8 戦い終わりて

 結合人魔との死闘を終えた僕たちは、南方の伯爵領を目指して移動することになった。

 失った魔力を補充するには、酒と肉と眠りが必要となる。それを、もっとも手近な領地でまかなおうと考えたのだ。


 それに、ウロボロスが人魔の術式を解除したのは2箇所の侯爵領であり、南方の伯爵領はまだ手付かずであるのだ。そちらから出撃してきた結合人魔は自力で始末できたものの、人魔の術式を放置してはおけない。僕たちは、この地のすべての術式を破壊して、大地に魔力を蘇らせなくてはならなかったのだった。


「本当に、熾烈な戦いであったようだな。それに参加できなかったことを、かえすがえすも残念に思う」


 大型の飛行フォームを取った僕の背中の上でそのようにつぶやいたのは、ワイバーンたちとともに避難していたケツァルコアトルであった。ウロボロスは疲労困憊の状態にあるとのことであったので、ケツァルコアトルたちが避難していた場所の座標を教えてもらい、僕が迎えに行くことになったのだ。


 他の団員たちは、そのおおよそがすやすやと寝入っている。誰もが魔力を消耗していたので、目的地に着くまで少しでも休んでおくように指示を出しておいたのだ。その眠りを妨げぬよう、僕はケツァルコアトルに念話を届けることにした。


『くどいようだけど、運搬役だって重要な役割だからね。ケツァルコアトルが気に病む必要はないよ』


「うむ……しかしわたしは、争いを忌避しているのではないかと疑われることが多いのでな。このたびの一件が疑いを深めてしまうのではないかと、いささか心配であるのだ」


 美麗な女性であるのに、武人めいた立ち居振る舞いのケツァルコアトルだ。その存在を背中に心地好く感じながら、僕は『大丈夫だよ』と応じてみせた。


『それに、争いを忌避するのは何も悪いことじゃないさ。もちろんそれで戦いから逃げるようなら、信頼を失ってしまうだろうけど……そんなことはないんだろう?』


「当たり前だ。暗黒神様といえども、そのような誹謗は聞き捨てならんぞ」


『誹謗なんてしていないよ。僕だって、争うことを忌避しているからね。それでも戦いから逃げない勇気を持ったケツァルコアトルのことを、僕は尊敬しているよ』


『……そのような言葉をかけられるのは気恥ずかしいので、なるべく遠慮願いたい』


 他の団員たちに聞かれることを厭うたのか、最後はケツァルコアトルも念話で応じてきた。

 すると、くたびれ果てているのに眠っていなかったコカトリスが、念話で割り込んでくる。


『今日の勝利は全員でつかみ取ったものなのだから、胸を張りなさい、ケツァルコアトル。ウィザーンに取り残されたラハムたちなんて、この場に居合わせることすらできなかったのだからね』


『うむ。ラハムやニャミニャミたちこそ、無念の極みなのであろうな』


『ええ、そうね。でも、あいつらだって遊んでいるわけじゃないわ。こうしている間にも、ウィザーンを占領するためのお役に立っているのよ。叛逆者の一派と人間の王たちを一掃できれば、全員で喜びを分かち合えるのだから……誰も無念に思う必要なんてないのよ』


『うん、コカトリスの言う通りだね。ただ……生命を散らしてしまったみんなとは、その喜びを分かち合うこともできないんだよね』


 僕の言葉に、コカトリスがきゅっと眉を上げるのが感じられた。


『あなたはまだそんなことを気にしていたのね、暗黒神様。あれだけの大きな戦いで、全員が無事でいられるわけがないじゃない。生命を散らした団員は50名にも満たなかったし、上級の力を持つ団員は全員が生き永らえたのだから、むしろ喜ぶべきではないのかしら?』


『いや、大事な団員を失って、喜ぶ気持ちにはなれないよ』


 戦いの後の点呼により、戦死者の人数は確認されている。魔獣兵団は19名、蛇神兵団は16名、魔竜兵団は3名――合計で、僕たちは38名もの同胞を失ってしまったのだ。


『デイフォロスを占領したときだって、同じぐらいの団員を失ったじゃない。ガルムみたいに卑劣な裏切りで生命を散らしたわけでもないのだから、そのようなことをくよくよ思い悩んでいる団員は他にいないわよ?』


