第4章 真の幽霊

第42話 一時間後


「まだトラ君は見つからないのか!」


 三中の生徒会室で、ユウ君が声を張り上げている。


「ああ、くそっ。私が一緒だったというのに」


「落ち着けって」


 西中からの帰路にあったユウ君と虎太郎が、怪盗団の面々に強襲されてから、もう一時間が経つ。


「〈炎烈士〉の炎スキルを、住宅街でぶっ放してきやがって」


 二人は、周辺住民に配慮したこともあって、満足な抵抗が出来ず、結果、虎太郎は敵の手に落ちてしまった。


「くそ、くそうっ!」


 ユウ君がガンガンと机を殴りつける。


「生徒会の備品を壊さないでくださいね」


 篠原会長は落ち着き払っている。


「くっ、捜査の方はどうなってる!」


「順調ですわよ。黒川さんが、犯行に使われたバンを撮影してくれたおかげで」


「しかし、そんなに簡単に見つかるものですか?」


 会長の能力を疑るつもりはないが、誘拐犯の追跡が楽な作業なわけはない。


「新山くん。今回のケースとは少し異なりますが、貴方はひき逃げの検挙率を知っていますか?」


「は、半分くらいでしょうか?」


「ほぼ100%です」


 この時、一人の女子が生徒会室に入ってきた。


「お待たせしました、篠原会長」


 会長の右腕として知られた、佐崎さざきせいである。役職はもちろん生徒会副会長。


 中学二年生とは思われない、大人びた顔つきと高身長が目を引き、その容姿ゆえ、街でOLと勘違いしたナンパ男に声をかけられるのが、目下の悩みだとか。


「例の車を発見しました」


 佐崎さんが、机に写真を置く。ユウ君がのぞき込んだ。


「粗い画像だけど、確かにあの車だ」


 俺も見る。雑草が茂った荒地に放置された、黒いバンが写っていた。


「さすが、サザっち」


「く、黒川さん。サザっちは止めてったら――」


「本当にありがとう。よく見つけてくれて」


 ユウ君は、今にも泣き出しそうな笑顔だった。


「そ、そんな大したことはしてない」


 と、佐崎さんはうろたえる。


「私はただ篠原会長の指示通りに動いただけ。黒川さんに感謝される程のことは……」


「そんなことはありません」


 篠原会長が会話に割って入った。


「私の難しい命令は、誰にでもこなせるものではありません。車をこうも早く発見できたのは、佐崎さん自身の力によるものです」


「か、会長……」


 佐崎さんまでもが嬉し泣きしかける。


「あのー、それで車の中の人は?」。俺が訊く。


「はっ。……そ、それがちょっと奇妙で」


 佐崎さんが別の写真を置く。


「男が一人、車から出てくるところだな」。ユウ君は険しい目をしている。


 顔は隠しているが、間違いなく怪盗団の一員だろう。


「ところで、この写真はどこから撮ったんだ?」


 俺の問いに、「車が放置されていた空き地に、監視カメラが設置されていたのよ」と、佐崎さんが答える。


「……ふうん」


「他の奴らは?」


「誰も車から降りてきてないわ」


「なら、トラくんはまだ車内か。サザっち。この車の位置は?」


「それが不思議なのよ。この車の中には、もう誰も乗っていないの」


 佐崎さんが、写真の束を広げた。可動式カメラの向きを変え、様々な写角から車内を写しだしている。


「確かに無人だ」


 俺が首をひねる。


「途中でトラ君と仲間を降ろしたのか?」


「いいえ。その形跡もないわ」


 佐崎さんは、監視カメラのリレーにて、怪盗団の車を追跡したという。


 監視カメラ増加の潮流は、町村市のような田舎町でも変わることはない。


「防犯、防災、その他様々な用途のカメラが街中に氾濫しています」


「今じゃ付けた家も珍しくないですもん」


「それら全てのカメラを総合すれば、町村市全域を監視することはそうそう難しくはありません」


「はい。西中付近から、この空き地に駐車するまでのルートは、完全に追跡できています。その間に、誰かを乗車下車させた形跡は一切ありません」


「あの……、いやなんでもありません」


 俺は言いかけて止めた。


 会長の言ってることは理解できる。


(ただ、インターネット上に画像が公開されているような一部の防災用はともかく、どうして市中の全てのカメラに、一中学生がアクセスできてるんだ!?)


 それを尋ねることはあえてしない。


 毒蛇が出てくることが分かっているやぶを突くバカがどこにいるのか。


「現時点の最優先はトラくんの救出だ。ただ、それだけだ」


 ユウ君は割り切っている。


「それで、肝心の虎太郎は一体どこに? 車の外に出ていなくて、車の中にももういない?」


「呆れた。あなた、つい数週間まえのことを、もう忘れているんですか?」


「へ? 数週間前って?」


「もう! 荒井くんと初めて会った日のことです」


「あ、ああ~~?」


 虎太郎と初めて会った日のことは、とうてい忘れがたい。


(あの時のあいつは、自分をいじめていた人間を、スキルで復讐している最中だったっけ)


 今思い出しても、なかなかに突飛な出会い方をしたものである。


 犯行を見咎められ、逃げる虎太郎を、俺たちは追った。


 そして、現実世界にもう逃げ道がないことを悟ったあいつは、機転を利かせ、ゲーム世界に一時避難を試みた。


 結果、俺たちは大変な事態に巻き込まれるのだが、その先のことは今は関係ない。


「そうか。怪盗団の連中は、ゲームの中に逃げ込んだんだな!」


 あの時の虎太郎と同じトリックを使っている。


「あれ? じゃあ、スマホは今も車内に?」


 現実とゲーム世界をつなげるスマホは、この世界に置きっぱなしになってしまう。かつての虎太郎は巧妙に壁の中に隠匿していたが。


「多分、こいつが全員分を持ち歩いているんだろう」


 ユウ君が、写真の男を指さした。


「こいつの行方は?」


「追跡中よ。ただ、車ならともかく、徒歩となると、監視カメラの網じゃ捉えきれなくて」


 道路しか通れない自動車は追跡しやすい。しかし、人間はその気になればどこでも通れてしまう。外見を変えられるという問題もある。


「町村市の網目は粗いですからね。佐崎さんでも一人じゃあ難しいでしょう。私が協力しますわ」


「力不足で申し訳ありません」


「とんでもない。ここまでよくやってくれました。見事ですわ」


 会長が、佐崎さんの手をがっしりと握りしめる。


「し、篠原会長」


 佐崎さんが感極まった声を上げた。


「……どういう関係なんだ、あの二人」


「サザッちは、篠原瑠衣の信者だ」


「ああ」


 虎や鷹は多くの国と地域で人間の信仰対象であった。強靱な牙や爪、天を舞う翼。人はいつの時代も、自分にはないものに焦がれる。


 篠原瑠衣の高々能力が、多くの人間を魅了してやまないのは必然だろう。


「そして、篠原にとっても、有能な補佐官は欠かせなかった。いわゆる相思相愛という奴だよ」


「ふうん」


「それより、トラ君だ」


「ううん……。現実世界に残った男の捜索は、俺たちには手伝えそうにないなあ」


 俺たち二人は、明らかに緻密な作業に適性がない。


「私たちはゲームの中に入るぞ。ゲーム世界で、トラ君を直に見つけ出す」


「なるほど。二面作戦か」


 現実世界とゲーム世界の両極で、救出作戦を展開する。


「現実世界に一人残った怪盗団メンバーを捕まえても良し、ゲーム世界に連れ去られトラ君を先に助け出しても良し。どちらか一方が上手くいけば、作戦は成功の算段だ」


「よし!」


 俺は拳を硬く握りしめると、天高くかざした。


「待っていろ、虎太郎。かけがえのない友達よ」


 思えば、俺、新山珪太の14年間は、孤独との戦いであった。


 ユウ君といた例外期間を除いて、人の輪は常に俺を拒み続けた。


 家族という集団においても、俺は溶け込むことを許されなかった。


(ようやくだ。ようやくなんだ)


 苦渋の年月を経て、ようやく得られた、荒井虎太郎という運命の友。


 ありのままの自分が、ありのままに受け入れられるという喜び。


 それを失うことはヒトとしての死とさえ言える。


「どのような苦難が待ち構えていようとも、俺はひるみはしないぞ!」


 拳から、ぴんと人差し指を立たせる。


「てぇいやああ」


 雷の速度で指先を降ろす。


 アイコンをタッチすると、GAE《ゴッド・アンド・エビル》は遅滞なく起動し、俺の身体が虎太郎と同じ次元へとシフトした。


『芝居がかりすぎですわ。力みすぎて失敗しないようになさい』


 次元の境目にいた俺の耳に、会長の呆れ声がかすかに届いた。



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