第15章 反撃の狼煙
1 進撃開始
そうして僕たちは、暗黒城から出陣することとなった。
目指すは、東方区域――魔神族の、もともとの本拠である。ガルムを害してアンドレイナ王女を拉致した後、敵軍は北方に逃げ去ったという話であったので、そちらは守りも手薄であろうという見込みであった。
戦力は、魔獣と蛇神と魔竜兵団のほぼ総数、およそ1000名弱である。ほぼというのは、ウィザーンに派遣されていた潜入捜査員たちを帰還させる猶予がなかったためだ。敵軍が北方区域を占領するのが先か、こちらが東方区域を占領するのが先か――これは、そういう戦いであるのだった。
「俺たちは、1日半をかけて暗黒城を目指すことになった。ならばあいつらは、いまだ北方区域にも到着はしていないはずだな」
同じワイバーンに同乗していたウロボロスは、ふてぶてしく笑いながらそのように言いたてていた。
「だが、あいつらが北方区域に戻ると見せかけて、東方区域を目指したという可能性もあるだろう。もしも行った先で敵が雁首をそろえていたなら、どうするつもりであるのだ?」
「その場合は、北方か南方に進路を変更する。敵よりも早く地方の区域を占領して、人魔の術式を破壊し尽くしてやるんだ」
「ふむ?」と不平そうに声をあげたのは、血気盛んなヨルムンガンドであった。
「しかし、我々が北方に向かえば敵は南方に、我々が南方に向かえば敵は北方に攻め込む、ということになるのではないでしょうかな? そうしたら、けっきょく数多くの人魔が敵の戦力となってしまいますぞ。であれば、今の内に総力戦を仕掛けるべきでありましょう!」
「いや」と反論したのは、僕ではなくニーズヘッグである。いつでも沈着で神経質そうなしかめっ面をしたニーズヘッグは、不出来な生徒でも見る教師なような目でヨルムンガンドを見た。
「現時点でも敵は東方区域の人魔を従えているのですから、戦力は五分といったところでしょう。こちらが有利に戦いを進めるには、まず人魔の戦力を削ぎ落とす必要があるのです」
「だが、我々が北や南の区域を占領しても、東の人魔はそのままではないか? ならば、早々に総力戦を仕掛けたほうが――」
「あなたは暗黒神様の計略を何ひとつ理解しておられないのですね。同じ魔竜族として、羞恥の極みに思います」
「やかましいわい! だったら、わかるように説明せんか!」
ヨルムンガンドが怒声を張り上げると、ニーズヘッグは落ち着きはらった声で答えた。
「たとえば我々が北方区域を攻略している間、敵軍が南方区域に向かったとしましょう。そうすれば、東方区域が空となります。返す刀で東方区域を占領すれば、そちらの人魔は無力化することがかなうのですよ」
「うむ……? しかし、南方区域を占領されてしまったら、また同じだけの人魔を扱えるようになってしまうではないか?」
「しかし敵軍は、それ以上の動きを封じられることとなります。拠点を空ければ攻め込まれると知れるのですから、それ以上は総力で動くことがかなわなくなるわけです」
すでにヨルムンガンドは理解が難しくなっている様子であったが、ニーズヘッグはかまわずに言葉を重ねた。
「あとは、敵軍の動きに合わせて臨機応変に対処することとなりましょう。それでもなお拠点を空けて西方区域にまで向かうようであれば、空になった南方区域を占領し、南方区域に戦力を残しつつ西方区域に向かうようであれば、こちらは総力をあげて各個撃破する。それが、暗黒神様の立案された戦略となります」
「ああ、もういいわい! 俺の魔力をぶつける目標が定まったら、そのように告げるがいい! ややこしい話は、性に合わん!」
「であれば、最初から口を開かなければいいのです。あなたの相手をしなければならないこちらのほうこそ、無駄な労力をかけなければならないのですからね」
