第53話 送別会(2)
「いやあ、ばったり偶然風香ちゃんと会ってさあ」
ヘラヘラと答える花。
嘘だ。ギフトを駆使して風香を捜し出したに違いなかった。
「八尋のことだから、彼女を巻き込んだことに責任感じて風香ちゃんのこと遠ざけてるんじゃないかと思ってさ」
あまりにも図星だったので八尋は固まってしまう。
「だめだなあ八尋は」花が嘲るように言った。「八尋は風香ちゃんのために距離を置いたつもりだろうけど、それって彼女が望んだことなのかな」
「それは……」
「相手が何を望んでいるのか考えて行動しなきゃ、ただの独りよがりだぜ」
八尋は黙り込んでしまう。
すると花が「そんな辛気くさい顔するなよう」と八尋の背中をばしばしと叩いてくる。
「一応言っとくけど、相手の望む通りに動けばいいってもんでもないからね」
八尋は花の顔を見る。自覚していなかった思い込みを言い当てられたような気がして、悔しさを誤魔化すように「さっきの今で矛盾したこと言うな」と抗議した。「どうしろっていうんだ」
「わかりやすい答えなんかないんだよ」と花は笑う。「ま、でもそうだね。強いて言えば、八尋はもっと自分の気持ちに素直になったほうがいいかな。どうも君は本心を封じ込めがちだから」
困惑している八尋に、「自信を持ちなよ」と花が優しい目を向ける。
「八尋は成長したんだ。新しい力も身につけた。努力しているし、わたしの想像の先を歩み始めている。あとは覚悟の問題さ。大丈夫だよ。君はもう、一人でも歩いて行ける」
花が素直に八尋を認めるようなことを口にしたので、珍しさと照れくささがあいまって、八尋はつい「熱でもあるのか」と茶化すようなことを口にした。
花はにいっと笑って「思い残すことがないようにしておこうと思ってね」と冗談ぽく言った。
「なるほど、別れの言葉だったのか」と八尋も軽口を返す。
「人間、いつ死ぬかわからないからね」
「花は殺しても死ななさそうなやつの筆頭だと思う」
「それはわたしも同感だ」と頷く花。「でも不死身に思える怪物も最後には弱点を突かれて死んじゃうんだぜ」
「おまえの弱点って、なんだよ」
「うーん。太陽の光とかかな。朝に弱いから」
「おまえ、実はドラキュラだったのか」
「それを言うならヴァンパイアだぜ八尋。ドラキュラは個人名だからね」
「そうなのか」
妙な知識を持っているなと思いつつ、八尋は素直に感心した。
花はふと、壁際で一人黙々と自分で持ってきたウイスキーを飲んでいる狼を見て、「見なよ八尋、狼男がいるじゃないか」と指さした。「あとはフランケンシュタインでもいれば完璧だね」とからかう花をちらりと見た狼が、ボトルをその場に残してグラス片手に近づいてくる。
「やあ狼男。グラスだけじゃなくて瓶ごと持ってこいよー」
口を尖らせて不満を言う花。
「生憎だがグラスを持つ分しか腕がない」
狼は淡々と言って、グラスに口をつける。そのジョークは笑っていいのかきわどいぞと八尋は内心指摘する。
彼はどうやらストレートで飲んでいるらしい。そばにいる八尋の元までウイスキーの香ばしい薫りがした。
「何の話をしていたんだ」と狼が訊ねてくる。
「ここには吸血鬼と狼男がいるから、あとはフランケンシュタインが揃えば全員集合だねって話」
花は勝手に狼のウイスキーボトルを持ってくると自分のグラスに注ぎ始めた。狼は特に文句を言う素振りもない。
「吸血鬼とは誰だ」
狼が妙なことを気にしてくる。
「ん」と言って自分の顔を指さす花に、狼は首を傾げたあと、八尋を見て「おまえじゃないのか」と不思議そうにする。
「なんで俺なんだよ」
「ああそうか」と花も納得したように頷く。「確かに八尋のほうが相応しいね」
「だから、なんでだよ」と問いただす。
「相手の力を吸収して強くなるからさ」と言って笑う花。
「そしてわたしはフランケンシュタインだ。理想の人間を目指して創られた人造生物。余所から集めた力をつぎはぎにしながら戦うのさ」
何が可笑しいのか、うふふと笑って愉快そうにしている花。
「創造主ヴィクター・フランケンシュタイン」
「え?」
口を開いた狼に八尋は問い返していた。
「フランケンシュタインというのは創造主の名前だ。彼が創った怪物には名前がない」
