第60話 告白(1)

 宗一郎はバニーの一歩前に出ると話を継いだ。

「というわけだ。バニーが俺たちと一緒に来る気になった理由は、本人が話してくれた通りだ。俺が無理強いしたわけでも、弱みにつけ込んだわけでもない。彼女自身の意思だよ」

「そうらしいな」

 八尋は目を伏せ、それからまっすぐに宗一郎を見据えた。

「でも彼女は知っているのか? 目的のためなら誰かを利用することや、殺すことすら躊躇わないような連中がいるところだってことをな」と吐き捨てるように言う。

「知っているよ」

 八尋が睨みつけても、宗一郎は穏やかな表情を崩さない。

「承知の上で、俺と一緒に来てくれる。こんなにありがたいことはない。それと」

 不意に宗一郎がテレポーターを殴った。鮮血が飛び散り、男は悲鳴を上げながら顔を押さえる。

 宗一郎が変身した手の鉤爪で、相手の頬を切り裂いていた。

 突然の出来事に八尋は驚き、固まる。バニーも目を見開いて口元を手で覆い息を呑んでいる。夜空は相変わらず表情を変えず、起こっていることをただ眺めていた。

 テレポーターは自身の血で濡れた手を見つめた後、自分を見下ろす宗一郎を睨む。しかし冷酷な顔で自身を見つめる宗一郎を前にして怯むように目を逸らし、それ以上反抗の意思を示すことはなかった。

「彼らが秋月さんを巻き込んだことやおまえを殺そうと画策したことについては謝りたい。本当にすまないと思っているよ」

 宗一郎は八尋に殊勝な態度で謝罪した。

「おまえが望むなら、今ここで殺したって構わない」

 淡々と告げた宗一郎に「やめろ」と八尋は即座に否定する。

「そんなこと、望んじゃいない」

「そうか」

 特に執着することもなく、にこやかな表情で「八尋は優しいな」と宗一郎が言う。何とも思っていないような態度が、八尋には得体の知れないものを見ているようで恐ろしかった。

「何を言っても説得力がないかもしれないが、俺の指示じゃないことだけは信じてほしい。彼らは同じ組織に身を置く同属ではあるけれど、俺たちはどうにも仲間意識が薄くてね。功を焦り俺を出し抜こうとして先走った行動を起こしてしまった。おかげで俺は滝澤に怪しまれ、止まり木を出ることに決めざるを得なくなった。もちろん、だから俺に責任はないと言いたいわけじゃない。さっき八尋がバニーに言ったことと同じさ。同じ組織の人間がしでかしたことを、俺は我が事として八尋に謝りたいんだ」

「それで?」八尋は冷たく突き放すように言った。「俺に何を求めている」

 宗一郎は笑みを浮かべて言った。

「俺たちと一緒にこないか」

 八尋は答えなかった。宗一郎の話を聞けば聞くほど、現実感が遠ざかっていく気がする。

「俺は組織のリクルーターなんだ」

 宗一郎は自身のことを説明する。

「優秀なホルダーを見つけたら、俺たちの組織にこないか勧誘をするのが俺の役目だ。止まり木に入ったのも人材を引き抜く目的だったんだが、騙すようなことになったのはすまないと思っているよ」

「騙すようなことじゃなくて、騙してたんだろ」

 八尋の指摘に、宗一郎は「弁解はしないよ」と言うだけだ。

「それに、悪いが俺は優秀なんかじゃない」八尋は首を横に振る。「俺の代わりになるやつなんていくらでもいる」

「そんなことはない。おまえの代わりになれるやつはいない。おまえは特別なんだよ、八尋」

 穏やかな表情で語りかける宗一郎を前に、警戒心を緩めるな、と八尋は自分を戒める。

 ふと視線を落とした宗一郎は「確かに、優秀なホルダーであれば他にもいるのは事実だよ」と呟いた。

 宗一郎は顔を上げると「たとえば彼女がそうだ」とバニーを示した。

「自分のギフトを使いこなし、ホルダーであることに誇りを持って生きている。止まり木で大勢のホルダーに接してきた八尋ならわかるだろう。ホルダーとなっても自尊心を保てること自体が才能なんだということを」

 宗一郎の言うことは正しい。

 ホルダーの多くは、少なからず差別や迫害の被害に遭ってきている。それを生き延びて以降も、自分の存在に自信を持てずにいるホルダーは珍しくない。彼らが弱いのではなく、存在そのものを否定されても折れない心を持っていられる者のほうが強いのだ。