そうして両者のやりとりが収束すると、コカトリスが肩をすくめながら発言した。
「相変わらずね、あなたたちは。仲がいいんだか悪いんだか、さっぱりわからないわ」
「仲の善し悪しなど些末なことです。あなたこそ、魔獣族のように浮ついた言葉を口にされるのですね」
「そうね。魔獣の連中とは200年もそばにいたから、多少は感化されてしまったのかしら」
コカトリスは、挑発するように軽口を叩いた。魔竜族への使者などは御免こうむるなどと発言していたわりには、気安い態度である。
このワイバーンの背中には、すべての兵団の主要メンバーが集結していた。魔竜兵団の4名とデルピュネ、魔獣兵団のケルベロスとオルトロス、蛇神兵団のナーガとエキドナとコカトリス、そしてナナ=ハーピィとルイ=レヴァナントとファー・ジャルグ――という顔ぶれだ。ケツァルコアトルやフレスベルグは、ワイバーンたちとともに団員を運搬する役を担ってくれていた。
ワイバーンたちは西方区域から暗黒城までの道のりでも魔力を振り絞ってくれていたが、稼働限界である2日間にまでは及ばなかったので、数時間の休息で力を取り戻している。そうして彼らは再び魔力を振り絞り、東方区域を目指してくれていたのだった。
このペースであれば、およそ1日で東方区域に到着することができる。その代償として、ケツァルコアトルたちも戦闘には参加できなくなってしまうのだが――それよりも、僕たちは移動時間の短縮を重要視することにした。くどいようだが、これは時間との戦いでもあるのだ。
「ところでさ、東方区域の領地だって、完全に空っぽなわけではねえんだよな? 魔神どもが引き連れてるのは、上級と中級の人魔だけなんだからよ。だったら、何万だか何十万だかの下級人魔は、領地で留守番をしてるってこったろ?」
と、今度はファフニールがそのように言いたててきた。魔竜兵団の幹部たちは誰にも気後れがないためか、みんな雄弁であるのだ。
ニーズヘッグは黙殺のかまえであったので、僕が「そうだね」と応じてみせる。
「でも、下級の人魔だけなら、そう厄介な相手ではないからね。もちろんすべての下級人魔を殲滅するっていう話だったら、厄介どころの話じゃないけどさ。僕たちは、とにかく人魔の術式の無効化を最優先に考えればいいんだよ」
「あー、つまりは暗黒神様や団長なんかが人魔の術式をぶっ壊してる間、俺たちは下級の人魔の足止めをしてりゃあいいわけか。だったら、楽勝だな」
「ふん! 楽勝すぎて、物足りないぐらいだな! 少しは手応えのあるやつが居残っていてほしいものだ!」
「その可能性だって、なくはないからね。くれぐれも、油断しないようにお願いするよ」
僕はそのように言ってみせたが、べつだん危機感を抱いたりはしていなかった。こと戦闘に関して、彼らはいずれも歴戦の勇士であるのだ。生後ひと月足らずの僕などよりは、よほど戦場の心得をわきまえているはずであった。
「ところで……ひとつ、はっきりさせておきたいことがあるのだが」
と――暗黒城を出て以来、ずっと沈黙を守っていたオルトロスが口を開いた。
「魔獣兵団には、新たな団長が必要だ。暗黒神様は、どのように考えているのだ?」
「え? ああ、そうか……新しい団長を定めるのは、暗黒神の役目だったのかな?」
「ここ100年の暗黒神様であれば、そうしていた。それより前は、自分たちで勝手に選べと言っていたな。……現在の暗黒神様は、どうなのだ?」
それは、僕がこれまでと異なる人格である、ということを踏まえた上での発言であった。
それをありがたく思いながら、僕は「そうか」と答えてみせる。
「だったら、自分たちで選んでもらおうかな。まだ僕は、数百名もいる団員たちの細かい部分までは把握しきれていないからさ」
「そうか。ならば俺は、ケルベロスが相応しいように思う」
