4 迎撃態勢

 それからしばらく飛行したのち、見晴らしのいい砂漠地帯を発見した僕たちは、そこで迎撃の準備を整えることになった。


 運搬役を担っていたドラゴンたちが砂の上に不時着すると、その背の団員たちは闘志もあらわに散開する。これだけ広々とした場所であれば、誰もが自由に戦えるはずだった。


『もうしばらくしたら、まずは前方の人魔たちが見えてくるだろう。その前に、作戦を伝えておこうと思う』


 飛行フォームから元の姿に戻りつつ、僕はまた全兵団員に念話を飛ばしてみせた。


『敵が総力戦を仕掛けてきたのなら、こちらも全力で迎え撃つしかないだろう。ただし、ウロボロスにだけは特別任務に従事してもらいたい』


『ほう? 俺に、何をせよと?』


『……君はこの場を離脱して、単身で人間の領地を巡り、人魔の術式の触媒を破壊して回ってほしいんだ』


 ヨルムンガンドの背中から降りたウロボロスは、傲然と笑いながら僕のほうに近づいてきた。


『なるほど……俺の可愛い配下たちが決死の思いで戦っているさなか、俺だけが安全な場所に出向いて、腹も減らない退屈な仕事に励めということか』


『いや、そちらが安全とは限らないよ。敵だって、領地を空っぽにしているとは限らないからね。むしろ君は、単身でもっとも危険な場所に踏み込むことになるかもしれないんだ』


 ウロボロスの不敵な笑顔を真っ直ぐに見返しながら、僕はそのように言ってみせた。


『でも、これだけの敵を真正面から迎え撃って、相手が殲滅するまでやりあっていたら、こちらの被害も甚大なものになってしまうだろう。僕たちは魔神族や不死族や人間の王たちをも相手にしなければならないんだから、ここでそんなに大きな損害を出すわけにはいかないんだ』


『だからその前に、片っ端から人魔の術式の触媒を破壊していけ、ということか。まったくあなたは、慎重なんだか大胆なんだかわからないところがあるな、暗黒神様よ。……まあ、君主の命令に逆らうつもりはない』


 ウロボロスの体内から、凄まじいまでの魔力があふれかえった。

 そして――その漆黒の姿が、見る見る間に肥大化していく。やがて現出したのは、その場にたたずむどのドラゴンよりも巨大な、漆黒の魔竜であった。


 角も、翼も、鱗も、瞳も、すべてが闇のように黒い。

 ただ、口からこぼれる牙だけが、輝くように白かった。


『領地は、3箇所残されている。俺はまず、どの領地を目指すべきであるのだ? もっとも手近な、南方向の伯爵領か?』


『そうだな……レヴァナントは、どう思う?』


『はい。方角から考えて、下級人魔3万に相当する南方向からの軍勢が、伯爵領の勢力でありましょう。そちらは数が少ない上に、東方向の本隊よりも先に我々と接触いたします。長期的な視野で見れば、敵の本隊の領地と思われる2箇所の侯爵領から、まずは人魔の術式の解除を図るべきではないでしょうか』


『だそうだよ』と僕が告げると、巨大なる黒竜は『ふん』と鼻を鳴らした。


『死人風情に差し出口を叩かれるのは、気に食わんな。……ニーズヘッグよ、お前はどう思うのだ?』


『はい。まことに遺憾なことながら、私もレヴァナントと同意見になります。より大きな戦力を無効化することが、もっとも効率的でありましょう』


『では、東方向か』


 ウロボロスが飛び立とうとしたので、僕は『ちょっと待った』とストップをかけた。


『最初に運搬役を担った団員たちを、途中まで連れていってもらえるかな? 彼らはまだ魔力不足で戦闘にも参加できないから、どこか安全な場所に避難させておきたいんだ』


 すると、そのうちのひとりであるケツァルコアトルが、珍しくも不満そうな面持ちで進み出てきた。長身で、武人めいた立ち居振る舞いをする、端麗な面立ちの蛇神兵団副団長だ。


