第56話 待ち合わせ

 翌日。天候は曇り。黒い雲で覆われた空は、気分まで暗くなるような天気だった。昨晩は結局ほとんど寝付けなかった。

 日課のランニングと鍛錬を終え、朝食の準備をしていた午前八時三十分。セーフハウスの黒電話が鳴った。狼からの連絡だ。

『春木が夜空を連れていった』

 彼が言うことの意味を、八尋はしばらく理解できなかった。

「連れていったって、どういうことだ」

『文字通りの意味だ』

「頼むからもう少し詳しく説明してくれないか」

『深夜二時頃、母屋にやってきた春木が、夜空を連れていった』

「夜中に? なんでそんなことをする」

『それは本人に訊け』

 伝えたぞと言い残して狼は電話を切った。訳がわからないまま、八尋は宗一郎に電話をかけてみるが繋がらない。不審に思いつつ、ひとまず約束の時間に間に合うようにセーフハウスを出て駅へと向かう。

 到着した待ち合わせ場所に宗一郎とバニーの姿はなく、代わりにテレポーターの男がいたため、八尋は我が目を疑った。

 八尋に気づいたテレポーターは忌々しそうに睨んだ後、顎をしゃくって合図をし、歩き出した。どこかへ連れていこうとしてるらしい。八尋は警戒しながらも彼についていく。

 どんどんと人気の少ない道へと進んでいくテレポーター。その後ろを訝しみながら歩く八尋。

 不意に、電信柱の陰に隠れるように男が動いた。八尋は急いで近づきその場所を覗き込んだが、その先はビルとビルの隙間になっている細い空間をエアコンの室外機やゴミ箱が塞いでいる行き止まりで、男の姿はなかった。テレポーテーションで移動したらしい。

 一体なんだったのかと怪しんでいると、ふと足元に汚れていない封筒が落ちているのが目に入る。「八尋へ」と宛書きがされているそれを拾い上げ、中身を確かめる。

 宗一郎からの手紙が入っていた。

『こんな形でしか伝えられずすまない。大事な話がある。来てほしい。』

 端的な文章と、URLだけが記載されている便箋。そのURLをスマートフォンに打ち込んでみると、地図アプリが起動して地図上のとある点を指し示した。セーフハウスにほど近いところにある工業地帯の一角。八尋はこの位置に見覚えがある。風香がさらわれた際に訪れた倉庫がある場所だ。

 八尋は困惑した。訳がわからない。なぜ宗一郎の手紙をテレポーターの男が運んでいるのか。そもそもこれは本当に宗一郎の手紙なのだろうか。大事な話とはなんだ。電話ではいけないのか。

 混乱する八尋の元に、登録のない携帯電話番号から電話が入る。今度はなんだと思いつつ出ると、『もしもし?』と険のある女性の声が聞こえてきた。

『あんた……ええと名前なんだっけ……あ、あたし颯汰とちゆきの母親だけど。これ、あんたの電話で間違いないわけ』

「東條さん?」

 思いがけない相手からの電話に驚いてしまう八尋。

「橘です。どうかしましたか」

『どうかしましたかじゃないわよ!』

 唐突に怒鳴られ、八尋は固まってしまう。理解が追いつかないでいるうちに『あんたふざけんじゃないわよ』とさらに詰られる。

「えっと、あの」と口ごもった八尋に対し『あんたねえ』とあずさの様子がますますヒートアップしていく気配を感じ、慌てて「ちょっと待ってください」と大きめの声で制した。たまたま通りがかった通行人がびっくりして八尋に視線を向けたが構っている場合ではない。何かが起きている。

「まず、何があったか教えてくれませんか」

『何があったかじゃないわよ。あんたのせいだってのに他人事みたいなこと言ってふざけないでよ』

「俺のせい?」

『あんたが治ったっていうからちゆきを連れて出かけたのに、突然トカゲになっちゃったじゃない。ショッピングモールのど真ん中でよ。どうなってんのよ。どうしてくれんのよ』

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