6 さらなる脅威
『いよいよ本隊が到着しやがったか! ここからが正念場ってことだな!』
地上のケルベロスが、三つの首で吠えていた。
『もうこんな死にぞこないにかまってるヒマはねーぞ! 手前ら、とっとと片付けちまえ!』
魔獣と蛇神の兵団員たちが、魔力を振り絞る。
狙うは、地上で暴れ狂っていた結合人魔である。
最初にヨルムンガンドの炎撃をくらい、胴体に風穴の空いた結合人魔は、死にかけた芋虫のように暴れ狂っていた。
その巨体に、四方八方から魔力の攻撃が叩きつけられ――再び、地鳴りのごとき断末魔が轟いた。
あとは、魔竜兵団が空中で足止めをしていた結合人魔が、最後の1体である。
しかし、その結合人魔にとどめを刺す前に――敵の本隊が、東の空に浮かびあがっていた。
『ふん。これは確かに、馬鹿げた戦力であるようね』
コカトリスが、どこかで忌々しげにつぶやいている。
ナナ=ハーピィに吊り上げられた僕は、まだひとりでこっそりと魔力の充電に取り組んでいた。結合人魔を一撃で消滅させるのにすべての魔力を放出してしまったため、回復に時間がかかるのだ。
よって僕は、ナナ=ハーピィの目を通して、新たな敵軍の到来を見届けることになった。
やはり東方から参じたのも、巨大なる結合人魔たちである。
その数は――どうやら9体であるようだった。
ただし、最初に迎え撃った結合人魔は3体であり、本隊はその10倍近い魔力を有していると目されていた。
では、どうして新たなる結合人魔の数が9体であるかというと――その内の1体だけが、途方もなく強大な魔力を有していたのである。
『……ナナ、あの小さな結合人魔に目を凝らしてもらえるかい?』
ナナ=ハーピィが『うん』と応じるや、その存在がくっきりと明瞭に知覚できた。
肉体の大きさは、もっとも小さい。他の結合人魔たちの、5分の1ていど――およそ20メートルていどであろう。ちょうど巨人族のネフィリムと同程度の体長だ。
そしてその形状は、胎児ではなく3等身ぐらいの幼子めいた姿をしており、頭には巨大な2本の角を、背中には蝙蝠のような翼を生やしていた。シルエットだけを見るならば、悪魔の子供をモチーフにしたユーモラスなキャラクターであるかのようだ。
ただし、その身に満ちた魔力は絶大である。
その他の結合人魔たちの、20倍はあるだろう。このような存在がまぎれこんでいたために、本隊の総力は先遣隊の10倍という数値に跳ね上がることになったのだ。
その理由は、もう歴然としていた。
あれは、中級人魔で錬成された結合人魔であるのだ。
この地には、2000体ほどの中級人魔が残されているのではないかと推測されていた。そのすべてが、あの結合人魔を形成しているのだと思われた。下級人魔の100倍の魔力を持つ中級人魔が2000体であるので、1万の下級人魔で錬成された結合人魔の20倍の魔力――という計算である。
『……みんな、落ち着いて聞いてくれ』
気配と魔力は押し殺したまま、僕は全兵団員に念話を飛ばしてみせた。
『あの、ひときわ強大な魔力を持つ結合人魔は、おそらく2000体の中級人魔で錬成されている。だから、たぶん……正面からぶつかったら、僕でも力負けするだろうと思う』
言葉にならない驚愕の念が、僕のもとに届けられてきた。
しかしそれは、厳然たる事実であろう。2000体の中級人魔を1体ずつ倒していくならばともかく、それがひとまとめになっているとすると――魔力の総量は、暗黒神をも上回るはずであるのだ。
『ただしそれは、あくまで正面からぶつかったらの話だ。魔力をぶつけあうだけが戦いじゃない。そのために、さまざまな術式が存在するわけだからね』
『暗黒神様の仰る通りです。結合人魔には知性も理性も存在しませんので、術式を発動させるのはそれを操る術者となります。それが魔術師であれ魔神族であれ、暗黒神様の叡智を上回ることは決してありえないでしょう』
ルイ=レヴァナントの冷たい声音が、そのように言いたててきた。
『また、術者を排除することがかなえば、結合人魔は制御を失います。暴れるしか能のない獣のごとき存在など、どれほどの魔力を備えていても脅威にはなりえません。まずは術者を発見し、それを排除するのです』
『うん、その通りだね。そのために、僕を補助をする部隊を編成してもらいたい。具体的には、結合人魔の動きを鈍らせる役目と、術者の存在を探り当てる役目だ』
『動きを鈍らせるなら、石化の術式を得意にするわたしとメドゥーサが相応しいでしょうね』
コカトリスが、鋭く割り込んでくる。
するとそこに、重々しい念話の声音がかぶさった。
『我……石化、得意である……』
『ああ、カトブレパスね。でも、あなたは空も飛べないじゃない』
『だったら。カトブレパスはあたしが運んであげるよ!』
嬉々として、ナナ=ハーピィも発言した。
『あたしだったら、コカトリスよりも素早く動けるしね! どう、ベルゼ様?』
『うん、それじゃあハーピィにカトブレパスの補助をお願いするよ。探知の役目に関しては……ファー・ジャルグにお願いできるかな? 僕の影に潜り込めば、敵との距離をおおよそ一定に保てるから、探知の術式を施すのにも都合がいいはずだ』
『やっぱりそうきたか。ま、今日はまだ何の仕事もしてないしねえ』
