第33話 対策

「思った以上に厄介だな」

 そう口にしつつ、狼には驚いた様子もない。高座椅子に深く腰掛けたまま足を組んで動こうとしない。

 八尋は嵩上げされた居室の縁に腰を掛けて、上体を捻るようにして狼と会話している。彼に事のあらましを説明していた。

「夜空が言うには、今はここの地気がピンポイントに薄くなっていて、土地自体が不運になっているような状態なんだと」

「迷惑な話だ」

 狼が身も蓋もないことを言う。

「でも一箇所に留まりさえしなければ──具体的には1km以上離れれば、すぐに元に戻るってさ。星の回復力は凄まじいらしい」

「星か。壮大な話になってきたな」

 珍しくため息をつく狼。だがその感想には八尋も同感だった。

「それで、どうするんだ」狼は足を組み直し、高座椅子の肘掛けで頬杖をついて八尋を見た。「ここを出た後は」

 出ることが既定であるような物言いの狼だが無理もないと八尋も思う。しかし、八尋も何も考えずにここにきているわけではない。

「もう一つ拠点を構えて、こことその場所を一日置きに行き来しようと思う」

 そう言って八尋はまっすぐに狼を見た。自分を眺める狼の無感動な瞳に、射竦められるような心地がした。ごくりと唾を飲み込むと、喉仏が大きく上下するのを感じる。

 母屋を使用し続けることを彼が承知するかはわからないが、断られても飲んでもらうまで交渉する腹づもりでいた。

 だが狼から拒絶する台詞は出てこず、「そうか」と相槌を打っただけだった。八尋から視線を外し、組んだ足を戻してテーブルの上に置いてあった本へ手を伸ばす。

「いいのか?」

 藪蛇かもしれないと思いつつ、八尋は自分から訊ねてしまう。

 狼は流し目で八尋を一瞥し、すぐに手元の本に視線を落として言った。

「それで一応の安全を担保できるとおまえは考えたんだろう」

「え、うん。それはそうだけど」

 実際、夜空はこれまでそうして各地を彷徨してきたのだという。しばらくすると地域一帯の龍脈が乱れてきてしまうので、そうなるとそのエリアからしばらく離れる必要があるようだが、二点間の拠点を移動しておけば当面は夜空が原因の災害が起きる心配はないらしい。

「なら、それでいい」

 あっさりと言う狼。八尋は拍子抜けしたが、ありがたいことには違いなかった。

「俺が持っているセーフハウスがある」

 狼は八尋を見ずにまるで独り言のように語る。

「コンテナ埠頭近くの海岸沿いに建つ一軒家だ。ここからは最寄り駅から電車で四十分、そこからバスで二十分ほどで到着する。隣家との距離も離れているから影響はないだろう。植栽は死ぬだろうが我慢してもらえ。どうせ黙っていればわからない」

「使わせてくれるのか」

 八尋は驚いて狼を見た。

「親切でやっている訳じゃない」と言い放つ狼。「臨時対応分を含めて滝澤から金をもらっている」

 八尋は再度驚く。花がそんなところまで手を回しているのは意外だった。

「鍵はおまえのそばにある戸棚の中だ。さっさと行け。また落雷があったら面倒だ。母屋の修理は業者を手配しておく」

 狼が本のページを繰りながら矢継ぎ早に説明する。八尋は急かされるままに戸棚を開けて鍵を取る。

「その、ありがとう」

 離れを出る前に改めて狼に頭を下げた八尋。

「気にするな」と事も無げに狼が言う。「仕事だからな」

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