第48話 急転(4)

 襲ってきた連中の正体の調査は難航する気配が濃厚だった。

 四人のうち二人は何も残さず消えてしまい、ユウキに叩き潰された丸眼鏡は遺体を調べられるような状態ではなかった。唯一生き残ったテレポーターはどこかへと逃げ失せ、手がかりは八尋が拝借していた丸眼鏡のスマートフォンだけという状況だ。

「パスを解除したり中身を読んだりできる能力があればよかったんだけどねえ」

 花はそのスマートフォンをつまみ上げながら言い、「ま、そんなに都合良くいかないね」と笑った。

 八尋は花のマンションに来ていた。彼女の執務用の部屋で、パソコンを置いたデスク前のリクライニングチェアに花は座っている。八尋と、一緒に来ている宗一郎はソファーに並んで座っていた。

「精神操作ができた彼女は、夜空にギフトをかけた瞬間に死んじゃったんだよね」

 花の問いかけに八尋が首肯すると、彼女は「ふうん」と言いつつ背もたれに体重を預けてリラックスした姿勢を取った。「夜空の呪いは、ギフトによる影響を『攻撃』と認識するのかもなあ」と、独り言のように自分の考えを確認している。

「そいつらがどこから夜空の情報を掴んだのか、彼女を使って何をするつもりだったのかも謎だよねえ」

 そう言いながら、花は楽しそうにしている。

「何か可笑しいことでもあるのか」

 八尋は不審に思い訊ねると「いやあ、杜撰な連中だなって思ってさ」と言って、今度ははっきりと笑いを漏らした。

「夜空と間違えて風香ちゃんを攫って、八尋を侮って返り討ちにあって、仲間割れして殺し合ってさ。挙げ句の果てに狙っていたはずの夜空を殺そうとしたってのも意味がわからないけど、攻撃したってことはそもそも彼女のギフトについて知らなかったわけでしょ。変だと思わない?」

 言われて八尋も確かにと思い返す。

「明確に夜空を目標としていたのはテレポーターだけだった気がする」

 丸眼鏡はともかく、ユウキとマナトには夜空への執着を感じなかった。マナトは呼ばれたから渋々ここにいる、といった様子だったし、ユウキは彼女が行くからついてきただけだと自分でも語っていた。

「夜空の顔すらわかってなかったんだろうね。ターゲットは『八尋と一緒にいる女性』という情報だけ与えられていて、だから運悪く風香ちゃんは巻き込まれてしまったと」

 花の言葉で、八尋は胸をえぐられるような罪悪感に襲われる。

「テレポーターの男に夜空についての歪な情報を流した誰かがいるんだろうね。貴重なギフトの持ち主がいるぞ、利用できるぞ、ってな感じでね。テレポーターはそれにまんまと食いついた。相手がどれだけ危険なギフトを持つことも知らずに。慢心もあったのかなあ。能力の割に自信過剰な感じするもんなあ。でも本質は臆病なんだろうなあ。だから逃げ足だけは速い、と」

 八尋が報告したわずかな情報から相手の心理や性質を推理して愉快そうにしている花。実際、現場にいたのが八尋ではなく花であれば、もっと多くのことがわかったに違いない。彼女の観察眼は凄まじい。

 だがそれよりも、八尋は花が口にしたことが気になっていた。

「情報を流した誰かって、誰だよ」

 八尋の問いかけに、花は目をぱちぱちと開閉した後、小さく笑って「さあね」と淡泊に答えた。「元から夜空を追っていた誰かかもしれないし、止まり木の中の誰かかもしれない」

「止まり木の中の誰かって、誰だ」

 八尋は再度問いかけた。

「訊かなくてもわかってるんだろ?」と言って軽薄な笑みを浮かべる花。「夜空のことを知っている人物さ。私か宗一郎、あと狼しかいないじゃないか」

「滝澤さん」

 宗一郎が口を開いた。無愛想な顔をして「根拠無く疑われるのは不愉快です」と言い捨てる。気分を害するのも当然だと八尋も同感だった。

「疑ったんじゃない。可能性の話をしただけだよ」と花は悪びれない。「気を悪くしないでほしいな。ほら、容疑者にはちゃんとわたしも含めたわけだし」

「そこまでおっしゃるなら、俺は止まり木を抜けます」

 突如宣言する宗一郎に、八尋は唖然として彼を見た。

「元々抜けようとは考えてましたから。いい機会です」

「そっか。残念だねえ」

 あっさりと受け入れようとする花に、「ちょっと待ってくれ」と八尋が割って入る。

「そんな、売り言葉に買い言葉で決めるようなことじゃないだろ」

「別に勢いだけで言っているわけじゃないさ」と宗一郎は八尋を見た。「八尋には話してあっただろ」

「確かにそうだけど。でも……」

「あ、そうだ」と両手を打つ花。「八尋、送別会をやろうよ」

「はあ?」場違いな提案に、思わず語気を強くして聞き返した。「なに言ってんだおまえ」

「結構です」

 宗一郎も拒否する。当たり前だろう。

 しかし花は「そんなこと言うなよう」と全く聞き入れる気配がない。それから少しだけ困ったような表情をして「わたしとしても喧嘩別れみたく終わるのは本意じゃないんだ。宗一郎には世話になったからね」と説明した。

 宗一郎はしばらく黙って花を見ていたが、ため息をつくと「わかりました。俺も多少意地になってしまったところは謝ります」と態度を軟化させた。

「止まり木を出ることには変わりありませんが、送別会をしていただけるのであれば喜んで参加します」

 社交辞令のような宗一郎の言葉に、花は呑気な笑顔で「ああよかった」と応じた。

「それじゃ八尋、企画よろしくね」

 また俺に投げるのか、と考えた八尋だったが、他ならぬ宗一郎の送別会である。応じることにして「了解」と返事をする。

「チープかもしれないけど、ケータリング頼んでシェルターの食堂でやろうよ。颯汰とちゆきの面倒を宗一郎が見てくれたんだろ。彼らにもお別れさせてあげたいじゃない」

 花の提案に、母親のあずさがどんな反応をするだろうと八尋は考えながら、ひとまず「わかった」と答える。

「あとは狼と、夜空も呼んでね」と言った時にはさすがに問い返した。

「夜空もか」

「当たり前じゃん。仲間はずれはかわいそうでしょ」

「それは」

 確かにそうだ。

「大丈夫だって。颯汰とちゆきだけは彼女に触らないようによく注意して、あとは八尋がお世話してあげればいいんだから」

「……わかったよ」

 不安はあったが積極的に反論する理由もなく、八尋は承諾する。

「じゃあよろしくう」

 丸眼鏡のスマートフォンについては花が引き続き調べるということで話は終わり、八尋と宗一郎は花の自室を後にした。

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