第49話 原点
「なんか、ごめんな」
エレベーター内で八尋が口にした謝罪を、宗一郎はきょとんとして「何が?」と聞き返した。
「花が失礼なこと言っただろ。だから」
「なんで八尋が謝るんだよ」と宗一郎が吹き出す。「もう気にしてないよ」と言って、一階に到着し開いたドアを出ていく。
それを聞いて八尋はほっとした。花の言ったように、二人が仲違いしたままというのは嫌だった。
「このあとはどうするんだ」
八尋は車のエンジンをかけながら、助手席に乗り込んだ宗一郎に聞いた。
「バニーのところに行くよ。変身の練習を見てやる約束なんだ」
宗一郎がスマートフォンの地図アプリで示した箇所を確認し、八尋は車を発進させる。
「ずいぶん懐かれたみたいだな」
八尋がそう言うと、宗一郎はバツが悪そうに頭をかいた。
「よくない噂が立つからわきまえろと言ってるんだけどな。人前でも平気で抱きついてきたりする」
「ははは、そりゃ困るな」
「だけど優秀な子だよ。飲み込みも早いし、コツを掴むのが上手い。聞くところによると、ギフトを発現して家を飛び出すまで通っていた高校は、巷でも有名な進学校らしい」
「へえ、それはすごいな」と返してから、宗一郎の言い方が気に掛かり訊ねた。
「飛び出したって、自分で家を捨てたのか」
「ああ。本人曰く、『過保護すぎて生き苦しかった。この力があれば一人でも生きていけると思った』とのことだ」
「それは、なんというか、たくましいな」
なんと表現したものか迷ってしまった。宗一郎も「本当に」と笑っている。
「親の期待に応えられるだけの頭脳があり、好奇心が強く、研鑽を惜しまない。それまでの温室を手放しても、新たに身につけたギフトという力を使ってしたたかに生きてきた。きっと彼女はまだまだ強くなる」
バニーの成長を楽しみにしているような優しい表情をしていた宗一郎だったが、ふと陰のある目つきへと変わる。
「どうしたんだ」
八尋は訊ねた。
「あ、いや」宗一郎は息を吐いて、座る位置を直した。「家族のことを思い出した」
「家族、か」
八尋は少しだけ身構える。きっといい話ではないだろうという予感があった。ホルダーにとっての家族の話とはそういうものだ。
「俺にも妹がいたんだよ。いつも俺のあとをくっついて歩くような、かわいい子だった。俺も妹が大好きだった。バニーを見てると、時々妹を思い出す」
「そっか。……妹さんは、今は?」
「死んだ」淡々と告げる宗一郎。「生きていれば、バニーと同じくらいの歳になってたはずだ」
八尋はかける言葉が見つからない。宗一郎は構わず話を続ける。
「父さんが運転してた車が事故に遭ったんだ。台風が近づいていて天気が大荒れの日でね。雨でタイヤがスリップして、ガードレールを突き破り岸壁から海に落ちた。酷い事故だった。両親は即死、波に攫われたのか妹の遺体は見つからなかった。そんな大事故だったのに、俺は生き残った。ホルダーだったからな。無意識に変身してダメージを軽減したんだろう」
八尋は宗一郎の額にある痣を思い出す。大怪我を負った事故というのは、このことか。
宗一郎が「どうしてそんな悪天候の日に家族揃って車に乗っていたんだと思う」と八尋に訊いてきた。
「わからない」と八尋は首を振った。台風というワードを思い出し、「避難しようとしてたとか」と思いつきを口にする。
「お、いい線行ってるじゃないか」
宗一郎がニヒルに笑ったのを、八尋は横目に見ていた。
「そう、俺たち家族は逃げていた。でも災害からじゃない。虎に変身するようになってしまった俺を、住んでいた村の連中が殺しにきたんだ」
八尋は絶句する。
「因習深い、時代に取り残された村だったからな。父さんと母さんは最期まで俺をかばってくれた。……みんなが死ぬくらいなら、俺が一人で殺されればよかったのに」
「そんな」と八尋は口にしていた。「そんなふうに自分を責めるなよ。ご家族のことは本当に気の毒に思う。だけど、事故が起きたのは絶対に宗一郎のせいじゃない」
「ありがとう八尋」
平淡な声で宗一郎が言った。
「でも、俺はどうしても考えてしまう。どうして俺たちホルダーはこんなにも憎まれなければならないのか。こそこそ生きなければならないほど、俺たちは悪いことをしたのか。生まれてこなければよかったのか。だったら、罰を与えるのは俺だけでいい。俺から大切な人たちを奪わないでほしい」