『うん、ごめん。これが僕の、弱さなんだろうね』


 すると、今度はコカトリスではなくケツァルコアトルが声をあげてきた。


『我らの君主に、そのような弱音は似つかわしくあるまい。現在の暗黒神様の同胞を思いやる心情は、弱さではなく強さであるのだと……わたしは、そのように考えている』


『……うん、ありがとう。ケツァルコアトルこそ、優しいね』


『だ、だから、気恥ずかしい言葉は遠慮願いたい』


 コカトリスが、くすくすと忍び笑いをした。


『ここにも新しい暗黒神様に心を奪われた団員がいるようね。あなたはこれまでと異なる形で団員たちの心を掌握しているのよ、暗黒神様』


『コ、コカトリスまでおかしなことを言わないでもらいたい。いらぬ誤解を招いてしまうではないか』


『そんなに慌てなくても、いきなり伽を申しつけられるようなことにはならないわよ。それが、今の暗黒神様なのだからね』


 さらに咽喉で笑ってから、コカトリスは念話の調子を改めた。


『それに、暗黒神様もね。あなたにだって、もっと胸を張ってほしいものだわ。あなたはたった一夜で、人魔の術式を3つも破壊させたのよ? これで大地には、またたくさんの魔力が蘇るのだから……生命を散らした団員たちも、すぐに生まれ変わることができるじゃない。下級や中級の同胞なら、数年も待たずに生まれ変わってくるでしょうよ』


『……うん、そうだね』と、僕はなんとか明るく答えてみせた。


『これから向かう伯爵領ばかりじゃなく、この東方区域にはこれまで魔神族が滅ぼした領地がいくつか残されている。それらの術式もすべて破壊しないといけないんだから……まだまだやることは山積みだね』


『ええ、そうよ。落ち込んでいるひまなんて、ありはしないわ』


 コカトリスが、にっと白い歯をこぼすのが感じられた。


『さあ、ようやく目的の場所が見えてきたようね。ウロボロスのやつは、もう到着しているのかしら』


 コカトリスの言う通り、広大なる砂漠の向こうに伯爵領の威容が迫っていた。

 探知の触手をのばしてみたが、何者の気配も感じられない。完全に無人であるようだ。


『よし、みんな起きてくれ。領地に着いたら、余力のある団員で食料を確保してほしい。部隊長は、城の前庭に集合だ』


 僕の背中には魔獣と蛇神の部隊長が勢ぞろいしていたので、最初から城の前庭に着陸することにした。

 動くものの影もない石畳の上に舞い降りて、団員たちを地上に降ろす。負傷がひどくて動けない団員もこちらに集めておいたので、まずはその治癒に取りかかってもらった。


『手が空いている団員は、城内の食料庫から肉と酒を運び出してくれ。部隊長は、城門前の階段に集合だ』


 そのように呼びかけながら、僕も城門へと歩を進めた。追従するのは、魔獣兵団のケルベロスとオルトロス、フレスベルグとカトブレパス、蛇神兵団のナーガとケツァルコアトル、コカトリスとエキドナ、そしてルイ=レヴァナントとファー・ジャルグであった。ナナ=ハーピィは負傷もしていなかったが、いまだ昏睡の状態にあるので、僕が自ら運んであげることにする。


 しばらくすると、城壁の向こうから魔竜兵団の幹部たちもやってきた。副団長のニーズヘッグ、ヨルムンガンド、ファフニール、全員ともに壮健な姿である。


「みんな、お疲れ様。とりあえず、謁見の間に移動しようか。まずは人魔の術式の触媒を破壊しなければいけないからね」


「ふん。うちの団長は、まだ到着しておらんのですな。あのせっかちな団長にしては、珍しいことだ」


 半人半妖の姿に戻ったヨルムンガンドが、不服そうにそう言った。彼らは団長たるウロボロスに心酔しているようなので、一刻も早く勝利の喜びを分かち合いたいのだろう。


「うん。ウロボロスには、大役を果たしてもらったからね。最後の侯爵領には結合人魔が潜んでたって話だったから、さすがに魔力の消耗が激しかったんだろうと思うよ」


 それゆえに、ウロボロスはケツァルコアトルたちの回収も僕に頼むことになったのだ。あれだけの魔力を持つウロボロスが疲労困憊の状態に陥ってしまったのだから、それ相応の難敵であったのだろう。


