7 死闘の行方

「ジェンヌ! 君に、魔力を譲渡する!」


 僕が体内に呼びかけると、弱々しい声が返ってきた。


「何を言っているのよ……こんな状況でわたしに魔力なんて譲渡したら、あなたが死んでしまうんじゃないの……?」


「いや。君に魔力を譲渡したら、すぐさま僕と一体化してほしい。そうしたら、瞬間的にだけど通常以上の魔力を放出することができるはずなんだ」


 それは、かつてのデイフォロスにおける戦いにおいて、僕が身をもって体験した戦術であった。200名からの上級人魔に押し寄せられて、僕の生命が尽きかけたとき、ナナ=ハーピィの存在を体内に受け入れることによって、僕は凄まじい魔力を爆発させることがかなったのである。


「そうしたら、きっと結合人魔の体内に潜んでいる術者を倒すことができると思う。だから、君の力を貸してくれ」


「力を貸してくれって言われても……わたしに、どうしろって言うの……?」


「僕に、すべてを委ねてほしんいだ。瞬間的にでも、君と僕の精神がひとつに合わさらないと……たぶん、効力はないんだろうと思う。この結合人魔みたいに術式で無理やり結合するんじゃなく、自分たちの意思で、精神をひとつにするんだよ」


「…………」


「それとも……君はこのまま、僕と一緒に滅ぶことを望んでいるのかい?」


 僕の体内に、悲しみの波動が満ちた。

 暗黒神の肉体がみしみしと軋んでいく苦悶に耐えながら、僕は声を振り絞ってみせた。


「でも、次に生まれ変わったとしても、僕たちは今の記憶を持っていない。僕は、今の君と正しい絆を結びたいんだ!」


「無理よ、そんなの……」


 と、ジェンヌ=ラミアは泣き笑いのような声を伝えてきた。


「駄目……頭がどうにかなってしまいそう……わたしにそんな、優しい言葉を投げかけないで……わたしに、そんな資格はないの……」


「でも、ジェンヌ――」


「だから、命令して……わたしはもう、決してあなたの言葉に逆らわない……わたしの生命を、好きに使ってよ……」


 僕は胸中にあふれかえるさまざまな感情を押し殺して、命令した。


「君に、魔力を譲渡する。そうしたら、僕にすべてを委ねるんだ」


「了解したわ、暗黒神様……」


 僕は、じわじわと回復していた魔力をジェンヌ=ラミアに残らず注ぎ込んだ。

 僕の中で、ジェンヌ=ラミアの存在が膨れ上がっていく。外側からは結合人魔に、内側からはジェンヌ=ラミアに圧迫されて、それこそ暗黒神の肉体が弾け散ってしまいそうだった。


「ジェンヌ、心をひとつに――」


 僕がそのように言いかけたとき、凄まじい魔力が体内を駆け巡った。

 その魔力が、僕の肉体に融合していく。とてつもない痛みと快楽が、同時に僕の全身を貫いたかのようだった。


(これが……ジェンヌなんだね)


 僕の右腕が、膨張した。

 結合人魔の圧力を跳ね返して、右腕がめきめきと肥大化していく。気づけば、手の先が巨大な蛇頭と化していた。漆黒の金属で形成された、大蛇の頭である。


 僕は、その牙で結合人魔の肉体を噛み破った。

 巨大な蛇頭が、ドリルのように体内へと潜り込んでいく。魔力にあふれた結合人魔の肉体は岩のように硬かったが、漆黒の蛇頭もそれに負けていなかった。


 結合人魔は、さらなる圧力で僕にのしかかってくる。

 全身の甲冑が、音をたてて割れ砕けた。

 しかし、割れるそばから修復され、蛇頭は容赦なく結合人魔の体内を喰い破っていく。自分の体内に防御の障壁を張るすべは、さすがにこの結合人魔も持ち合わせていないようだった。


