第39話 バニー(2)
目指した先は、五階建ての集合住宅だ。
建物の道路に面した部分の中央に階段があった。
階段を上って踊り場で折り返すと、踊り場と大差ない広さの共用廊下があり、その両端に扉がある。各階に二室ずつある構造だ。全ての部屋がレンタルスペースとして貸し出されているようで、扉には管理会社が貼り付けたらしき部屋番号の表示があった。
四階二号室が目的の部屋だった。
宗一郎はまず五階へ続く階段を上って人の気配がないことを確かめた。八尋も階下から上ってくる人がいないか意識を向ける。
「どうだ」宗一郎が訊ねてくる。「センサーに反応は」
「いるな。当たりだ」
八尋の言葉を合図に、宗一郎がゆっくりとドアノブを回し、扉を引いた。が、開かない。鍵がかかっている。宗一郎が八尋を見た。二人は視線を交わす。
宗一郎は「仕方ない」とでも言うようにわざとらしく肩をすくめると、手先だけを変身させ、その鋭い爪で壁ごと抉り取るようにして鍵を破壊した。
一気に扉を開けて中に踏み込む宗一郎の後に続く。玄関から短い廊下を抜けるとすぐに広いリビングがあり、そこにいた四名が呆然と固まった様子でこちらに視線を向けていた。
男が三名、女が一名。女は件の少女だと一目でわかった。ソファーに座る彼女を取り囲むように男たちがいた。
少女は口元を覆う黒のマスクをつけており、下着のみの半裸姿だった。ブラジャーのみ身につけた上半身は、痩せぎすの身体に肋骨が浮き出している。
特徴的なのは、頭にある大きなウサギの耳だ。左右の耳がそれぞれの方向に、忙しなくぴくぴく動いている。本物だ。ウサギに変身するホルダーだったようだ。動いている耳は周囲を警戒しているのかもしれない。
男は全員、目元を隠す白い仮面をつけていた。
少女の隣、向かって右側には、だらしなく突き出た腹を丸出しにした男性がソファーに座っていた。少女の肩に腕を回した姿勢で、ぽっかりと口を開けて八尋たちを見ている。
彼らの前に立つ、ハンディカムを片手に装着した細身の男性は室内だというのにニット帽を被っており、カメラを構えたままレンズを宗一郎と八尋へ交互に向けている。
最後の一人、見事に割れた腹筋を曝しているひげ面の男が、我に返ったのか「なんだおまえら」と怒声を上げた。
「警察です」
何を思ったのか、宗一郎がでたらめを口にした。
「は?」「警察?」「警察って言ったか今」
宗一郎の嘘でにわかに騒がしくなる室内。
「カメラはまずいな」
呟いた宗一郎がつかつかとハンディカムを持つニット帽の男に近づく。
「何、何、ちょっ、おい」
後ずさりして距離を取ろうとしたニット帽の男が家具につまづき体勢を崩した瞬間、宗一郎が腕を振った。鋭い爪先が男の鼻先をかすめるようにしてカメラを切り裂く。金属片が天井に飛び散って、転んだニット帽の身体に落ちてくる。
「うわっ」「おいおいおい」「嘘だろ」「えっ何」
尻餅をついて倒れたまま、破壊された手元のカメラを呆然と見つめていたニット帽の顔を、宗一郎が容赦なく踏みつける。にぶい音が室内に響き、一瞬、しんと静まった。
ひげ面男が、八尋たちが入ってきた廊下目掛けて走り出した。
逃げるつもりだろうがそうはいかない。八尋は素早く近づき、相手の前方から、大きく振った腕を男の胸元に思いきりぶつけた。硬い手首の骨が相手の胸骨を叩いた感触があり、八尋を見ていなかった男は不意の衝撃に「うっ」と息を漏らし足を止めた。すかさず反対の腕で相手の首を後ろから叩き、つんのめり突き出された顔に下から掌底をぶつける。顎の上がった相手の顔を両手でホールドして地面に引き倒し、その頭を二度、思い切り踏みつける。男は動かなくなった。
「動くな」
宗一郎に壁際まで追い詰められた肥満体の男は、がたがたと震えながらしきりに首肯した。
「なんなんだよあんたら」
少女は険のある声を上げて八尋たちを睨んでいた。気丈に振る舞っているが、声が震えている。
宗一郎は着ているシャツの裾をめくり上げると、虎の尻尾を生やして見せた。
「お仲間だよ」
少女は鋭かった目を丸くして、矢庭にマスクを取ると「マジで?」と一言だけ呟いた。まだあどけない顔をした女の子だった。
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