「今日は全員が力を尽くすことになったけど、一番の立役者はウロボロスのはずだ。帰ってきたら、みんなでねぎらってあげないとね」


「ふん……ねぎらいの言葉よりも、酒と肉の準備を願いたいものだ」


 僕たちは、一斉に同じ方向を振り返ることになった。

 どこからともなく、ウロボロスがふらりとまろび出てきたのだ。ヨルムンガンドは、メタリックシルバーの双眸を「おお!」と歓喜に輝かせた。


「なんだ、どこからどうやって現れたのだ!? これっぽっちも気配を感じなかったぞ、団長よ!」


「でけえ声だな……魔力と気配を殺していたんだから、気づかれないのが当たり前だろうがよ」


 ウロボロスは、極度の欠乏状態にあるようだった。これといった外傷は見当たらないのに、その身からこぼれる魔力が嘘のように弱々しいのだ。魔竜兵団の3名は、顔色を変えてそちらに駆け寄ることになった。


「ウロボロス団長がこれほどに弱り果てた姿を見せるのは、初めてのことでありましょう。侯爵領に潜んでいた結合人魔とは、それほどの難敵であったのでしょうか?」


「ふん……中級人魔が70体ってところだろうな。なかなか愉快な手管だったぜ」


「中級人魔が、70体」


 なけなしの魔力でウロボロスの疲労を癒やしながら、ニーズヘッグはうろんげに眉をひそめた。


「であれば、ウロボロス団長がそれほどの苦戦を強いられる相手ではないはずです。移動の際に、よほどの魔力を消費してしまったのでしょうか?」


「そりゃあまあ、あちこちの領地を巡るのに全速力でかっ飛ばしたからな。そうじゃなきゃ、ここまでへたばることはなかっただろうさ」


 ウロボロスは、白い歯を剥き出しにしてふてぶてしく笑った。


「それにまあ、人魔をただぶっ潰すだけなら苦労はなかったけど、それじゃあ面白みもねえからな。まったく、腹の減る仕事だったぜ」


 言いざまに、ウロボロスは虚空へと指先を走らせた。

 その指先のなぞった場所に、黒い軌跡が描かれる。待つほどもなく、そこには亜空間への入り口が開かれた。


「こいつが俺の戦利品だ。とっとと受け取って、俺を楽にしてくれよ、暗黒神様」


「戦利品?」と反問しつつ、僕はその亜空間の中へと探知の触手をのばした。

 そこに待ちかまえていたものに触れて、ぎょっとする。ウロボロスの生み出した亜空間の内側では、1体のおぞましい魔物が拘束の術式でがんじがらめにされていたのだった。


「ウロボロス、これは……」


「結合人魔とやらの中に潜んでいた、術者だよ。そいつの頭の中身を探りゃあ、何かしらの情報を得られるだろ」


「き、君はどうやってこいつを確保したんだい? 結合人魔を退治すると、それを操っていた術者も一緒に消滅するように術式が掛けられていたはずだろう?」


「だから、結合人魔とやらをぶっ潰す前に、そいつの肉体を引っ張り出したんだよ。そいつを抑えつけながら結合人魔とやらを始末するのが、ちっとばっかり骨だったな」


 無言で話を聞いていたケルベロスが「はん」と鼻を鳴らして、自分の髪をかき回した。


「それじゃあ手前は、上級の力を持つ術者の動きを封じながら、70体の中級人魔で作られた化け物をひとりで始末してみせたってのかよ? ……手前も、十分に化け物だな」


「おほめにあずかり光栄だよ、犬っころ。……さ、暗黒神様、とっとと俺を楽にしてもらえねえもんかな?」


「わ、わかった。ちょっと待っててね」


 僕が魔力で拘束の檻を形成すると、その内側で術者を縛っていたウロボロスの魔力が消え去った。

 とたんに、強烈な圧力が僕の術式を軋ませる。上級の力を持つ魔物を拘束するというのは、いっそ生命を奪うよりも厄介な面があるのだ。


「よし。それじゃあ、こっちに引っ張り出すよ」


 僕は入念に術式を施しながら、その者を外界へと移動させた。

 やがて、青白い雷光の鎖に縛られたその異形が、みんなの目の前にさらされる。

 おおよその団員は、それで息を呑むことになった。

 結合人魔と同様に、その術者も僕たちの想像を超えた姿をしていたのだった。

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