 そうして蛇頭は、結合人魔の心臓部に到達する。

 そこには何か、おぞましい魔物が潜んでいた。

 人魔ではなく、魔物である。それがあの、蠅の姿をした魔術師であったのかどうかを確認するゆとりもなく、僕はその咽喉笛に蛇頭の牙を叩き込んでみせた。


 瞬間――何かの術式が弾け散る。

 結合人魔は、落雷のごとき怒号をあげた。

 そして――僕の上から、消失した。執拗に攻撃をくわえている頭上のコカトリスたちに、矛先を転じたのだ。その身の、獣じみた闘争本能に従って。


『距離を取れ! そいつはもう、司令塔を失った! 複雑な術式を発動させることもできないし、目の前の敵に追いすがるだけの、知性も理性もない怪物だ!』


 僕はありったけの魔力で念話を飛ばしてから、地上に這いずり出た。結合人魔がのしかかっていた部分は、クレーターのように窪んでしまっていたのだ。


「ベルゼ様、大丈夫!? あいつは、コカトリスたちを追いかけていったよ!」


 ナナ=ハーピィが、僕のもとに舞い降りてきた。

 その鉤爪に背中をわしづかみにされているのは、水牛の巨体に豚のような顔をだらんと垂らした、巨大な隻眼の魔獣族――カトブレパスに他ならなかった。


「暗黒神様……異形である」


「うん。ラミアの力を、拝借したんだよ」


 僕の肉体は、右腕が蛇の頭であり、下半身が蛇の尻尾と化していた。ただし、それらの牙や鱗もすべて漆黒の金属で形成されている。

 きっと魔力が十全であれば、かつてのジェンヌ=ラミアのように、大蛇の側面に暗黒神の半身が垂れているような姿にまで変貌していたのだろう。しかし、魔力を振り絞って結合人魔の心臓を貫いたために、すでにジェンヌ=ラミアは力尽きてしまっていた。


 めきめきと音をたてながら、僕の肉体はもとの姿に戻っていく。

 ジェンヌ=ラミアは、僕の体内でぐったりと昏睡していた。

 全身に走り抜けていた亀裂も、手足の欠損も、すでに修復が済んでいる。僕の体内には、7割がたの魔力が蘇っていた。


「よし。それじゃああらためて、中級結合人魔の相手をしよう。コカトリスとメドゥーサだけじゃ荷が重いだろうからね」


「我々……何を為すべきであるか?」


「あいつはもう目の前の敵に追いすがるぐらいの知能しかないから、俊敏さに自信のある団員たちで波状攻撃を仕掛けるんだ。どれだけの魔力を備えていても、回復が追いつかないぐらいの痛撃を与えていけば、いつか倒せるはずだからね」


「ならば……飛行能力を持たない、我の力、不要である……新しき団長、助力したい、願う」


「わかった。カトブレパスは、ケルベロスの部隊に合流してくれ。ナナ、行くよ!」


「はーい!」と元気に答えるナナ=ハーピィとともに、僕は再び天空に舞い上がった。

 中級結合人魔とコカトリスたちは、すでに遥かな高みである。そちらを目指しながら周囲の様子を探ってみると、下級の結合人魔の残りは3体であった。僕が無我夢中でやりあっている間に、2体の結合人魔が退治されていたのだ。


(こんなのは、叛逆者の一派との前哨戦に過ぎないんだ。何があっても、あきらめてたまるもんか)


 そんな風に考えてから、僕は魔竜の全兵団員に念話を飛ばした。


『何名か、俊敏さに自信のある団員はこっちを手伝ってくれ! 一撃離脱が得意だったら、下級や中級の団員でかまわない! あくまで、そちらの負担にならない人数でいいから、よろしく頼むよ!』


 その間にも、結合人魔の背中が眼前に迫っていた。

 知能を失った哀れな怪物は、ひらひらと逃げ惑うコカトリスたちにがむしゃらな攻撃を繰り返している。そのずんぐりとした巨大な後頭部に、僕はおもいきり炎撃を叩きつけてみせた。


「こっちだよ、間抜け! お前の相手は、僕だろう?」


 柄にもなく、僕は挑発の言葉を発してしまった。

 まあ、人魔に言葉を解することはできないだろう。ただ彼は、後頭部に攻撃をくらったことに憤激して、僕のほうに突撃してきた。


『もうすぐ魔竜兵団から援軍が来るはずだ! メドゥーサは、地上の蛇神兵団と合流してくれ!』


『助かったわ。わたしはあなたたちほど自由に空中を動けないんでね』


 頭に無数の蛇を生やしたメドゥーサは、妖艶な微笑を残して地上に戻っていった。それでも翼も持たずに天空を翔けることができるのだから、大したものである。


 そんな風に考えながら、僕は目くらましと分身の術式を発動させる。

 案の定、結合人魔はもっとも手近な場所に出現した僕の分身を追い回し始めた。斯様にして、司令塔を持たない人魔というのは気の毒な知能であるのだ。


『無事で何よりだわ、暗黒神様。こいつが真っ直ぐこっちに向かってきたときには、さすがに死を覚悟したけれどね』


 結合人魔の横っ面に石化の術式を叩きつけつつ、コカトリスが皮肉っぽい念話の声を届けてきた。


『みんなのおかげで、窮地を脱したよ。あとは無理をせず、可能な範囲で相手の魔力を削っていこう』


『ふん。たとえひと晩かけたって、こいつの魔力を削りきることなんてできそうにないけれどね』


 コカトリスの声が、ふっと真剣みを帯びる。


『でも……こいつはたかだか、2000ていどの中級人魔なのよね? もともとこの地には1万以上の中級人魔がいたでしょうに……どうしてこれだけの戦力しか残しておかなかったのかしら?』