『わたしはさして争いを好む質ではないが、それでもこれほどの大きな戦いに参加できないことは心から無念に思う。ウィザーンに残されたラハムたちも、このような心地であるのだろうな』


『申し訳ないね。でも、君たちの働きがあったからこそ、僕たちはこの場にこうして立てているんだよ』


 僕が義體を纏っていれば、ケツァルコアトルに笑いかけてあげたいところであった。


『こちらの戦闘に巻き込まれないぐらいの距離にまで移動できたら、その場で待機していてくれ。移動中もその後も、決して魔力をこぼさないようにね』


『さあ、さっさと乗るがいい。文句のあるやつは、この場に置いていくぞ』


 ケツァルコアトルにフレスベルグにワイバーンといった顔ぶれが、巨大なるウロボロスの背中に飛び乗った。

 ウロボロスは、直径1メートルほどもありそうな漆黒の眼球で、僕を覗き込んでくる。


『では、出発する。……人魔なんぞに後れを取ったら許さんぞ、暗黒神様よ』


『うん。相手がどれだけの軍勢であっても、死力を尽くして勝利を勝ち取ってみせるよ』


「ふふん」と肉声で鼻を鳴らしてから、ウロボロスは巨大な翼を羽ばたかせた。

 その場に散開した団員たちの髪や獣毛をその暴風で蹂躙しつつ、ウロボロスの巨体が天高く舞い上がる。やがてその姿は夜の闇の中に消え、気配や魔力までもが消失した。


『よし、こちらも迎撃準備だ。敵の接近は南方と東方からで、後から到着する東方のほうが尋常でない戦力を有している。東方の敵軍が到着する前に、南方の戦力を可能な限り削っておこう』


 津波のごとき念話の応答が、全兵団員から伝えられた。

 そして――彼らもまた、それぞれの本性をあらわにしていく。

 かつてのデイフォロス攻略において、僕は別行動を取っていたので、このような光景を目の当たりにするのは初めてのことであった。


 ウェアタイガーは虎人間、アーヴァンクは青黒い体毛を持つ巨大ビーバー、バグベアは巨大な熊のごとき人獣、パイアは黒い巨大イノシシ――ニャミニャミは魚の頭部を持つ大蛇、アンフェスバエナは人身だが両腕が蛇の頭、ラハムは美しい真紅の鱗を持つ大蛇――ウィザーンに居残っている潜入捜査員にも同種の顔ぶれがそろっていたが、その本性を目にするのはひさびさのことだ。


 テューポーンは、背中に大きな翼が生え、両足がそれぞれ大蛇の尻尾に変じている。エキドナも翼を生やしているが、下半身はナーガと同じく1本の尻尾だ。彼らのように翼を生やしている蛇神族は、おおよそ魔竜族の血が混じっているとの話であった。


 ケルベロスやオルトロスたちはもとより本性をあらわにしていたし、同じく大地を駆けていた狼犬族のフェンリルたちも然りである。その中で、魔神族の血が混じっているというグラシャラボラスは、ちょっと愛嬌のある顔立ちをした翼のある犬であった。


 そして、巨人族のネフィリムである。

 彼女が本性を現すと、あちこちから楽しげな歓声が巻き起こった。

 巨人兵団の副団長であった彼女の本性は、体長20メートルを超す大巨人であった。その黒褐色をした肌は岩のような質感をしており、遥かなる天空で赤褐色の双眸が溶岩のように燃えている。魔竜族のドラゴンたちにも見劣りしない、それは勇壮なる姿であった。


