第67話 過激な動画

『ちゃんと映ってるかな? おっけー。それじゃ始めるね。はいっ、ということで、これから呪いの力の検証を進めたいと思いますー。わーパチパチー』

 動画の中の花は独り芝居をしながら明るく振る舞っている。彼女の両手は自由で、カメラはやや離れた位置から撮っているので花の頭の先から腰あたりまでがフレームに収まっていた。

「これ、撮っているのは」

「恐らく夜空ですね」

 生放送ではないようだが、投稿されてからまだ間もない。少なくとも撮影時点ではまだ夜空は生かされているようだ。どういうつもりなのか訝りつつ、動画の先に意識を向ける。

『えー、わたしは今アンデッド街近辺にいます。そうです。あの悪名高き、治安の悪さから一般人は立ち寄ることも少ないあの街です。ゾンビがわらわらいるこの場所で、これから呪いの検証を行っていきますね』

 はっとした八尋に、「何かありましたか」と風香が不安そうに声をかける。

「呪いの検証」

 八尋は呟いていた。その意味するところを八尋は知っている。

「あいつ、誰かを殺す気だ」

「え……」

 絶句する風香を意に介するはずもなく、動画は進んでいく。

 暗い通りを歩く花をカメラは少し後方から撮っている。正面から二名の人物が歩いてくるのを見つけた花が、カメラを振り返って『あれにしよう』と楽しそうに言った。その無邪気な表情に、八尋はぞっとする。

『ハーイ! お兄さんたち』と手を振って話しかける花。急に話しかけられた二人の男はぎょっとして立ち止まったようだが、相手が女だと気づくとすぐに態度を変えたのがわかった。

『お姉さんカワイイね』

『ありがと』

 花はにこやかに応じる。

『いくら?』

 商売女だと思い込んでいるらしい男は出し抜けに訊ねる。

『俺はこっちの子のほうが好みだな』

 夜空を見ていたもう一人の男は、しかしカメラに気づいた途端『何あれ。なんで撮ってんの』と不穏な空気を漂わせ始めた。

 花たちが娼婦ではないと察したらしい男たちは態度を豹変させた。

『いけないなあお姉さん方。ここ、どこだか知ってんの? 物見遊山で来るような場所じゃないのよ』

『肝試し気分? それともSNSに投稿して承認欲求満たしたかった? ばかだね。高い代償払うことになるよ、かわいそうに』

 へらへらと笑いながら物騒なことを話す男たち。

『おまえ、そっちの姉さんやるよ。俺はこっちのガキにする』

『りょーかい』

 男は撮影者である夜空へと接近する。夜空がカメラを男へ向け続けているため、画面上では男の姿が段々と大きく映し出されていく。下卑た表情で近づく男は、映像を観ているだけの八尋にも十分すぎるほどの嫌悪感を抱かせた。

 男の背後、映像の端で見切れるように映っていたもう一人の男が、花の身体に触れたのがわかった。その刹那、男の身体がびくりと跳ね、同時に『ふぐっ』と短い呻き声が聞こえ、そのままその場に崩れ落ちて倒れた。

 画面の中心が、迫る男から花へと向けられる。その顔は、足元でうずくまる男を冷たい目で見下ろしていた。口角が上がっているが笑っているようには見えなかった。

 仲間の異常に気づいたもう一人が殺気立った様子で花に近づき、殴りかかろうとしたものの反撃され首を絞め上げられた。

『こいつの顔を映すんだ』

 首を掴んだ腕一本で男の身体を持ち上げた花が夜空に指示を下す。カメラは二人を映したまま横に移動してポジションを変えていく。映し出された男の表情は苦悶に満ちていた。

『質問に答えろ』花の鋭い声がした。『おまえはゾンビの一員か』

 男は白目を剥きそうになりながらも、小さく縦に首を動かした。

『イエス、か。こいつも、そうなのか』花の身体がわずかに動き、連動するようにカメラが一瞬だけ下を向けられて、先に倒れた男の背中を映し出した。再びカメラを向けられた首を絞められている男は再度小さく、繰り返し首肯する。