『それはたぶん、話が逆なんだよ。魔神族は北方区域の制圧に必要な戦力を引き連れていって、それにあぶれた分でこんな化け物を生み出したのさ。僕たちが東方区域に攻め込んでくるかどうかは未確定だったから、ちょっとした罠を仕掛けたぐらいのつもりなんだろう』


『ちょっとした罠? その割には、ずいぶんな化け物じゃない』


『うん。そのあたりについては、後で色々と考察する必要があるだろうね』


 すると、『ちょっとー!』というナナ=ハーピィの念話が割り込んできた。僕に魔力を譲渡されている間は、彼女もさまざまな術式を発動できるのだ。


『難しい話ばっかりして、あたしを仲間外れにしないでよ! この状態だと、あたしは普段よりも頭が回らなくなっちゃうんだから!』


『あら、そうなのね。普段のあなたより知能が下がってしまうなんて……想像するだに恐ろしいわ』


『なんだよー! 意地悪なこと言うと、あんたにも魔力をぶつけちゃうぞ!』


 そんな念話を交わせるぐらい、僕たちには精神的な余裕が生まれていた。

 もちろんこの結合人魔の携えている膨大な魔力を考えれば、余裕など持てるはずもないのだが――彼女たちも、昂揚しているのだろう。最近は怜悧な沈着さを見せるようになってきたコカトリスでも、やはり戦いの場においてはぞんぶんに血をたぎらせているのだ。


 そうして僕たちが奮闘していると、ついに魔竜兵団からの援軍が到着した。デルピュネが率いる、中級と下級の団員が7名である。


『お待たせー! 本当に、中級と下級だけでよかったの?』


 デルピュネの本性は、下半身が巨大な竜であった。

 背中の翼はそのままで、左右のこめかみから鋭い角が生えている。中級の群集種としては、かなりの魔力を備えているのが感じられた。


『うん。こいつを倒すには、どれだけの時間がかかるかわからないからね。まずは下級の結合人魔を最優先で倒して、最後に全員でとどめを刺すってぐらいの形になるんじゃないのかな。それまではこの場所に釘付けにして、少しでも魔力を削っておくのが、僕たちの役割だ』


『りょうかーい! あたしらがどれだけお役に立てるか、ちゃんと見届けてよねー!』


 陽気に笑うデルピュネを中心にして、他の団員たちが散開した。

 こちらに向かってくる間に、僕たちの戦いっぷりを検分していたのだろう。魔力の攻撃を仕掛けては、すぐさまあらぬ方向に逃げ惑う、見事なヒット・アンド・アウェイであった。


 ナナ=ハーピィとコカトリスも、それに負けじと攻撃を再開させる。僕も分身と目くらましでみんなの援護をしつつ、残りの魔力は攻撃に注ぎ込んだ。


 結合人魔は怒りの咆哮をあげながら、手近な相手に炎撃や雷撃を繰り出している。その破壊力は規格外であったが、あまりにも単調で直線的だ。目隠しをされたゴリラか何かが、物音だけを頼りに両腕を振り回しているような様相である。そのように力まかせの攻撃をくらってしまう団員は、この場にひとりとして存在しなかった。


『おっ? ついに諦めたのかな?』


 結合人魔の顔面に火炎を吐きかけたデルピュネが、愉快そうに念話で告げてくる。結合人魔が攻撃の手を止めて、その場から動かなくなったのだ。

 その体長20メートルはあろうかという巨体に、恐ろしいまでの魔力が膨れあがっていく。僕はすぐさま、その場の全員に念話を飛ばしてみせた。


『全員、離脱しろ! 僕と同じぐらい距離を取って、魔力を隠すんだ!』


 まずは手本を見せるために、僕はさらなる上空へと舞い上がった。

 誰もが遅れずについてくるのを確認しながら、対角線の方向で分身たちを飛び回らせる。その間に、結合人魔は莫大なる魔力を形成していた。


 結合人魔の角が黒く輝き、そこから放たれた魔力が僕の分身たちに浴びせかけられる。

 小型のブラックホールとでもいうべき虚無の暗黒が、瞬く間に分身たちを消滅させていた。


(術者がいなくても、あの術式を発動させることができるのか。でも、さすがに移動しながらは無理みたいだな)


