第42話 たとえば(2)

 思っていたのとは異なる話を始めた花を、八尋は怪訝に思った。何を言い出すつもりだ。

「次に、彼女の利用方法を考えるだろうね」

 花がコップを手にしながら立ち上がり、窓際へと移動しながら語る。

「夜空の存在の特筆すべきところは、ギフトによる呪いそのものよりも、奪った命を自分のものにして不老不死となるところにある。この力を自分のものにしたい」

 そこで花はいったん区切り、梅ジュースを一口飲んだ。

「つまり、わたしは彼女のギフトをコピーする」

「それは無理だ」八尋は口を挟んだ。「夜空に触れれば呪われる。おまえだって知ってるだろ」

 花が転写のギフトを使用する際は、相手の唇に口づけする必要がある。夜空に触れずにコピーすることはできないはずだった。

 指摘された内容は織り込み済みだったのか、花は特に驚く様子もなく、「上手くいく公算はちゃんとあるさ」と返してきた。窓の外をレースカーテン越しに眺める。

「わたしにコピーされた相手は、一時的にギフトを消失してホルダーではなくなることをお忘れかい」

 忘れてなどいない。花の言うように、彼女にキスをされたホルダーは二十四時間の間、ギフトが使えなくなる。センサーでも感知できなくなり、ヒトと変わりない存在となる。

 それは承知の上で、八尋は指摘したのだ。

「夜空がギフトを失うより先に呪いが発動したらどうするんだよ」

「たぶん大丈夫じゃないかな」

 たやすく返事をする花。振り向いて八尋に向き直ると、梅ジュースを飲み干し、口を開く。

「彼女を攻撃して即死する場合でも、発動までにほんの少しタイムラグがあるみたいだったから。口づけした瞬間に発動するわたしの転写によるギフト喪失が優先すると思うよ」

「たぶんとか、思うとか、確実じゃない状況で命を賭けるのか」

「たとえばの話をしてるだけさ」と言って、花は微笑んだ。彼女の背にしたレースカーテンが、日光を受けて白く輝き、花の姿を神々しいもののように見せていた。

「たとえば、死期が迫っているとしたら、不老不死はとても魅力だろ?」

「俺はそう思わない」

 八尋は首を振る。夜空を見ているからこそ、尚更だった。「死にたい」と口にしながら生き続けなければならない人生を、魅力的だと言う気にはなれない。

「わたしはそう思うんだよ」

 窓際を離れた花はテーブルにコップを置いて再びソファーにどっかりと腰を下ろす。

「可能性があるのなら、確実じゃなくても命くらい賭けるさ」

「仮に呪いの発動を抑えられても、おまえの転写にはもうひとつ問題があるだろ」

 花は流し目に八尋を見ると「よくわかってるじゃないか」と言ってにやりとした。

「劣化コピーの件だね」

 花はコピーしたギフトをその後いつでも自由な時に引き出して使える。

 ギフト同士を組み合わせて発現させることもでき、たとえばライオンに変身して火を噴いたり、あるいは創り出した爆弾に意思を与えて突撃させたり、はたまた空を飛びながら遙か遠くの出来事を見聞きしたり、やりたい放題できる彼女の転写能力。

 これまで転写してきた、ありとあらゆるギフトが彼女の中に蓄積しており、その力を駆使した変幻自在の対応力が花の強さだった。

 万能にも思えるその能力だが、ひとつ大きな制限があった。それは、必ずオリジナルに及ばない性能でしかコピーできないという点だ。威力だったり、射程距離だったり、制限時間だったり、何かしらの部分で絶対に原本に劣ってしまう。

「劣化する項目は選べない。コピーしてみるまでわたしにもわからない」

 花はソファーに浅く腰かけて背もたれに体重を預けながら、腹の上で両手の指先を合わせる姿勢を取った。人差し指の先をくっつけたり離したりしながら、天井のあたりを見つめて独り言のように話す。