返す言葉がない。宗一郎の憤りは、八尋の中にも確かにあるものだった。
どうして俺たちはこんな目に遭っているのか。悪いのは誰だ。血を流し、声を涸らしながら犯人を捜している。
宗一郎は大きく息を吸い込んで、口から深く吐き出した。
「今は、俺にできることをやるだけだ。ホルダーが胸を張って生きることができるように。それが、俺を守ってくれた両親への手向けだ」
「すごいな、宗一郎は」
本心からの感嘆を口にした。春木宗一郎という男を、八尋は心の底から尊敬する。
車は進み、宗一郎の目的地へと近づいていく。宗一郎が「八尋はこのあと、あの兄妹のところへ行くんだっけか」と口を開いた。
「ああ。様子も気になっていたし、送別会の件も早めに伝えとこうかと」
「あの母親に嫌み言われそうだな」と宗一郎が意地悪い口調で言った。
「宗一郎から見て、颯汰とちゆきはどうだ」
「どうもこうも、って感じだな。幼すぎて、どうやって教えたらいいかわからない。結局、自由に使いながら身体で覚えるのが一番いいって話になっちまうんだが」
ふん、と宗一郎が鼻から息を漏らす。
「あの母親が邪魔をする」
「あの人は、子供にギフトを使わせたくないみたいだから」
「それでむしろ自分の望む状況から遠ざかる結果になるんだから世話はない」
馬鹿にするように言う宗一郎。
「自分の目の前で変身してほしくないなら、今のうちにあの子たちの自由にさせるべきなんだ」
「それをわかってくれればいいんだけど」
「言ったが聞かなかった」
宗一郎が肩をすくめる仕草をした。
「『あんたには関係ないでしょ』ってさ。そうかい、好きにしろよ」と呆れた様子で吐き捨てる。
「成長といえば」と八尋は強引に話題を切り替えた。「俺のギフトも変化したみたいなんだ」
「ああ、滝澤さんにも報告してたやつか」と宗一郎の調子が明るさを取り戻す。
「ギフトを飛ばせるようになったんだっけ。すごいじゃないか。ちょっとやってみせてくれよ」
「今は無理だよ。運転中だし」と八尋は笑う。「それに、やったところで宗一郎には見えない」
八尋のギフトは肉体の周囲を薄く覆うように存在している。八尋にも見ることはできないが、確かにそこに在ることは常に感じている。
「これまでは、この力のオン・オフを切り替えたり操作したりといった、自分の意思で干渉することはできないと思っていた。もちろん今も、ギフトそのものを一時的にでも消すようなことはできないよ。俺が寝ててもこの能力は発動したままだ」
「だが操作することはできた」
八尋は前を向いたまま首肯した。
「普段、俺の身体を覆っている見えない力が形を変えて伸びていくような感覚だった。俺の意思に従って操ることができて、俺はそれを屋根のように広げて秋月さんを護ったんだ」
「かっこいいねえ」
囃すように宗一郎が言った。
「普段はおまえの身体を護っている〝バリア〟が、いざという時には他者を護る〝盾〟に変形する。ヒーローみたいじゃないか」
「どうして急にできるようになったんだろう」と八尋は疑問を口にする。「しかも、夢中だったから自分でもどうやったのかわからなかったんだ。なのに二度目を試すとあっさりと再現できた」
「それが身体で覚えるってことだよ」
宗一郎は何でもないことのように言った。変身型のホルダーにとってはよくあることなのかもしれない。
宗一郎は上体を傾けて八尋に身体を寄せると「今がチャンスだぜ」と囁くように言った。
「チャンスって、何がだ」
「おまえは扉を開いたんだ」
「扉?」
ずいぶんと抽象的な言い回しをするなと思いながら宗一郎に問い返す。
「ひとつギフトの使い方を覚えると、次々と新しい手法を見つけることが多いんだよ。芋づる式にな。今のうちにいろいろ試してみるといい」
目的地に到着し、八尋は車を路肩へ寄せる。宗一郎が助手席を降りると、気づいたバニーが手を振りながら駆け寄ってきた。
「世界が広がるのは楽しいぞ」
そう言って笑顔を見せた宗一郎は車のドアを閉じた。
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