「そうなのか」
再度感心する八尋。狼はよく本を読んでいるので詳しくても不思議はない。
花が「なんでこんな話になったんだっけ」と唐突に正気に返ったようにぽつりと言った。八尋は「弱点だよ。おまえの弱点」と口にしながら、ふと気になって狼に質問する。
「フランケンシュタインの弱点ってあるんだっけ」
「フランケンシュタインの怪物に弱点らしい弱点はない」
狼は説明するように語り出す。
「怪物はその醜さ故に創造主に捨てられ人間にも迫害される。孤独を感じた怪物はヴィクターに自分の伴侶を創造するよう迫ったが、ヴィクターは作業を放棄する。怪物は報復としてヴィクターの周囲の人間を殺し、怪物への復讐心に駆られたヴィクターもまた旅路の果てに命を落とす。創造主の死に怪物は絶望し、自死することを告げて姿を消す。これが原典の結末だ。弱点を突かれて死ぬわけではない」
八尋はぽかんとして狼の話を聞いていた。彼が必要に迫られた状況以外でこれほど饒舌に語るのを初めて聞いた気がする。花が頭を八尋に寄せて「ね。酔うと面白いだろ」とにやにやしながら言った。
「俺らも混ぜてくださいよ」宗一郎とバニーもやってきた。「何の話ですか」
「狼は酔うと面白いって話」からかうような花に、「別に面白くない」と狼はいつものように答える。「このやりとりが既にちょっと面白いですよ」と宗一郎は笑っている。
「やあバニー」
八尋はバニーに声をかけた。彼女と話をするのは初対面以来だ。
「元気にしてるか」
「やほー八尋」
ニカッと笑顔でピースサインをするバニー。
「あっ、そだ。ねね、見て見て。そーちゃんのおかげでこんなことできるようになったんよアタシ」と言い出した彼女が何をするのかと見ていると、脚部をウサギに変身させた。
彼女はその場でジャンプし、天井に着地して、また地面に戻ってくるという技をやってのけた。
八尋は背筋が寒くなりながら風香へ顔を振り向けた。幸い、こちらに背中を向けて夜空と話していたので目には入らなかったようだ。心底ほっとして息を吐く。
「すごいっしょ」
無邪気なバニーに、「うん、すごいよ」と素直に褒める八尋。
「でも秋月さんの前でギフトを使うのはやめてくれると助かる」
「あっ」
バニーは振り返って風香たちに視線を送り、「ごめんごめん。気をつける」とぺこぺこ頭を下げた。八尋は手を振って「もう気にしなくていいから」と伝える。だが次はもう勘弁してほしい。
「宗一郎がいなくなるのは寂しくないのか」
バニーが平然としているのがふと気になり、訊ねてみる。
「ん? アタシはそーちゃんと一緒に行くんだよ」
当たり前みたいに答えるバニーに、八尋は「ああ、そうだったか」と聞き流しそうになった。
「え?」
慌てた八尋はバニーと宗一郎の顔を交互に見た。宗一郎もなんてことないような態度で「そうだよ」と口にする。
「そっか。頑張ってね」花がにこにこしながらバニーに声をかけた。それに「あざーす」と軽く応じるバニー。
「いいのか」
八尋はつい口に出して訊いていた。
花はきょとんとしてから、ぷっと吹き出して「いいも何も、うちは前から出入り自由だったじゃないか」と返した。確かにそうだ。
「心配するなよ八尋」宗一郎が八尋の肩を叩く。「行く当てはちゃんとあるからさ」
「もしかして、アタシとそーちゃんの関係に引っかかってんじゃない?」
バニーが意地の悪い笑みを浮かべながら八尋の顔を覗き込んできた。
八尋は「いや、それは」と口ごもってしまい、バニーが笑い出す。「ウケる。うろたえすぎ」
「そういうのじゃないさ」と宗一郎。「向いてる方向が一緒だから、一緒に行くだけだ」
「今はね」とバニーが補足する。「アタシはそーちゃん大好きだから、そーちゃんがオッケーならいつでもいいんだけどな」
「若いっていいねえ」とニヤニヤする花。狼は我関せずといった様子だ。
八尋は幸福感と寂寥感が同時に湧いてきたのを自覚した。
こうしてみんなでわいわいとできるのが幸せで、そして明日からはもうこのメンバーが揃うことも難しくなるのかと考えてしまったことへの寂しさが、共に胸を満たしていた。
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