「発動条件のどれかが欠けるかもしれないし、命を奪うのではなく衰弱させるだけの呪いになるかもしれない。大した影響がない劣化ならいいけど、そうじゃなかったらそれこそ致命的だね」

 そこで、ふ、と花が笑った。

「ま、だからさ」と言って八尋を見る。「ただの思考実験なんだから。考えてもわからないことを考えても、仕方ないじゃない」

 八尋にはどこか納得いかない部分があったが、それよりも聞いておかなければならないことがあったので置いておくことにした。

「コピーが上手くいったとして、そのあとはどうする」

 八尋はあえてそれを問うた。

「夜空を殺すよ」

 予想通りの台詞が花の口から告げられた。

「二十四時間経って夜空のギフトが戻ったら、わたしが死んじゃうからね」

 沈黙が訪れる。花は空になったコップを持って立ち上がりキッチンへと向かった。話は終わったらしい。どこがヒントだったのか、八尋には理解できない。

「あー、また出かけなきゃならないのめんどくさいなあ」と花がぼやく声がした。

「そうだ、八尋はお昼はどうするの。ちょっと早いけど、食べてく? 久しぶりにお花さんの料理食べたくない?」

 先ほどまで深刻な話をしていたとは思えないほど、キッチンから声をかけてきた花の様子は平常運転だった。もしくは、深刻になっていたのは自分だけだったのかもしれないと八尋は自嘲気味に思う。

 時計を見ると十時三十分を回ったところだった。そろそろ出なければ間に合わなくなる。

「悪いけど、このあと用事があるんだよ」

「デート?」

「なっ」八尋は大げさに狼狽えてしまった。「ちがうっての」

「えっ。なに、ほんとにデートなの」

 キッチンから顔を出した花が今日一番の驚いた様子を見せた。それからにんまりと邪悪な笑みを浮かべて「なになに。誰なの。教えてよー」と問い詰めてきた。しくじったと八尋は独りごちる。

「あっ、わかった。あの子だろ。前に一回、八尋と一緒に歩いているところを見かけたことある。すっごく可愛くて、胸の大きな子」

「だから、どいつもこいつもなんでそこに目が行くんだよ」八尋はうんざりしたような声で言った。「てかおまえ、マジか。いつの間に見てたんだ」背筋が寒くなる思いがした。

「またまたあ。いい子ぶっちゃってー」にやにや笑いを浮かべる花。「八尋だって、『胸の大きな子』で誰のことかわかっちゃったんだろ?」

 八尋は絶句した。顔がかーっと熱くなる。

「さしものお花さんも、あれには敵わないなあ。わたしもけっこうなサイズだと自負してるんだけどなあ」

 言いながら自分の胸に手を当て、サイズを確かめるように揉み始める花。

「やめろ」恥ずかしくて見ていられなかった。

「ま、それはそれとしてさ」と花はあっさり話題を変える。

「あの子すっごい可愛かったなあ。目がくりんとしてて、表情が豊かで。ねっ、八尋もそう思うでしょ。可愛いよねあの子」

「そ、そりゃまあ……うん」

「名前はなんていうの?」

「秋月さんだよ。秋月風香」

「風香ちゃんかあ。いい響きだね。歳はいくつ? 八尋と同い年?」

「俺のひとつ上だから二十二歳かな」

「わたしの六つ下かー! ちょうどいいね」

「何がだ。てか質問攻めにするな。この話は終わりだ終わり」

 手を顔の前で大きく振って強引に切り上げる八尋。花は口を突き出して不服そうにしていたが、ふと表情を変えて穏やかな顔になると、「今度紹介してね」と言ってきた。

「考えとく」

 八尋は適当に返事をしておいた。

「約束だよ」

 にこにことして花が言った。

 やけに陽気な花に「いってらっしゃーい」と見送られながら、八尋は彼女の部屋を後にした。

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