『よし。それじゃあ、僕とファー・ジャルグ、ハーピィとカトブレパス、コカトリスとメドゥーサの6名で、あの中級結合人魔を相手取る。他のみんなは、なんとか残りの結合人魔を食い止めてくれ』
そのとき――驚くべきことが起きた。
じわじわとこちらに接近してきていた結合人魔の数体が、なんの前触れもなく爆裂したのだ。
唖然とする僕たちの鼻先で、赤黒い肉片が雨のように大地を打つ。
それらは黒い塵と化すこともなく、世界を真っ赤に染めあげたようだった。
『ははっ! ようやく団長が仕事を果たしたみてえだな! 返り討ちにあったんじゃなくて、幸いだったぜ!』
ファフニールのはしゃいだ声が、念話として届けられてくる。
我を取り戻した僕は、『よし』と拳を握ることになった。
『侯爵領に向かったウロボロスが、人魔の術式の触媒を破壊してくれたんだ! 結合人魔の残りは、6体! 死力を尽くして迎え撃とう!』
爆裂したのは下級の結合人魔が4体であり、中級の結合人魔は変わらぬ姿でこちらに近づいてきている。その周囲にもう4体と、魔竜兵団が相手取っている先遣隊の1体で、残りは6体だ。
4万名もの人間が一瞬で生命を散らしたことに、心の片隅でひそかに恐れおののきつつ――僕は、同胞を鼓舞することにした。
『うまくいけば、他の結合人魔もいずれ同じように消滅するだろう! みんな、とにかく守りを固めて――』
しかし僕は、最後まで言い終えることができなかった。
中級の結合人魔が、凄まじい勢いで僕に肉迫してきたのだ。
『ナナ、カトブレパスをよろしく頼む!』
僕は単身で、さらなる高みに舞い上がった。
魔力はすでに、全回復している。
しかし――結合人魔は、それを上回る速度で僕を追いかけてきた。
逃げきれないと判断して、僕は防御の障壁を張る。
結合人魔の角から放たれた雷撃が、その障壁をいともたやすく突破して、僕の全身を包み込んだ。
漆黒の甲冑が、あちこち軋んで砕けそうになる。
その内側から、ジェンヌ=ラミアの悲鳴が聞こえた。そちらにまで被害は及んでいなかろうが、凄まじい魔力の波動は伝わったのだろう。これほど強力な攻撃をくらったのは、僕にしても初めての体験であった。
(魔神族は……すでにこんなものを作りあげていたのか)
僕は負けじと、雷撃を繰り出した。
しかしそれは、相手の障壁に弾かれてしまう。やはりこの結合人魔は、暗黒神をも上回る魔力を備え持っているのだ。
(でも……魔神族は、正面から総力戦を仕掛けてきたりはしなかった。これだけの怪物を作りあげても、まだ暗黒神に勝てるという確信は持てなかったんだ)
僕は戦闘フォームから飛行フォームに変形して、その場から離脱した。
結合人魔は全身の口から咆哮をあげ、すかさず追いすがってくる。
さらに、いくつもの雷撃を飛ばしてきたので、僕は防御するのではなく、機動力で回避してみせた。
(そうだ。強力な術式を発動させるには、複雑な演算が必要となる。こいつの術者の演算能力が、暗黒神を上回っていない限り……どこかに勝機はあるはずだ)
僕は螺旋を描きながら、天と地の間を駆け巡った。
さらに、術式で分身を生み出して、あらぬ方向へと飛び立たせる。結合人魔は威嚇の咆哮とともに、複数の雷撃を僕と分身たちに放出した。
分身は黒い塵と化し、僕は障壁の術式で雷撃を弾き返す。
攻撃を分散させたため、さきほどよりは格段に威力が落ちていたが――それでも、並の上級魔族では一撃で致命傷になりうる破壊力であった。
僕はさらなる分身を生み出して、同時に、目くらましの術式も発動させる。
とにかく僕は、的を絞らせないことに全力を注ぐしかないのだ。なおかつ、僕には暗黒神としての規格外の回復力が備わっていたので、長期戦には有利なはずだった。
僕たちのすぐそばでは、残る結合人魔と兵団員たちが死闘を繰り広げている。中級結合人魔の矛先がそちらに向いてしまわないように、僕はつかず離れずの位置関係をキープしながら、なんとか戦場の外へと誘導しなければならなかった。
『くそっ! こいつはこっちに見向きもしないわね! どうやら最初から、狙いは暗黒神様ひとりであったようよ!』
と、コカトリスの念話が響きわたった。
足止めの部隊も、すでに攻撃を開始していたのだ。しかし、結合人魔は全力で逃げ惑う僕と分身たちにぴったりと追従しているので、そこに石化の術式を叩きつけるのもひと苦労であるはずだった。
『ファー・ジャルグ、そっちはどんな具合かな? もう僕の影に入り込んでいるんだろう?』
『あー、きっちり探ってるよ。術者はおそらく、結合人魔の体内だね』
『まあ、そうだろうね。なんとか正確な位置まで特定しておくれよ』
『簡単に言ってくれるけどさ、こっちは2000もの人間の腐肉の山に潜り込んでるような気分なんだぜ? そんな簡単に見つけられたら、苦労はねえっての!』
肩をすくめている姿が想像できそうな、ファー・ジャルグの気安い念話であった。
『とにかくそっちは、自分の身を守ることに集中しておきなよ。なんだか、剣呑な雰囲気だぜ?』
それは、僕も気づいていた。結合人魔は凄まじいスピードで僕に追いすがりつつ、いつしか攻撃の手を止めていたのだ。
おそらく、体内で魔力を練りあげているのだろう。僕などは移動と目くらましにすべての魔力を注ぎ込んでいるというのに、あちらにはそれほどの余力が残されているのだ。
(どんな攻撃だ? 炎撃か? 雷撃か?)
