浮田京子さんは、吉川クリームヒルトさんにあこがれていました。

　恋心とよんでもいい感情、しかしクリームヒルトさんは親友のお友達。

　大人から見ると大したこともないのだが、京子さんにとっては重大な問題、それゆえ大事な親友の友達の為に忠告をすることに。

　シャイな娘は、せっかくのチャンスをものにできない。

　そして不幸がやってきて、初めてクリームヒルトさんに自分の気持ちとお別れを口にした。

＊　＊　＊　＊　＊

　大寒波がまだ蓬莱を襲う一年前のこと、その少女を浮田京子さんは垣間みました。

　四月十日とはっきりと記憶しています。

　前日より聖ブリジッタ女子学園山陽校は、新しい編入生の噂で持ちきりだったのです。

　女神とか妖精とか、すばらしく賢いとか、そんな噂でしたが、京子さんのクラスには編入生はなく、クラスメートは隣のクラスに編入した、吉川クリームヒルトさんを休み時間に見に行ったりしていました。

「ねぇ、お京ちゃんは行かないの？」とクラスメート。

「違うクラスに押しかけるのって、ご迷惑でしょう？」と京子さん。

「前は良く遊びにいっていたじゃない？」とクラスメート。

「前はね……」と京子さん。

　クラスメートが、

「もう、お京ちゃんらしくない！まだ佐田さんと仲たがいのままなの？」

「仲たがいじゃないけど……」と京子さん。

　

　そう、京子さんは佐田さんと仲良くしていのですが、近頃なんとなく、気まずい関係になっているのです。

　理由は分からないのですが、きっかけが何かは思い当たります。

　ある時、佐田さんが、京子さんの家に遊びにきたのです。

　旧家でもあり、お商売が順調でもある浮田家には、立派なお庭があり、京子さんはそれを見せたかったのです。

　そのときからです。

　なにかしら佐田さんはよそよそしくなり、自然と行きかうこともなくなったのです。

　そんな訳で、京子さんは隣のクラスに行くことはありませんでした。

　お昼休みになり、すぐに京子さんは食堂へと向かいました。

　仕出し屋の娘なのに、お弁当は持ってきたことのない京子さん。

　母親の貴子さんは忙しくて、人のお弁当は山のように作っているのに、娘の京子さんには、作ったことがないのです。

　京子さんは毎日オムライスを食べることにしています。

　結構食堂は込んでいて、面倒なので手前の売店でパンなど買っている子もいますが、京子さんは断固としてオムライスなのです。

　廊下を食堂に向かって、とことこと歩いている京子さん。

　足音がしますので思わず振り返ったら、その横をすごいスピードで、誰かが走り抜けて行きます。

　真っ白いスラッとした足、金色の髪をなびかせて……

　チラッと見たその横顔は、クラスメートが賛美していた外人さんでした。

　そして京子さんに向かって、

「ごめんなさいね、驚かせたかしら」

　と声をかけたのです。

「いえ、大丈夫です」と答えると、ニコッと笑って「良かった」といい、走り去っていったのです。

「妖精みたい……綺麗……すっごく！すっごく！綺麗！」

　走りすぎていくその子の後ろ姿を眺めながら、思わず力を込めて呟いた京子さんでした。

　食堂へ行くと、いつもと雰囲気が違います。

　皆、隅のテーブルをそれとなく見ているのが分かります。

　自然と京子さんもそちらを注視しますと、先ほどの妖精さんが、女神のような二人と座っています。

　隣のテーブルで、

「あの方たちね、吉川姉妹って、それにしてもお綺麗ね、怖いぐらい、近づけないわね」

「まだ一番下の外人さんみたいな方、クリームヒルトさんっていうの？養女とお聞きしたけど、まだ近寄れそう」

「上のお二人は皆が女神と呼んでいるけど、その通りね、でも下の方なら……妖精さんとなら、お友達になれるかもね」

「下の方って下級生よ」

「それでもいいわよ、お友達になれれば！」

　そんな会話でしたが、耳を兎のように大きくしていた京子さん、まったく同じ感想をもっていました。

　さらに別のテーブルでは、

「ねぇ、女神様のお弁当、五段重ねよ！しかもすごいのよ、ご自分で作ったといっておられたわ、板前さんも真っ青よ」

　そんなところへ佐田さんが大宮さんと田中さんと一緒に、パンの袋などもって喋りながら歩いています。

　女神の二人にきずいていないのか、隅のほうに向かっています。

　ふと、佐田さんが妖精さんにきずいたようで、声をかけていました。

　妖精さんと話をしていると、女神さまが席を勧めています。

　そしてお弁当などを分けています。

「うらやましいわ……」

　ため息のような呟きが隣から聞こえてきました。

　京子さんはこの綺麗な妖精さんと、お友達になりたかったようです。

　先ほどまで、どこかで意を決して声をかけよう。

　友達になってと言おう、そんな決意だったのですが、この光景をみてそんな決意が消し飛んでしまいました。

　京子さんは、

「やっぱり私ではだめよね、マチちゃんたちですものね、妖精さんと仲良くできるのはあの三人がお似合いよね……私なんて……」

　でも、妖精さんの笑顔が忘れられない京子さんでした。