『そうか。それはちょうどいい』

 愉快そうな花の声が聞こえた瞬間、首を掴まれていた男が大口を開けて絶叫した。

 豹変した男の様子に、風香が身体を仰け反らせて驚く。八尋はじっとスマートフォンを睨んだまま視線を外さない。

 やがて彼は塵となり消えて、画面には花の腕だけが映された。

「い、今のは……」

 風香が怯えた様子で八尋に訊ねる。

「あれが、夜空の呪いです」

 動画は倒れた男の顔をカメラに向ける花を映した。男は泡を吹いて時折ぴくりと身体を震わせている。

 唐突に陽気な笑顔になった花が、場違いな明るい声で、画面のこちら側に語りかけるように喋り出した。

『はいっ。というわけで、呪いはあるみたいです。怖いですねえ。これを見ているゾンビ諸君、あなたたちのお仲間がやられちゃいましたよー。悔しかったらわたしたちを捜してみてね。アンデッド街のどこかにいるからね。それじゃ、ばいばーい』

 動画はそこで終わっていた。

 沈黙が訪れる。八尋も、風香も、言葉を失っていた。

 動画は既に相当な回数が再生されており、コメント欄にもかなりの数の書き込みがあった。フェイクムービーだと疑うもの、もっとやれと囃すもの、やられた人間に見覚えがあると語り出すものなど様々だが、関心が集まっていることが見て取れた。

 風香と視線を交わす。お互いになんと声をかければいいかわからずにいると、再び八尋と風香のスマートフォンに同時に着信があった。

 花から送られた二通目のメッセージだった。一通目同様に記載されていたURLをすぐに確認する。

 花の姿が映った。場所は変わっているようだが、先ほどと似たような薄暗い路地で、ここがどこなのかよくわからない。アンデッド街の中だろうか。

『はーい。それじゃ今度は、ちょっと捻った形で呪いを試したいと思います』

 そう言った花が振り向くと、その通路から左に折れた道の先を陰から覗くようにしながら『あれ、見えますかね』と言って指を差す。

 カメラが陰からひょこっと頭を出すように動き、まっすぐ奥へ伸びた道の先に集団がたむろするのが映し出された。

『あれもゾンビの仲間でーす』

 わざとらしいヒソヒソ声で花がカメラに向かって説明する。

『これからあいつらを退治するんですけど、今回はこちらを使います』

 再び画面内に映った花が、右手のひらを上に向ける形で差し出す。その掌に、小さな竜巻が発生した。

『わたしってばこんなこともできるんです。すごいですねー』

 自画自賛する花が『これと呪いを掛け合わせてみます』と口にした時、「嘘だろ」と八尋は思わず口にした。意味が無いと知りながら「やめろ」と画面に話しかけてしまう。

『よっ』

 かけ声とともに花の手から放たれた風が道を走る。道の先にいた人々は急な突風に身を防ぐような姿勢を取ったかと思うと、次々と倒れていく。

 やがて風は通り過ぎた。通りに立っている人はいなくなり、折り重なるように倒れる人たちの姿だけが見えた。

 不意に画面が不自然に揺れ、次の映像で花の顔がアップで映し出された。アングルから推測して、夜空からカメラを受け取った花が自撮りしているらしかった。

 見覚えのある外向けの表情で花が語り出す。

『はい、こんな感じでわたしは他人に呪いをかけることができまーす。倒れた人たちはあと数時間で全員死んじゃいます。どんな風に死んじゃうかは、ひとつめの動画を見てみてくださいねー』

 そう言いながらフレームの下を指差す花。恐らく動画の詳細欄にひとつめのURLが記載されているのだろう。

『呪いの発動を止める方法はひとつだけ。わたしを倒せばいいんです。簡単ですよね。わたしはこれから、アンデッド街のすぐそばにある再開発区域の建設工事現場に移動します。そこでみなさんの挑戦を待ってまーす。そしてそして、最初にわたしを倒した方にはなんと!』

 そこで花が大きく息を吸い込み、そして続けた。

『百万円をプレゼント! しちゃいます! すごい! 夢の企画!』

 胡散臭いちゃらけた振る舞いをする画面の中の花を、八尋はどんな気持ちで見ていればいいのかわからない。ふざけた態度に見えて、やっていることはあからさまで恐ろしい罠を撒いているのだ。

『というわけで、どしどし殺到していただけるのを待ってまーす。ばいばーい』と花が告げ、動画は終わるかと思ったところで、不意に花が表情を変えた。

 今日既に何度も見た冷たい眼でカメラを見据えている。画面の向こうにいる八尋を睨んでいるようで、身動きが取れなくなる。

『夜空と一緒に待っているよ。タイムリミットは零時』

 今度こそ本当に、動画が終わった。

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