第52話 送別会(1)

 時間になって夜空と一緒に向かった送別会の会場には風香がいた。

 何が起きているのか八尋が理解できずにいるうちに会は始まった。立食形式で、各々食事を取りに行ったりさっそく飲み始めたりしている中、不測の事態に狼狽していた八尋は自分がどう動くべきかわからずに固まってしまっていた。

 夜空がさっさと部屋の隅へ移動したのに気づき、気を取り直してまずは彼女の分の食事と飲み物を用意して渡してあげることにする。

「ありがとうございます」

 壁際に置いてある椅子に腰掛けた夜空は、八尋の持ってきた紙皿とジュースを受け取ってから、会場を見渡して「思ったよりも参加者がいますね」と言った。

 八尋と夜空の他に、落ち着かない様子の風香、会の主役の宗一郎、彼にくっついて歩くバニー、花と狼、あずさたち三人家族がいた。

「私のことはお気になさらず。彼女と話してきたらどうですか」

 夜空は目線で風香を示しながら言った。

「わかってる」と応じながらも、八尋は踏ん切りがつかない。

 すると、宗一郎が風香に話しかけ、彼女に飲み物を渡して談笑を始めた。八尋は少しほっとしながら、ひとまず何か飲みながら気持ちを落ち着けることにした。

 缶ビールの蓋を開けて一口飲み、さてどうしたものかとタイミングを見計らおうとしたところで、颯汰やちゆき、そしてあずさが話しかけてきた。

 あずさはしきりに感謝の言葉を繰り返した。これまで見せてきた態度とまるで異なる殊勝な振る舞いに、八尋は違和感を覚えつつも恐縮してしまう。

「明日はちゆきを連れて買い物に行くんです。本当に、こんな日が来るなんて夢みたいです」涙ぐむような素振りを見せるあずさ。

「あの、颯汰は」と八尋は思わず口にしていた。それに言葉をかぶせるように「颯汰はまだ治してもらってませんから」と言ったあずさは、表情は笑顔だったが目が笑っていなかった。

「この子は大丈夫です。一人で留守番もできますし」

 八尋は兄妹に目を向ける。

「うん。ぼくはだいじょうぶだから」と颯汰が明るく言う。その仕草が、八尋を心配させまいとしているようで痛ましかった。

「だから、ちーちゃんいってらっしゃい」と兄に言われた妹は「うん……」と元気がない様子で頷く。

 あずさは最後に「颯汰のことも早めによろしくお願いします」と八尋にしっかり念を押すように伝えて、子を連れて花のところへと挨拶に向かう。その背中をただ見送ることしかできない自分を、これで本当によかったのだろうかと八尋は考えてしまう。

「こんばんは」と風香が躊躇いがちに声をかけてきたのはそんな時だった。

 彼女の態度はどこかよそよそしかったが、「ど、どうも」としか返せなかった八尋も似たようなものだ。

「秋月さんがいると思ってなかったので、びっくりしました」

 何を話せばいいかわからず、ひとまず素直な感想を述べる八尋。

 風香は「やっぱり場違いですよね」と苦笑する。八尋は慌てて「そういう意味じゃないです。すみません」と訂正した。

「滝澤さんが誘ってくださったんです。橘くんには先日ご迷惑をおかけしたばかりですし、部外者の私がお邪魔するのもどうかと思ったんですけど、わざわざ車で迎えにまで来ていただいちゃったので、厚かましいとは思いつつお邪魔しました」

 八尋が反射的に送った視線に、あずさと話していた花が気づいて缶ビール片手にウインクを返してくる。後で話をしなければならないと心に決めつつ、「来てくれて嬉しいです」と伝えると、ようやく風香はほっとした表情を見せた。

「この間のことはもう気にしないでください。俺こそ、メッセージ返信できずにいてごめんなさい。体調崩して寝込んでしまっていて」

 嘘とも本当ともつかない理由を述べる八尋に、「あっ、そうだったんですね」と風香が返す。

「大丈夫ですか?」と気遣われ、「もう平気です。ありがとうございます」と答えながら、ちくりと胸が痛むのを感じる。彼女を騙すようなことばかりしている。

「さっき宗一郎と話してましたよね」

 八尋は別の話題を差し向ける。

「ええ。前にもお会いしましたよねって言ったら『一瞬だったのによく憶えてるね』ってびっくりされてました」と風香は小さく笑った。「私も、次に会う時がその人の送別会になるとは思ってませんでしたけど」

 風香は颯汰やちゆきと話している宗一郎に目を向けながら「橘くんとはとても仲が良いんだって言ってました」と口にした。

「はい。俺の大事な友達です」

「お別れは、やっぱり寂しいですよね」

 そう語る風香の口調もなんだか寂しそうだ。

「そうですね」と同意する八尋。あまりゆっくり考える時間がなかったからかもしれないが、口にして初めて、寂しさを自覚した気がした。

「でも」と、生じた感情を振り切るように口にする。

「宗一郎はどこにいっても大丈夫だと思います。あいつはすごいやつですから。湿っぽくさよならするんじゃなくて、明るく送り出してやりたいんです」

「いいですね、そういうの」と風香が微笑む。「素敵だと思います。憧れるなあ」

 少しだけ会話が途切れる。ちょうどあずさが「会の途中で恐縮ですがお先に失礼します」と言って颯汰とちゆきを連れて食堂を出て行くところだった。花への挨拶が終わるとそそくさ帰るあたりも彼女らしかった。手を振りながら出て行く颯汰とちゆきに、八尋と風香も手を振り返す。

「ちょっと夜空ちゃんともお話してきますね」と言って風香が離れていく。

 いいタイミングだと思った八尋は花の元へ近づき、風香に悟られないように気をつけながら「どういうことだよ」と詰め寄った。

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