ケルベロスは「あん?」と片方の眉を吊り上げた。
「いきなり何を言ってやがるんだよ? 俺はまだ生まれ変わってから10年ぽっちの若造なんだぜ? 副団長だったあんたが繰り上がるのが普通だろうがよ?」
「しかし俺は、ガルム団長の悪い面ばかりを受け継いでしまっている。ガルム団長ほどの魔力も持たないくせに、ガルム団長と同じぐらい短慮だからな」
そう言って、オルトロスはふっと苦笑をこぼした。
「現に俺は、罪もないレヴァナントやファー・ジャルグを殺そうとしてしまった。ウロボロスたちの言う通り、それは許されざる罪だろう。その罪も贖わないまま、団長の座を担うことなどはできん」
「だったら、フレスベルグなりカトブレパスなり、他にも候補がいるだろうがよ? 俺はまだ、あいつらほどの魔力は絞り出せねーんだぜ?」
「もちろん俺も、考えた上でのことだ。しかし、そういった連中はいずれも口をきくことや頭を使うことを苦手にしている。どれだけ強大な魔力を持っていても、それでは団長などつとまるまい。群れを率いるのにもっとも適しているのは、やはり狼犬族であるはずだ」
「だったら、フェンリルだとかグラシャラボラスだとか――」
「フェンリルは俺以上に短慮だし、グラシャラボラスは魔神族の血も引いている。べつだんグラシャラボラスが俺たちを裏切ることはあるまいが、この時期に団長として据えるには不相応だろう。……そもそもあいつらは、団長の座など面倒がるに違いあるまい」
「そんなもん、俺だって面倒だよ!」と、ケルベロスは自分の黒い髪をわしゃわしゃとかき回した。その姿を見返しながら、オルトロスは表情を引き締める。
「お前は確かに幼いと言ってもいいぐらいの齢だが、グラフィスでもしっかり団員をまとめあげることができていた。それに……蛇神族ばかりでなく、人間族ともうまくやっていたではないか。このややこしい状況の中では、お前のようなやつこそが団長の座を担うべきであるように思うのだ」
ケルベロスは、ふてくされた様子で口をつぐんでしまう。
その表情を微笑ましく思いながら、僕も意見を述べさせてもらうことにした。
「だったら、他の団員たちにも聞いてみればいいんじゃないのかな? ケルベロスよりも団長に相応しい団員がいるようなら、その名前をあげてもらえばいいよ」
「ああ、そいつは名案だな。悪いが、他の連中に念話を飛ばしてもらえるだろうか? こんな状態で魔獣族だけを選んで念話を飛ばすことなど、暗黒神様にしかできなかろうからな」
「うん、了解だよ」
ワイバーンの背中の上で、僕は探知の触手を八方に巡らせることになった。
そうして数百名にも及ぶ魔獣族だけを選別し、念話を送り届けてみせる。30秒とかからずに、僕はすべての返事を受け取ることができた。
「ケルベロスが団長で、誰も異存はないってさ。就任、おめでとう」
「何もめでたかねーよ! それに、ウィザーンの連中にだって聞くべきだろうがよ?」
「うん。この距離なら、まだ念話も届くんだよ。満場一致で、可決みたいだね」
ケルベロスはがっくりうなだれると、彼らしくもなく大きな溜め息をついた。
「どいつもこいつも、面倒ごとを押しつけやがって……後からどんな文句があがっても、俺の知ったこっちゃねーからな!」
「ああ。よろしく頼むぜ、ケルベロス団長」
「うるせーよ! あんたにだって楽はさせねーからな、オルトロス! あんたは副団長のまんま、未熟な俺の尻ぬぐいをしやがれ!」
かくして、魔獣兵団は新たな団長を迎えることになった。
ケルベロスであれば、立派にその役目を果たすことができるだろう。ガルムもそのように思ってくれるに違いないと、僕は心から信じることができた。
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