第61話 告白(2)
瞬間、八尋は想像した。
ヒトの大軍が待ち受ける戦地を一人歩く夜空。
唐突に夜空の頭蓋が撃ち抜かれる。少女としての肢体に次々と弾痕が穿たれ、鮮血と肉片が周囲に散らばる。敵は、あっけない、と思うかもしれない。あるいは、いたいけな少女を撃ち殺すことへの罪悪感を抱くのかもしれない。
しかし、夜空を撃った兵士たちが次々と断末魔の悲鳴を上げていき、みんな塵となって消えてゆくことで、敵陣は阿鼻叫喚の巷と化す。殺したはずの少女が立ち上がり、恐慌を来した兵士は少女に一斉掃射を浴びせ、そして全滅する。死なない夜空は敵のいなくなった戦場で前進を再開する。
あるいは、航空機の爆撃が辺り一帯を吹き飛ばす。彼女の小さな身体は粉微塵になる。同時刻、航空機のパイロットは息絶え、操縦者を失った機体は墜落する。
夜空を殺した者だけが死に、殺され続けた夜空だけが死なない。
夜空に殺された者は遺体すら残さず消え、自分一人になった戦場を夜空は進む。殺されるために。殺されることで敵を全て殺し尽くすために進み続ける。
そんな想像をしてしまった。最低で、最悪な光景だった。
「おまえたちの目的のために、夜空に人殺しをさせるのか」
憤りをこめた声で八尋は問いかける。宗一郎は冷たい笑みを浮かべた。
「新しい世界を創るために必要なら、あるいは邪魔になるなら、殺してもらうことになる」
「そんなことのために夜空を連れていかせはしない」
「それはおまえが決めることなのか?」
にやにやとした表情で宗一郎が八尋を見る。
「夜空の望みを拒絶したおまえが、何の権利があって彼女を縛ろうというんだ」
八尋は返答に窮した。宗一郎の言う通りだと思ってしまった。昨日のやりとりが脳裏に甦る。
夜空は死にたがった。
八尋は彼女を死なせたくなかった。
夜空が止まり木にいるのは、八尋なら自分を殺せるかもしれないと考えているからだ。八尋が彼女を殺さないのなら、夜空にとってはもはや止まり木にいる必然性がないのではないか。
目が自然と夜空の姿を捉えていた。何も言わず、やりとりを見ているだけの彼女。一体今、何を考えているのだろう。
「夜空は、自分の意思でここにいるのか」
「さあ、どうだろうな」
あっけらかんと言う宗一郎。
「彼女は何も喋ろうとしないからな。同意はないけど、拒否もされてない。逃げようとするそぶりもない。成り行きに任せている感じだ」
それに、と宗一郎が付け加える。
「彼女を連れてきたのには別の理由があるんだ」
「別の理由?」
「俺があの男を使って」と言いながらテレポーターを顎をしゃくって示す宗一郎。「まどろっこしいやり方でこの場所を伝えたのもそのせいだ。スマートフォンのやりとりを盗み見てるとも限らないからな」
「何の話だよ」
先を急かしながら、八尋は不意に、自分が崖を背にして立っているような感覚に陥った。後ろを振り向くな、落ちるぞ、という声が聞こえたような気がした。
「滝澤花はおまえを裏切っているよ」
八尋はしばし呆然として、それから「なんだって?」と問い返していた。宗一郎が何を言っているのか聞こえなかったわけではない。何を言っているのかが、理解できなかった。
「おまえを止まり木に縛りつけていた存在は、おまえが自分の人生を捧げようとしているあの女は、おまえを裏切っている」
「何を、言っているんだ」
二度目も、意味が頭に入ってこなかった。裏切るって、なんだ。誰が、なにを、なんだって?
「あいつは夜空を殺す気だった」
淡々と語り続ける宗一郎に、八尋は「それ以上、ふざけたことを言うな」と低い声を出した。
「どうして俺たちが夜空を連れ出すことができたと思う」
言われて、ようやく気づく。それがわかると、むしろどうして今まで気づかずにいたのかと、見落としていた自分に対する憤りが湧いた。
ホルダーとしての気配を夜空から感じなかった。
「夜空は今、ギフトを失っている」
宗一郎が宣言するように告げた。
八尋は夜空を見る。夜空も八尋を見ていた。
八尋が拒否した彼女の願い。それが、自分のあずかり知らないところで既に叶えられていた。
他者のギフトを使用不能にする。自分以外にそんな芸当ができる人物は、一人しか思い当たらない。でも。
「滝澤は夜空のギフトを転写したんだ」
頭をよぎり、信じられずに追いやった考えと同じ言葉を宗一郎が口にする。
「まるで見てきたみたいに言うじゃないか」
まだそうと決まったわけではないだろうと、当てこすりのつもりで口にしたが、「その通りだよ」と宗一郎は事も無げに応じた。「俺は一部始終を見ていた」
「嘘だ」感情的で根拠のない反発だと自覚していたが八尋は言わずにいられなかった。
「昨日の送別会のあと、俺は滝澤を尾行したんだよ」
「どうして」
「夜空の勧誘のためさ。おまえに対して今やってることと同じだよ」
宗一郎が両手を広げて示した。
「正直言うと、初めは八尋のことも夜空のことも諦めていたんだ。八尋には滝澤の存在があるし、夜空にしても自分のギフトが効かない八尋という存在を捨てて俺たちのもとへ来るとは思えなかったからな。だけど、八尋は夜空の望みを断った」
「あっ、盗み聞きするのは悪いとは思ったんだけどさ」とバニーが口を挟む。「アタシの耳めっちゃよく聞こえるからさ。聞こえちゃったんだからしょーがないよね。ごめんね」
宗一郎は言葉を続ける。
「これはチャンスだと思ったよ。おまえにギフトを消す意思がなければ、彼女には止まり木にいる理由がなくなる。滝澤が夜空を送り届けた後、あいつが立ち去るのを待って話をするつもりだった。しかし滝澤に先を越された」
宗一郎は舌打ちをして、「あいつ、初めからそのつもりだったらしい」と忌々しそうに言った。
「初めから?」
アンデッド街で出会った時からすでに、花は夜空のギフトを転写する機会を窺っていたというのか。
「屋敷へ向かう道中、滝澤は夜空に取引を持ちかけた」
「それを聴いたのもアタシの耳です。すごいっしょ」と胸を張るバニー。
「取引って、なんだ」
八尋が問うと、「わかるだろ?」と宗一郎は笑った。
「君のギフトをコピーさせてくれれば自分が君を殺してあげる、と。滝澤はそう彼女に持ちかけたんだ」
八尋の脳裏に花と交わした会話がフラッシュバックする。ヒントと称して告げた内容を、そのまま実行したということか。
「コピーが終わると、滝澤はなぜか『準備がある』と言って、すぐには夜空を殺さずに屋敷を去った。その隙を突いて俺は夜空を連れ出すことにしたというわけだ。貴重な人材を無闇に殺されたらたまらないからな。ギフトを失っているからテレポーテーションを使えばここに連れてくるのは簡単だった。だから、夜空がここにいるのは彼女を護るためでもあるんだよ。おまえだって、夜空が死んでいいと思ってるわけじゃないんだろう?」
宗一郎のその問いに、八尋は咄嗟に返事をすることができなかった。
夜空が死ななければ、花が死ぬ。それは、滝澤花自身が八尋に語ったことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます