第41話 後日談にして前日譚

 今更の情報だが、高層施設ミリオンは、人里離れた海岸沿いにある。


 周辺には砂防林としての松原が広がるばかりで、コンビニ一つ建っておらず、最寄の久城くじょう駅までは歩いて30分以上かかる。


 『無人化カウントダウン中』と揶揄やゆされるその駅が、今晩、二千人超の乗客でごった返すという珍事に見舞われていた。


「いやあ、凄かったな」


「今日のことは一生の思い出になりそう」


「怪盗団は本物のエンターテイナーだ」


 怪盗団が予告通りに鐘を盗み出した直後の時間であり、人々の唇は、怪盗団ファントムを称える言葉を口ずさむ。


 駅に入りきれない者たちは、龍の尾にも似た長い列をなすが、その顔に不満は無い。


 皆一様に顔を高揚させ、この素晴らしい体験を共有できたことを、喜び合う。


 ただし、その歓喜の輪に加わらないものたちもいた。


 龍尾の終端からさらに離れたところにいる、疲れ切った表情を浮かべた、四人の少年少女。


 俺――新山珪太とその仲間たちだ。


「負けたなあ」


 力ない言葉が、ぽつりと口からこぼれた。


 あれだけ事前準備をし、待ち伏せ奇襲をかけながら、犯行を防げなかった。


「はああああ」


「ふうううう」


 ユウ君も虎太郎も、重いため息を吐いている。


「きぃぃぃ、悔しい悔しい悔しい」


 会長が激しく地団駄を踏む。


「私たちが負けるわけがないんです。だって、そもそも〈慰霊の鐘〉を盗み出せる訳がなかったんですから」


「? それはどういう意味ですか?」


「言葉通りの意味だよ、珪ちゃん」


「うん、僕も、あの巨大な鐘を盗み出すことは不可能だと踏んでいた」


「予告状をハッタリだと思ってたのか? どうして?」


「ちょっと考えたら分かるでしょう!」


「お、怒らないで、会長」


「いいか、珪ちゃん。私たちのスキルというのは、一見とてつもないように見えるが、実のところ大したものじゃない」


「いやいや。十分にスゴイだろ」


 虎太郎は風を自由に操り、今晩の〈炎烈士〉は炎を従えてみせた。


「確かに。でも、それは、現代科学で簡単に再現できる」


「あ、ああ~~……」


「要は、〈炎烈士〉のスキルなんて、火炎放射器を調達できる人間にとっては、何の価値もないということです」


「そ、そうかも?」


「私の【倍撃チャージ】に至っては、さらに話が簡単だ。私が重機の免許を取れば、それで同じ仕事ができる」


「もちろん、生身一つで兵器級の力を発揮できることには、価値が見いだせますがね」


「な、なるほど」


「それだけに分かりません。身一つで、あの巨大な重量物を、地上120メートルから持ち去るなんて、スキルの限界を遙かに超えています」


「三人目のスキル……。一体どんなものなんだろうな」


 ユウ君の呟きに答えられるものはいない。


「少なくとも、300キロの鐘を抱えて空を飛ぶ、なんてスキルは考えられない。あまりにも他スキルとの整合性がとれていないから」


 虎太郎の発言に、会長がうなずく。


「唯一可能性が考えられるのは、新山くんのスキルでしょうか?」


「へ? お、俺のスキルは単なる回復能力ですけど」


「貴方のスキルは、実現困難な条件を満たすことで得られる、最上位シークレットスキルです。もし怪盗団の三人目が同様のスキルを身につけていれば……」


「ありえるな。実際、珪ちゃんの【全回復リタナ】は反則だし」


「うん。どんな負傷もたちどころに治すなんて、現代医学を遙かに凌駕している」


「そ、そうか、俺のスキルってそんなに凄いのか。へへへへ」


「喜んでいる場合ですか!」


「す、すみません」


「第一、今日の貴方の働きぶりはなんです」


「お、俺なりに背一杯頑張ったつもりなんですが」


「頑張るだけならミジンコでもできます」


「ミ、ミジンコ……」


「〈盗賊シーフ〉にいいようにやられ、その後の集団戦闘においても、一切活躍を見せてはくれませんでした」


「そ、それはその……、まあ、そんな日もたまにはあるということで」


「この間の死神蜂の一戦でも、良いところなしでしたが」


 会長の背後から、ゴゴゴ、という擬音が聞こえてきそうである。


「そ、そんな日が続くことも、たまにはあるんじゃないでしょうか、は、は、は」


「……」


「お、俺はきっと大器晩成の人物なんですよ。な、長い目で見守ってもらえると嬉しいかな……なんて」


「……」


「そ、そうだ! みんな喉が渇いただろう。あっちの自動販売機で、ちょっくら飲み物でも買ってこようか」


 とにかくこの場を離れたい一心である。


 真性の天才・篠原瑠衣は、その能力とはアンバランスに、精神年齢は極めて低い。


 その天分ゆえに、精神が成熟する機会を失った天才とは、世の中には珍しくないとか。


 その傾向が、彼女は極めて顕著であった。


(過熱気味の会長とは、時間的にも距離的にも間を取らないと)


「じゃあ、行ってきま~す」


 三人分のお金を受け取ると、俺は、逃げるように自動販売機に走った。


 高い枯松の下、風雨に汚れた自動販売機の列が、明滅する古街灯に照らし出されている。


「ありゃ、まいったな」


 ミリオン帰りの人がこぞって寄ったのか、ほぼ全ての飲み物に『売切』のランプが点灯していた。


「残っているのはどれもパッとしないな」


 買って帰ってもあまり喜ばれそうに無い。かといって手ぶらで帰るのもなんだ。


「ええい、買わずに後悔より、買って後悔」


 俺は虎太郎から預かった、黒革のケースに入ったSuicaをかざす。


「あれ? 読み取られない?」


 何度くり返しても、交通系電子マネーが認識されない。


 やむなく、自分の小銭で立て替えた。残り二人の分は問題なく購入できた。


 俺が戻ると、三人はなにやら真剣な顔を突き合わせている。


「しかし、怪盗団とは今後が大変だよ」


「まあな。相手がこちらの存在を警戒していない今回は、千載一遇の好機だった」


「過ぎてしまったことは仕方がありません。次からは相手も私たちに備えてくる。その前提の元に、相手を上回る作戦を立てていきましょう」


「結局、怪盗団の身元が分かる情報は、一つも得られなかったね」


「その点はしょうがないよ。向こうも身バレだけは避けたいだろうし」


「やれやれ。向こうの出方をうかがうしか無いのか」


「こちらの身元が突き止められなかっただけでも幸いと思いましょう」


「……本当はさ。こんなことしてる場合じゃ無いんだよね」


 虎太郎の呟きに、二人の視線が集まった。


「それはどういう意味だ?」


「僕たちの最終目標を考えれば、怪盗団に長々と関わるのは非効率ってことだよ」


「荒井くんの言うことはもっともですね。私たちの目指すことは、この町村市を覆っている〈GAE〉の影響を根絶することにあるのですから」


 ゴッド・アンド・エビル。


 自身の命をかけたデス・ゲームであり、プレイヤーに超常の力を授けるそれこそが、全ての元凶であることは、言うまでも無い。


「悪徳プレイヤーどもを、こうして一件一件潰していくのは、確かに面倒か」


「できれば根元を叩きたいものだよ」


「あのゲームをこの世から無くしてしまうのが、もっとも簡単で確実な方法。それは間違いありませんね」


「はい。僕たちが本来リソースを割くべきは、神々を名乗るものたちの調査です」


 モンスターに崇められる三柱の神々。


 すなわち、創りし神。導く神。そして、嘲る神。


「ど、どういうことだよ、みんな」


 俺は慌てふためく。


「三人で熱心に話し込んでさ。俺だけ仲間はずれかい」


「別にそんなつもりはないよ。お、飲み物サンキュー」


「ああ、新山くんがいなかったんですね。どおりで会話が順調だと思いましたわ。飲み物はいただきます」


 缶と各々の電子マネーカードを手渡す。


「余計なものまで買わなかったでしょうね」


「も、もちろんですよ」


「僕のは?」


「おう、これだ」


「ありがとう。……うーん、この夜更けにブラック珈琲とは」


「ほ、他のは全部売切れだったんだよ。ほれ」


 虎太郎にSuicaを返し、さらに手の平を指しだした。


「ええと、なに?」


「立て替えた金額分140円。虎太郎のSuicaを自動販売機が読みとってくれなかった」


「え? そんなはずは……あれ?」


「どうして、トラ君」


「ケースの中身が空だ」


「なに!?」


 全員の視線が黒革のケースに集まる。


「確かに中身が無い」


「珪ちゃん、どっかに落としてきたんだろう」


「まったく買い物一つ満足にできませんのね」


「い、いやいやいや。そんなヘマはしませんって」


「じゃあ、どこで無くしたんだろう」


「まさか、〈ミリオン〉で落としたなんてオチはないだろうな」


「ははは、ありえないよ。電子マネーカードなんて、個人情報の宝庫じゃないか。鞄の奥に念入りにしまってあった」


 確かにそれは、〈ミリオン〉潜入前に全員できちんと確認し合った。


「第一、落としたんだったら、ケースごと無くすだろうしな」


「じゃあ、どういうことになるんだ?」


「決まっているでしょう。貴方がどこかに落としてきたんです」


「い、いやいや会長、いくら暗がりだって、そのくらい気づきますよ」


「言い訳無用です。急いで探してきなさい!」


「は、はい」


 怒りが再燃する危険性を察知し、急ぎ駆け出す。


 しかし、何往復をかけても、虎太郎のSuicaは見当たらない。


「うーん、やっぱり落とした記憶は無いんだけどなあ」


 松影に覆われた夜道を、とぼとぼと歩く。


 結局、Suicaは見つからず、俺たちはそのまま帰路につくこととなった。


「別にどうでもいいよ。僕は千円未満の金額しかチャージしないから」


 虎太郎はそうは言っていたが、やはりもう少しこだわるべきだったのだ。

 

 もっともこだわったからと言っても、この先に起こることが何一つ変わる訳もないのだが……。


 ――Suicaはやはり〈ミリオン〉で失われていたのだ。


 ただし、落としたのでは無く、盗まれていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ジョブ〈盗賊シーフ〉。


 スピードと身のこなしに特化したジョブ。反面、パワーに見るべき所はない。


 固有スキルは【窃盗スティール


 接触した相手が所持する武器、防具、アイテムをどれか一つランダムに奪うことが出来る。


 ただし、現実世界においては、アイテムの所持ができないため、武器防具のいずれかのみを盗むこととなる。


 それでは、このジョブを選択した者が、現実世界の戦闘において、大きな不利をこうむる。


 それを避けるため、現実世界においては、科学を用いた道具をアイテムとみなすという調整を施すこととする。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そんな細かい裏ルールを、〈盗賊〉当人以外が知るよしも無い。あの篠原会長であってもだ。


 俺たちは四人がけの席に座って、流れゆく車窓をウトウトと眺めていた。


 虎太郎拉致事件まであと16時間のことである。



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