第40話 バニー(3)

「コスプレ仲間?」と口を滑らした肥満体男を殴り倒す宗一郎を見届けてから、八尋は少女に服を着るよう促した。

「ホントに警察じゃないんだよね」

 プルオーバーのパーカーを頭から被りながら訊いてくるウサギ耳の少女に、宗一郎が「警察は問答無用に人を殴り倒したりはしない。たぶんな」と軽口を叩く。

「あんたは虎に変身できるってことだよね」

「そうだ」と言いながら瞬時に虎の頭へと変身する宗一郎。少女は「すごい」と感嘆の声を上げた。

「アタシ、そんなにすぐ変身できない。しっぽ生やすのとか五分くらいかかるもん」と言って股下付近まで丈があったパーカーの裾をめくり、まだ下着姿の尻を見せつけるような姿勢を取った。八尋は慌てて目を逸らしたが、腰のあたりに白くふわふわとした尻尾が生えていたのがちらりと見えた。

「コツさえ知ってれば誰でもできるようになる」

 人型に戻りながら宗一郎が言う。

「うっそ、マジで」と目を輝かせている少女のウサギ耳が、感情に反応するようにぴこぴこと動く。

「難易度としては、君が今やっている部分変化のほうが難しい」

「あっ、そうなの? たしかにこれめっちゃ練習したわ。可愛いっしょ」

 ようやく下着姿からスエードのショートパンツに着替えた少女は誇らしげに笑顔を見せた。

「筋がいいんだろうな。君はウサギに変身できるんだろ。訓練次第ではウサギの特性をもっと引き出すことができるようになるぞ」

「ウサギって何ができんの?」

 素朴な質問をする少女。

「何ができるんだ?」と宗一郎が八尋を見て言う。

「俺に振るなよ」と言いつつ、八尋は慌てて考え始める。「……たぶん耳がいい」

「ぶっは」と噴き出す少女。「見たままじゃん。ウケんだけど」

「あと脚力が強い」

「あー。それな。そんな感じするわ。んじゃ何? アタシも特訓すれば、大ジャンプとかできたりすんの? オリンピック目指せる?」

「一般人じゃ到底敵わない大記録を打ち立てることだって余裕だろうな」と笑う宗一郎。

「すげー」

 まるで少年のように素直な感動を口にする少女。

 ふと、その目を八尋に向けて「あんたは?」と訊ねてきた。「あんたは何に変身できるの?」

「俺は変身能力者じゃないんだ」と八尋は説明する。「変身以外にもいろんな能力があるんだよ。炎を出すとか、雷を操るとか」

「ヤバ」と少女は口元に手を当てて絶句する。それから「魔法じゃんそれ。なんか出して見せてよ」と無邪気にねだってきた。

「無理だ。俺は相手の能力を吸収する能力者だから」

「吸収?」

 ピンとこない様子で少女は首を傾げる。無理もない。八尋のギフトは説明してもわかりにくいと自分でも思っている。

「たとえば、相手が出した炎や雷を消すことができる。消した分だけ俺は強くなる」

「ふーん……なんか地味だね」

 少女の正直な感想に、視界の端で宗一郎が盛大に噴き出した。それでも収まらないようで忍び笑いをしている。「地味だ」という評自体に反論はないので八尋は黙っておく。

「こいつの能力のことは置いといて、だ」とようやく復活した宗一郎が、八尋の肩に腕を置いた。「俺たちと一緒にくれば、俺が練習を見てやれるんだが、どうかな」

「いいよ。行く」と少女は即答した。もっと警戒されるかと身構えていたので、八尋は拍子抜けしてしまった。

「そんなあっさり信用していいのか」

 八尋はつい口に出した。

 少女は笑い出して「あんたがそれを言うのかよ」と指摘した。それもそうだ。

「信じたってか、面白そうだから行くんだよ。信じるとか信じないとか、ぶっちゃけどうでもいい」

「どうでもいい?」

「殴られなくて、居場所さえあれば、それ以外はあんたらがアタシをどうしようとどうでもいいっつか。そりゃま、丁重に扱ってくれるほうが嬉しいけど」

 少女は倒れている男の一人の頭を足で小突いた。

「コイツらだって同じようなもんだし。ちょっと前にSNSで知り合って、飯と金くれるっていうから一緒にいただけ。今までの中ではマシなほうだったかな。撮影時間以外は自由にさせてくれたし、美味いモン食えたし。でもそういや、近頃だんだん乱暴になってきてたから、ちょうど潮時だったかもね」

 そう言った少女は、唐突に男の頭に蹴りを一撃入れた。

「よし。それじゃ行こっか」となぜか少女が促す形で出口へ向かう。

「そういえば、あいつらどうすんの」

「放っておけばそのうち目を覚ます」

 宗一郎が淡々と答える。

「平気なの? 警察にチクられたりとかさ。息の根、止めとく?」

 冗談めかして言った少女に対し、「お望みなら見せてやろうか?」と宗一郎が見せびらかすように右手を変身させ鉤爪をかざす。さすがに少女の顔が固まり、「マジで?」と怖々窺ってくる。

「からかうなよ」八尋が助け船を出す。「殺さないよ。彼ら自身、後ろ暗いことをやってたんだ。通報なんてできないさ」

「それもそっか。あー、びっくりした。あはは」

 若干の気まずさを誤魔化すように、少女は玄関を出ると階段を駆け下りた。

 宗一郎はため息をつく。

「殺していいなら殺してやりたいところなのが本音ではある」

「よせよ」

「やらないさ。もちろん。キリがないからな」

 こうした事件は実際よくあった。ある日突然ホルダーとなると、ギフトをコントロールできず暴発させることが多い。時には家族からも虐げられ、家から追い出されたり逃げ出したりして居場所をなくしてしまうホルダーは多い。そして、行き場を失った女性に下心を持って近づく男は大勢いるのだ。この世の中には。

 運転席に座った八尋が「君、名前は?」とバックミラーに目をやりながら問いかける。後部座席に乗り込んだ少女は「バニー」と答えて座った。

「バニー、ね」偽名だ。

「いい名前じゃないか」助手席の宗一郎は楽しそうだ。「名が体を表している」と後ろを振り向くと、バニーはニカッと歯を見せて嬉しそうだった。

「でしょ? 気に入ってんだよね」

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