僕はなんとか的を絞らせないように、縦横無尽に進路を変えた。敵の攻撃がやんでいる間に、分身もさらに追加しておく。
体長20メートルはあろうかという結合人魔の肉体が、体内の魔力と連動してびくびくと脈打っている。なんとなく――そのまま崩落してしまいそうな危うさが感じられた。
(もしかしたら、この結合の術式はそんなに長時間持続させることはできないんじゃないだろうか?)
僕がそのように考えたとき、結合人魔の角が黒く輝き始めた。
黒い輝きとは異な話だが、そうとしか表現のしようのない有り様であったのだ。そして、そこに渦巻く魔力の質量は、僕でも咄嗟に計測できないレベルに達していた。
(あれをまともにくらったら、たぶん暗黒神でも消滅する)
内心の恐怖を押し殺しながら、僕はその攻撃が繰り出される瞬間を待ち受けた。
あのように膨大な魔力は、いつまでも体内に留めておけるものではない。それは、ぎりぎり限界いっぱいまで引き絞られた弓のようなものであった。
そして――黒き輝きが、解き放たれた。
忽然と漆黒の太陽が生まれたか――あるいは、ブラックホールでも生じたかのようだった。
僕の作りあげた分身たちは、次々と黒い深淵の中に呑み込まれていく。
僕はすべての魔力を振り絞り、その暗黒が届かないほどの高みにまで舞い上がろうとした。
しかし僕は、間に合わなかった。
僕の飛行速度よりも、破滅の暗黒が膨張する速度のほうが上回っていたのだ。
僕の半身が、焼けるような痛みに包まれた。
ジェンヌ=ラミアが、再び悲鳴をあげていた。
このままでは、彼女までもが消滅してしまう。
その思いが、僕に限界以上の力を与えてくれた。
しかしそれでも、破滅の暗黒は僕の肉体を呑み込んでいく。
結果――僕は、左の腕と足と翼を失って、地上に墜落することになった。
『ベルゼ様!』
ナナ=ハーピィの悲痛な声が聞こえてくる。
それと同時に、僕は地面に叩きつけられた。
そしてその上に、結合人魔の巨体がのしかかってきた。
全身の甲冑が、音をたててひび割れる。
だが、相手も魔力を使い果たしていたのだろう。そうでなければ、この一撃で僕は絶命していたはずだった。
全身を圧迫される苦悶に耐えながら、僕は失われた魔力を補充する。
しかし、結合人魔もまた、大地から魔力を吸収しているようだった。
甲冑の亀裂が修復されるそばから、新たな亀裂が生まれていく。
欠損した部位を再生するゆとりなど、あろうはずもない。そして、肉体を大きく欠損している分、僕の回復はいっそう妨げられていた。
コカトリスたちは、頭上から結合人魔に石化の術式をあびせてくれているようである。
しかし結合人魔は、僕の上から動こうとしない。自分がどれだけの痛撃をくらおうとも、僕のほうが先に息絶えるのだと完全に確信しているようだった。
『手前! その薄汚い身体を、ベルゼ様から離しやがれ!』
結合人魔の肉体が、わずかに揺らぐ。ナナ=ハーピィも、全力で加勢してくれているのだ。
しかし、200体の上級人魔の壁さえ突き抜けた彼女でも、この結合人魔の肉体を突き破ることはできないのだろう。肉体までもが一体化しているゆえに、この結合人魔の堅固さは尋常でなかったのだった。
(こうなったら、最後の頼みは君だけだ……頼む、ファー・ジャルグ!)
僕がそのように念じたとき、待望していた言葉が聞こえてきた。
『えーと、もう手遅れかもしれねえけど、術者は結合人魔の左胸の辺り、人間でいうと心臓の部分で丸くなってやがるみたいだね』
手遅れではない。
しかし、大役を果たしたファー・ジャルグに念話を返すゆとりはなかった。
僕は半壊した姿で、可能な限りの魔力を振り絞ることになった。
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