。

 引き金が引かれる直前、八尋は予備動作なしに〝盾〟を宗一郎目掛けて飛ばした。

 できると思っていたわけではない。追い詰められた末の決死の反撃だった。

 八尋のギフトは相手には見えない。当たると思った。

 しかし、宗一郎は野生の勘が働いたのか、ぴくりと表情を変えると、〝盾〟が到達する直前にその場で宙に跳んだ。八尋のギフトはわずかに宗一郎の足元をかすめるように躱されてしまった。

 宗一郎が銃を向けてくる。

 八尋はそう思った。恐らく宗一郎もそのつもりだっただろう。だが実際はそうならなかった。

 突如現れた狼が、宗一郎の手にしていた銃を奪い取っていた。

「これを使うのは少し卑怯だろう」

 全身を人狼の姿に変身させた狼が、空中にいる宗一郎の身体の上に立つように足をつきながら、起伏のない声で言った。

「狼、貴様ッ……!」

 宗一郎は怒り、そして戸惑っていた。

 八尋は駆け出した。撃たれた箇所に激痛が走るが歯を食いしばり、走る。

 狼が宗一郎の身体を空中から蹴落とした。

 まっすぐに落下する宗一郎。八尋は腕を振って再度〝盾〟を飛ばす。〝盾〟にぶつかった宗一郎の変身が解け、八尋の身体に活力が戻る。

 強化された脚で大地を踏みしめ、思いきり蹴って一気に間合いを詰める。

 そして宗一郎に渾身の蹴りを見舞った。

 弾き飛ばされた宗一郎の身体が壁に激突してはね返る。すかさず詰め寄った八尋は伸ばした手のひらを彼の胸にぶつけて再度壁に押しつける。

「や、やめろっ……」

 八尋が何をしようとしているか悟った宗一郎が呻き声を上げる。

 構うものか。

 八尋は自身のギフトを宗一郎の身体に流し、彼のギフトの核を吸収した。

 八尋の身体強化がオーバーヒート状態へと移行したのを実感する。

「ふ、ふざけた真似を……よくも……」

 変身能力を失った宗一郎が怒りにまかせて八尋に飛びかかってくる。それを一撃で叩き伏せた。宗一郎はそれ以上起き上がってはこなかった。

 終わりだ。

 倒れる宗一郎の姿に、不意にこれまでの記憶や感情がまぜこぜに噴き上がってきて、胸をかきむしられるような気分がした。涙が出そうになり慌てて目を逸らす。

 終わりだ、ともう一度心の中で呟いた。

 もう、終わったんだ。

「殺したのか」

 狼が訊ねてきた。

「俺は殺さない」

 八尋はそれだけを伝える。

「そうか」

 それ以上、狼は踏み込んでこない。

 八尋と狼は建物の上を跳躍しながら花の元を目指す。数ブロック先に、鉄骨で組んだ巨大なジャングルジムのようにも見える建設途中の工事現場が見えた。あそこだ。

「それにしても助かったよ。どうしてここに」

 移動しながら狼に訊ねる。

「滝澤に見届け人を頼まれた」

 落ち着き払った様子で答える狼。彼のいつも通りでぶれない態度が、今日はやけに気が安らぐものに感じられた。

「頼まれた? 見届けるって、何を」

 狼は答えず、「手を貸したのは気紛れだ。次はない。期待するな」と伝えてきた。

 はぐらかされた気がするが、これ以上質問している余裕はない。

 現場に到着する。

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