第28話 宗一郎の誘い(2)

 宗一郎が指定したのは、彼が昨日話題にしていた最寄り駅にあるワインと洋食を売りにしたお洒落なお店だった。こじんまりとした店内の照明はやや落とされていて、ムードがある。八尋と宗一郎はカウンター席で肩を並べて座った。

 料理は宗一郎が適当にセレクトした。

「生ハムの盛り合わせと、パテ・ド・カンパーニュ、牡蠣と野菜のアヒージョにバゲット追加で、あと仔羊のローストをお願いします」

「かしこまりました」

 宗一郎がサクサクと注文を済ませ、店員もテキパキとオーダーを受けて立ち去る。その様を八尋はぼんやり眺めながら水を飲んだ。

「どうしたんだよ」

 八尋が自分を見ていることに気づいて、宗一郎が訊ねてくる。

「ここにくるのは初めてなんだよな」

「そうだよ」

「いや、ずいぶん手慣れた感じがしたから」

「そうかな。普通だと思うけど」と言って宗一郎は笑う。

「俺はあまりこういうオシャレな店には縁がなくて、なんとなくそわそわしちゃうんだよ」

 気になる店を見かけても、小さな店だとなんとなくハードルが高くて敬遠してしまう。だから、物怖じせずに試してみようと思える宗一郎が羨ましかった。

 出てきた料理はどれも美味しかったが、それ以上に八尋が驚いたのはワインだった。

 ワインは料理に合う店員おすすめのものをいくつかオーダーしたのだが、これまで飲んだことのあるワインとは違って、華やかな香りのするもの、香りは弱くても味わいがしっかりしたもの、果実味が強くまるでジャムのようなフレーバーを感じるものなど、いろんな種類があった。それほどワインを嗜んでいない八尋でも味や匂いの違いがわかるので、飲んでいるだけで楽しかった。

「同じ品種のブドウでも土地や造り手が違うだけで驚くほどに雰囲気が変わる。面白いだろ」

 杯を重ねて段々と酔ってきているのだろう、宗一郎が顔を赤くしているのが薄暗い照明の下でもわかる。八尋もアルコールでふわふわした気持ちになりながら「うん。面白い」と素直な感想を口にする。

「八尋も昨日は大変だったんだなあ」

 不意に話題を変えた宗一郎が、大きな手で八尋の背中をバンバン叩くので、飲んでいるワインを噴き出しそうになった。加減がない。八尋は「ちょっと、やめろって」と笑いながら肘で彼の腕を払いのける。

「いいぜ。颯汰とちゆきだっけ。今度会いに行ってみよう」

「助かるよ」

「しかし、不老不死か」宗一郎の話題がころころと変わる。「素晴らしいな」

「凄まじいよ」

 昨夜の光景が甦る。触れた途端、卒倒する男。塵となって消える肉体。断末魔の叫び声。

「それで、これからどうするんだ、その子のこと」

 宗一郎がカウンターの上に肘を置き頬杖をつく姿勢で八尋を見た。目尻が下がってとろんとした、どこか色気すら感じる表情の宗一郎は、八尋がどのような返事をするか面白がっているように感じた。あるいは単に眠いだけかもしれないが。

「どうしたものかというのが正直なところだよ」

 八尋はグラスに残ったワインを飲み干した。もう一杯頼みたい気分だが、このあたりでやめておいたほうがいい気もしている。空いたグラスの底を見つめながら、ぼんやりと考える。

「彼女の能力の調査は進めるとして、それ以外にはひとまず、ギフトとホルダーについて基本的なところをもう一度調べてみようかなと。起源とか、伝説とか、とにかく何かとっかかりになるものがないか、探ってみる」

「その何かを見つけて、その子──夜空だっけか、そのギフトをどうにかできるようになった時、おまえは彼女を殺すのか?」

 八尋は宗一郎の顔を見た。正直言って、不愉快な質問だった。そんなことを訊くなんて宗一郎らしくないとさえ思った。

 それが顔に出たのだろう、宗一郎は「気分を悪くしたならすまない」といったん謝罪した上で「でもな」と付け加えた。

「初めから選択肢に加えず排除することは、しないほうがいいと俺は思う。思考する範囲を狭めるな。何ができるかを考えるなら、自分がやりたくないことも含めて考慮するほうがいい。実行するかどうかは脇に置いておけばいいんだからな。考えるだけならタダだし、想定外が起きた時の心の備えになる」

「……参考にするよ」

 八尋は曖昧な返事をする。

 想像する行為そのものへの忌避感はなかなか拭えない。それでも。

 唯一、夜空と接しても呪われない自分が、夜空を殺すとしたら。

 どうする。考えてみろ。八尋は自分自身に問いかける。

 だが、八尋のスマートフォンが振動し、思考は中断される。ポケットから端末を取り出す。「電話か?」と宗一郎が訊いてくる。

「いや、メッセージだ」

 表示されているのは狼の名前だった。ついでに時計表示が目に入る。午後八時五分。店に入ってからずいぶん時間が経っていた。

〈話がある。帰ってこい。〉

 記載されていたのはそれだけだった。

「なんだって?」

 生ハムの切れ端を口に放り込みながら再度宗一郎が訊ねてくる。

「話があるから帰ってこいって」

「電話じゃ駄目なのか」

「かけてきてないから、電話で話すつもりはないんだろう」

「ん? 八尋がかければいいじゃないか」

「あいつ、かけられた電話には絶対出ないんだよ」

「なんだそりゃ」

 あっはっは、と宗一郎が大笑いする。ダメ元で狼の番号を呼び出して電話したが、やはり出ない。正確には、数コール後に向こうから切られた。

 八尋は苛立ちを覚えながら、手早く返信のメッセージを入力する。

〈要件は何だよ?〉

 送信してから一分もしないうちに返信があった。

〈帰ればわかる。〉

 埒が明かないが母屋を貸してもらっている手前、無視をするわけにもいかない。

「ごめん。行かなきゃ」と伝えると、宗一郎は「ぼちぼち良い時間だったし、気にするな。行こうか」と言って席を立った。

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