 宗一郎は続ける。

「彼らはギフトを使うことを厭う。止まり木では『使えば使うほど社会が遠ざかる気がする』と俺に打ち明けた者もいたよ。馬鹿げていると思ったね。ヒト社会なんてものからはとっくに爪弾きにされているのだから、今さら遠ざかるも何もあるものか」

 あからさまな侮蔑を込めて宗一郎は話す。

「ギフトを使わず、研究しないから、いつまで経っても力を使いこなせない。彼らはホルダーとしての人生より、自分を追い出したヒト社会の顔色を窺いながら、もう一度仲間に入れてくれと頭を下げ続けてただ生きることを望む。くだらない。俺たちが持っている素晴らしい能力を認められない社会など、こっちから願い下げだ。そうじゃないか」

「誰もがおまえみたいに強く生きられるわけじゃない」八尋は口を差し挟んだ。「俺もそうだ」

 宗一郎は器用に片眉を上げて、「お褒めにあずかり光栄だな」と嬉しそうに言った。

「皮肉だよ」と八尋は冷たく言い放つ。どんどんと自分の心が冷えていくのを感じる。

「一点、否定しよう」

 もったいぶった調子で宗一郎が告げる。

「八尋は自分を強く生きられない側の人間だと思っているようだけど、それは違う。おまえは強者の側に立っているよ」

「どうしてそこまで俺を買いかぶるんだ」

 それが八尋には理解できない。

「八尋は十分強いよ。ホルダーとしての自信のなさはいただけないが、研鑽を惜しまず強さを求めることに貪欲だろ。何より」

 いったん言葉を切った宗一郎は、嬉しそうな笑顔で言った。

「自覚がないんだろうが、おまえのギフトは稀有だ。他者のギフトを吸収するギフトなんて、そうそうお目にかかれるものじゃない。それだけでホルダーとしての未熟さに目をつぶる価値は十分すぎるほどある」

 彼の話に対し強い失望を覚えた自分に、八尋は少し戸惑った。

 宗一郎の執着の理由が即物的だったことに落胆していた。

「今の話で夜空を狙う理由も見当がついたよ」

 八尋は当てこするように言った。

「問答無用で命を奪い、不老不死になれるギフトの持ち主だ。是非とも引き入れたいだろう」

「話が早くて助かるよ」と宗一郎は動じない。

「ホルダーを集めてどうするつもりだ」

 訊ねられた宗一郎は、その質問を待っていたと言わんばかりに、表情を崩した。

「世界を変えるんだよ」

 八尋は言葉を失った。

 物語の中でしか触れたことのないようなフレーズをいざ目の当たりにすると、どのような反応を示せばよいのかわからなかった。

「ばかばかしく聞こえるかな」

 泰然と構えた宗一郎は、そう思われることを予期しているようでもあり、一方で、どう思われようと気にならない自信があるようでもあった。

「スケールが大きすぎてイメージがつかない」

 八尋は率直な感想を述べる。

「世界って、なんだ。どうやって変えればいいんだ。どこから変える。言ってることが抽象的で、どこを目指しているのかわからない」

「もっともな意見だな」と宗一郎は小さく笑った。

「俺たちはホルダーがホルダーらしく生きられる世界を創るんだよ」と口にする彼の瞳は、夢を語る少年のようだった。

「そのためにはヒトが邪魔だ。数が多いのが厄介だが、数が多いだけだとも言える。武器を持たせなければ、彼らは俺たちホルダーに比べて圧倒的に無力だからな」

「数は武器だ」と八尋は反論する。「強大な兵器は国家が保有している。国家を治めているのは、大多数を占めるホルダーではない人々だ。武器を持たせなければなんて、仮定がおかしいんだよ」

「一理ある。さすがだな」と余裕のある表情を浮かべている宗一郎。何を考えているのか理解できなかった。感情が読めない。まるで別人と会話している感覚に陥りそうになる。

 いや、と八尋は思い直す。実際、別人なのかもしれない。自分が知っている宗一郎が仮の姿で、こちらこそが本当の彼なのかもしれなかった。

「八尋が指摘するように、俺たちの相手は強敵だ。個々のヒトが無力だからって侮ったりはしない。だから俺は有能な仲間を探して集めている」

「仲間がいれば、世界をどうにかできるとでも思っているのか?」

「そういうおまえは、どうにもできないとでも言いたげだな。気持ちはわからなくもない。俺たちはちっぽけだからな。でも」

 宗一郎は小さく首を振る。

「俺たちがヒトのことを侮らないように、ホルダーの力だって侮ってはいけない」

「ずいぶんと自信があるんだな」

「考えてもみろよ」

 宗一郎の声に嘲るような色が滲む。

「夜空の前で、敵の数が問題になると思うのか」

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