第50話 花の思惑
八尋が颯汰とちゆきのいるシェルターを訪れるとなぜか花がいた。
「なんでおまえがいるんだよ」
事務室の扉を出てきたところで出くわした彼女に八尋は疑問をぶつけた。
「送別会で食堂使わせてもらう話をつけにね」
そう言ってガラス越しに事務室内の職員に笑顔で手を振る花。先日八尋に詰め寄ってきたあの女性職員が作り笑顔でぺこぺこと頭を下げていた。
「八尋が話したんじゃ無駄にこじれるかと思ってさ」
「そりゃどうも」
悔しいが花の言う通りだろう。同僚たちは上司である花には従順だった。
「それじゃあな」と花に別れを告げて廊下を進む。するとどういうわけか彼女も八尋についてくる。
「なんだよ」
「わたしもあの兄妹に用があるんだよ」
何を企んでいるのかと勘ぐる視線を向ける八尋に、花は「正確には、彼らの母親に、だけどね」と補足した。
部屋を訪れると母親のあずさが出てきた。薄く開けたドアの隙間からあからさまに鬱陶しそうな様子で八尋たちを見て、「何よ」と短く訊いてきた。
「はじめまして。わたしは滝澤と言います。この地域を監督している者です。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません」
外向けの態度で花が丁重に挨拶をした。あずさは不審そうではあったが、扉をもう少し開くと「こちらこそ、お世話になっています」とぼそぼそ挨拶を返して会釈した。
「今日は東條さんにお話があって参りました」
そう言った花に、あずさは面倒そうに目を伏せて「……いや、あたしは……」と口ごもった。うまく断る理由を探しているようだった。
「聞いて損はしませんよ」
断言する花。その様子にあずさも興味を持ったのか、「……とりあえず、どうぞ」と部屋の中へ招いた。
「八尋」花が八尋を呼んで「颯汰くんとちゆきちゃんと外で遊んでてくれるかな」と告げた。
これはお願いではない、命令だと八尋は察した。
「後で何を話したのか教えてくれよ」とだけ注文をつけると、「大丈夫だよ」と花は答えた。
「八尋にも関係があることだから」
彼女の言葉の意味はよくわからないまま、部屋にはあずさと花が残り、八尋は颯汰とちゆきを連れて中庭に出た。
「元気にしてたか?」
「うん!」
ちゆきは元気いっぱいに答えた。今日は変身している様子はなかった。
「……うん」
一方の颯汰は明らかに元気がなかった。
「どうした」と訊いても颯汰は黙ったまま雑草をぶちぶちとちぎっていたが、しばらくしてから「……お母さんにおこられた」と教えてくれた。
「また変身しちゃったのか」
「ううん」颯汰は首を横に振る。「宗一郎兄ちゃんに教えてもらってからだんだんうまくできるようになってきた」
「へえ。すごいじゃないか」
八尋が褒めると颯汰は嬉しそうに微笑んで、それからすぐに顔を曇らせた。
「お母さん、宗一郎兄ちゃんのこときらいみたい」とぽつりと言った。「だからぼくがお兄ちゃんのおかげでうまくできるようになるとおこる」
「……そっか」
八尋は颯汰の背中を撫でた。この子は優しい子だから、人一倍母親の顔色を窺ってしまうのだろう。
八尋はふと、「颯汰とちゆきは、変身できることをどう思う?」と訊ねた。
「ぼくは好きだよ」と颯汰は答えた。「ネコとおともだちになれるから」
八尋は微笑ましい気持ちになり「そっか。颯汰は自分のギフト、好きなんだな」と応じる。
「でもおかあさんはいやがってる」と颯汰が再び顔を曇らせる。
そこに、辺りを駆け回っていたちゆきが近づいてきて「ちゆきはねえ、かいじゅうごっこたのしいよ」と元気に答えた。
「でもお母さんにおこられちゃうよ」と颯汰が妹をたしなめるように言う。
「おかあさんはちゆのこときらいだからおこるの」ちゆき唇を尖らせ、顔を曇らせる。
「ちがうよ。だめだって言われてるのにかいじゅうごっこするからおこられるんだよ。お母さんはぼくたちのこときらってなんかないよ」
まるで自分に言い聞かせているかのような颯汰の言葉。
「でもねえ、ちゆきはねえ、かいじゅうなの」
まっすぐと八尋を見つめながらちゆきは言った。
「かいじゅうはねえ、トカゲってなまえなんだって。おかあさんがゆってた。トカゲはきもちわるいんだって。ちゆきはトカゲだから、きもちわるいから、おかあさんちゆきのこときらいなの」
たどたどしく話すちゆきに、八尋は「ちゆきは変身するのは嫌なのかな」と問いかける。
ちゆきは少しもじもじとした後、八尋に耳打ちする。
「ちゆきはすきだよ。でもおかあさんにはないしょなの」
ヒソヒソ話してるつもりなのだろうが、声が大きいので丸聞こえだった。八尋は颯汰と顔を見合わせると、「わかった。このことは三人だけの秘密だね」と笑った。
そうこうしているうちに、花が呼びに来た。
「話がついたよ。是非やってほしいってさ」
「何の話だよ」
問い返した八尋に、花はわざとらしく「ふふん」と笑って言った。
「兄妹のギフトを消すんだよ」
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