 斯様にして、1000名弱の兵団員たちが、のきなみ本性をあらわにしている。

 広々とした砂漠には、彼らの発散する膨大な魔力が渦巻くことになった。


「さて……それじゃあ、ハーピィも準備してもらえるかな?」


「あ、ちょっと待っててね!」


 と、いまだに人間の姿を取っていたナナ=ハーピィが、いそいそと衣服を脱ぎ始める。その姿に、僕は面食らうことになった。


「な、何をやってるのさ? 服なんて、どうでもいいだろう?」


「どうでもよくないよ! これは、ベルゼ様が作ってくれた服だもん!」


 生まれたままの姿――ではないのだろうが、とにかくすっかり裸身になってしまったナナ=ハーピィは、にっこりと笑いながら脱いだ服をかき抱いた。


「これを着てると、いつでもベルゼ様にぎゅーってされてるみたいで、幸せなの! だから、大事に着てたんだー!」


「ああ、うん、だけど……服なんて、いくらでも作ってあげるのに……」


「そんなの、魔力の無駄遣いでしょ? まあベルゼ様にとっては、まばたきをするていどの手間なんだろうけどさ!」


 そう言って、ナナ=ハーピィは脱いだ衣服を僕に差し出してきた。


「これ、ベルゼ様が仕舞っておいてくれる? あたしが持ってたら、けっきょく破けちゃうだろうから!」


「ああ、うん……とにかく、本性に戻ってもらえるかな?」


「はいはーい!」と、ナナ=ハーピィは数日ぶりに本性をあらわにした。

 それでも上半身は裸身のままであるが、下半身のあれやこれやがさらけだされている状態に比べれば、格段に平穏である。僕は、存在しないはずの脈拍が上がってしまったような心地であった。


「……それじゃあ、魔力を譲渡するよ」


「うん! ベルゼ様のために、頑張るねー!」


 ジェンヌ=ラミアの一件があって以来、ナナ=ハーピィがこのように明るい表情を見せるのは初めてのことであった。

 やはり魔族の本能で、闘志をたぎらせているのか――それとも単に、僕の役に立てるのが嬉しいのか――それを判じかねながら、僕はナナ=ハーピィのやわらかい髪に手を置いて、暗黒神の魔力を受け渡した。


 ナナ=ハーピィの肉体が、めきめきと肥大化していく。

 やがて現出したのは、首を持たない巨鳥の胸もとに、人間の頭と胴体を埋め込まれた、災厄神のごとき異形である。さらに、こめかみからは悪魔のようにねじくれた角が生え、瞳は緑色の炎と化し、口からは鋭い牙がこぼれ落ちる。なまじ元々の容姿が端麗であるため、その姿は邪神のように美しく禍々しかった。


「ほう! これが噂の、魔力の譲渡か! これは、聞きしにまさる術式であるようだな!」


 メタリックシルバーの鱗を持つ巨大な魔竜が、僕たちのほうに顔を寄せてくる。陽気で豪快な、ヨルムンガンドである。


「俺ほどではないにせよ、それに近いぐらいの魔力があふれかえっているようだ! ハーピィごときがそのような魔力を受け入れて、よくも五体が弾け散らぬものだな!」


「へん! 今だったら、あんたにも負けない気がするけどね!」


 美しくも凶悪な顔で、ナナ=ハーピィは唇を吊り上げた。

 そこにひたひたと、新たな異形が近づいてくる。竜のような胴体と翼に、雄鶏のような頭と下肢を持ち、尻尾は蛇の頭であるという、コカトリスだ。彼女の大きさは馬ぐらいのものであるので、巨大な異形の群れの中にいると、優美ですらりと見えるぐらいであった。


「暗黒神様。やっぱりラミアは、この場でも解放しないのね」


「うん。それじゃあ魔獣兵団のみんなが納得しないだろうからね。……でも、いざというときには、彼女の力を借りるつもりだよ」


 コカトリスはいぶかしげに首を傾げたが、説明をしているいとまはなかった。

 南方から、人魔の気配が押し寄せてきたのである。


『よし、来たね。それじゃあみんな、ウロボロスが人魔の術式を解除するまで――』


 僕はそこで、思わず言葉を失うことになった。

 周囲の兵団員たちも、驚きに息を呑んでいる。

 それは確かに、人魔の群れであることに間違いはなかったのだが――僕たちの想像を絶した姿をしていたのだった。

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