 ならば、何も恐れる必要はない。

 僕は周囲の団員たちに、新たな指令を送ることにした。


『よし! 今なら魔力を使い果たして、防御力が下がっているはずだ! 全員で反撃してやろう!』


『へっへーん! どれだけの魔力を持ってたって、こんなウスノロはベルゼ様の相手じゃないね!』


 急降下をしたナナ=ハーピィが、その鉤爪で結合人魔の頭部を搔きむしった。

 もちろん魔力を込めた攻撃であるので、結合人魔の片方の角とこめかみが弾け散る。結合人魔は、虚空で身もだえることになった。


 そうして僕たちも結合人魔に総攻撃を仕掛けたとき、下界から大きな生命力の消失が感じ取れた。下級の結合人魔の1体が、また葬り去られたのだ。


『暗黒神様。下級の結合人魔は、残り2体となりました。そちらにさらなる援軍を送るべきでしょうか?』


 ニーズヘッグの沈着な念話に、僕は『いや』と応じてみせる。


『あくまで、下級人魔の退治を最優先にしてくれ。こっちはこっちで何とかしのぎきるから――』


 僕は途中で、言葉を呑み込むことになった。

 すかさず、ニーズヘッグが『暗黒神様』と呼びかけてくる。


『うん、わかってる。そちらの結合人魔が1体、こちらに向かってきているようだね』


 下級の結合人魔は、術者に操られている。このままでは形勢不利と悟って、中級の結合人魔と合流しようという目論見であるのだろう。


『みんな、そいつを上空に引きつけてくれ! 僕は、下から迫ってきてるやつを始末する!』


 言いざまに、僕は戦線を離脱して、こちらに肉迫する下級人魔へと突撃した。

 僕が魔力を振り絞れば、下級の結合人魔を一撃で消滅させることは可能である。それからしばらくは魔力が欠乏して役立たずとなってしまうが、それぐらいの時間はナナ=ハーピィたちが食い止めてくれると信じるしかなかった。


 全身の傷口から黒い塵を撒き散らしつつ、巨大なる結合人魔が足もとから迫ってくる。

 僕はその場に停止して、全身の魔力を振り絞った。

 そうして、僕が渾身の雷撃を繰り出そうとした瞬間――結合人魔の肉体が、なんの前触れもなく弾け散った。


 肉塊と化した結合人魔は、赤黒い雨と化して大地に落ちていく。

 そして――僕の頭上からも、同じものが降り注いできた。


 慌てて身を引いた僕の鼻先を、血や肉や骨や臓物が通り過ぎていく。

 2000名の市民で形成されていた中級結合人魔の肉体が、もとの姿を取り戻したのだ。


 地上に残されていた最後の1体も、もはや気配を消失している。

 僕はさまざまな感慨に胸の中をかき回されながら、全兵団員へと念話を飛ばしてみせた。


『ウロボロスが、もう1箇所の侯爵領でも仕事を果たしてくれたようだね。……すべての人魔は、無に帰した! 僕たちの、勝利だ!』


 一拍遅れて、凄まじいまでの勝ち鬨が波動のうねりとして僕のもとに届けられてきた。

 頭上からは、ナナ=ハーピィたちの気配が近づいてくる。ナナ=ハーピィは途中で暗黒神の魔力を脱ぎ捨てて、ハーピィとしての本性を取り戻しながら、僕の胸もとに飛び込んできた。


「ようやく終わったね! ベルゼ様、お疲れ様!」


 それだけ言って、ナナ=ハーピィはぐったりとまぶたを閉ざした。魔力の譲渡というのは、受け取る側の心身をひどく消耗させる術式であるのだ。

 そうして意識を失う寸前、ナナ=ハーピィは消え入るような声でぽつりとつぶやいた。


「あんたも、お疲れ様。……ちゃんとお役に立てたじゃん」


 そのままナナ=ハーピィは、ふにゃりと力を失って動かなくなった。

 その身をゆだねた暗黒神の胸甲の向こう側では、ジェンヌ=ラミアも同じように寝息をたてていたのだった。

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