4 審問

 僕は意識を失ったジェンヌ=ラミアの身体を甲冑の内部に仕舞い込み、壇上の玉座へと歩を進めた。

 ただし玉座には座らずに、そこから再び大広間を見回す。


 大広間には、数多くの団員たちが群がっていた。

 もともと身を休めていた魔獣と蛇神の兵団員たちが200名ほどで、魔竜兵団の団員は250名ほど。残りの500名ほどは、暗黒城の各所で身を休めているのだろう。

 それよりも先に、僕はウィザーン公爵領に居残っている潜入捜査員たちへと念話を飛ばすことにした。


『パイア、そっちは潜入捜査の最中かな?』


『なんだ、ずいぶんひさびさの念話だね。……この刻限は兵士や魔術師どもの巡回が鬱陶しいんで、領地の外で待機してるよ』


 ガルムの死を知らされた際には怒り狂っていたというドリュー=パイアも、今はすっかり落ち着きを取り戻したようだった。

 僕は、千々に乱れる思いを何とか抑制しながら、「そうか」と答えてみせる


『それなら、ちょうどよかったよ。これから伝えたいことがあるんで、他の団員とも念話を共有できるようにしてもらえるかい?』


『ずいぶん七面倒な命令をしてくれるもんだね。……ああ、このレヴァナントの使い魔に触れてりゃあ、下級の連中でも話を聞くぐらいはできるだろうさ。なんでも好きにしておくれよ』


『ありがとう』と伝えてから、僕は自分の胸甲に手を置いた。

 そうして昏睡の術式を解除すると、ジェンヌ=ラミアは甲冑の内部で覚醒する。


「どうして……どうしてわたしが、まだ生きているのよ……? まさか、あなたが邪魔立てしたの……?」


「うん、そうだよ。君もみんなと一緒に僕の言葉を聞いてくれ、ジェンヌ」


 そうして僕は、城内のすべての団員たちにも呼びかけた。


『みんな、休息中に申し訳ないけど、しばらく僕の言葉を聞いてほしい。これから大事な話をさせてもらいたく思う』


 暗黒城にはもともと細工が施されているため、僕や部隊長であればいつでも城内の全団員に念話を送ることができるのだ。

 目の前にいる団員たちの多くは、いっそう困惑した様子で僕を見上げていた。


「ここからは、肉声と念話の同時通達にさせてもらうよ。……たった今、先日の襲撃に関して重大な事実が発覚した。まずはそれを周知させてもらおうと思う」


 そうして僕は、ジェンヌ=ラミアの行いを全団員に通達することになった。

 城内のあちこちから、怒りと惑乱の波動が伝えられてくる。誰にとっても、蛇神兵団員にして暗黒神の侍女たるジェンヌ=ラミアの裏切りは衝撃であるはずだった。


「彼女の身柄は現在、僕が保護している。団長のガルムを失った魔獣兵団のみんなはやりきれないだろうと思うけど、彼女の処断については僕に一任してほしい。僕はその前に、責任の所在をはっきりさせておきたいんだ」


「まさかあなたは、そのラミアを殺さずに済ませようという考えであるのか?」


 壇の下から、ウロボロスが問いかけてくる。その黒い水晶玉じみた双眸には、まだ正体の知れない激情が渦巻いていた。


「それをこれから、論じ合わせてもらいたいんだよ。確かに彼女は許されない罪を犯したけど、僕にだって責任の大部分があるはずだ。彼女を処断するなら、僕だって処断されるべきだろうね」


「ふん。あなたを滅ぼすには、この場にいる全団員の力が必要となるだろうな」


「うん。みんながそれを望むなら、そうするべきだろうと思うよ」


 そのためにこそ、僕はこのような場に立っているのである。

 ナナ=ハーピィは、さきほどからずっと心配でたまらなそうに僕を見つめてくれていた。


「ラミアが馬鹿な真似をしてしまったのは、暗黒神である僕の人格が入れ替わってしまったからだ。僕がかつての暗黒神のように、彼女を愛さず、伽を申しつけたりもしなかったから、彼女は絶望することになった。その心情の変化をきちんと見て取ることのできなかった僕のせいで、今回のような事態を招くことになった。本当に……僕は取り返しのつかないことをしてしまったのだろうと思う」


「…………」


「それにもう一点、僕は失敗を犯してしまっていた。叛逆者の一派が人間の王女であるアンドレイナをそこまで重要視しているなんて、まったく想像もしていなかったんだ。こんなことなら、彼女は最初から暗黒城にかくまっておくべきだった。そうしたら、ガルムが生命を散らすようなことにもならなかったはずなんだ」


「そんなことは、誰にも想像できていなかったわ。今だって、あいつらが何のためにそんな真似をしたのか、わたしにはさっぱりわからないもの」


 と、今度はコカトリスが声をあげてくる。彼女は城内の団員たちにも念話を飛ばしてくれていたので、僕はウィザーンの面々にも同じ言葉を伝えておくことにした。


「叛逆者の一派も最終的には王都の支配を狙っているんだろうから、王都の内情を知るためにアンドレイナの記憶を探りたかったのかもね。僕は、そこまで想像しておくべきだった。そうしたら、彼女をデイフォロスに残したりはしなかっただろう。かえすがえすも、僕の見通しが甘かったんだよ」


 そこで僕は、いったん呼吸を整えておくことにした。

 僕はこの場で、僕自身を審問してもらうつもりであったのだ。


「それに……彼女をデイフォロスの統治者に選んだのは、僕の悪巧みのせいだった。僕は王族である彼女こそが、人間を統治するのに相応しい存在であるかもしれないと考えていたんだ。そんな考えがなかったら、僕は最初から彼女を暗黒城に幽閉していたかもしれない。二重三重に、僕の見通しが甘かったんだよ」


「…………」


「僕は、ガルムの死に大きな責任を感じている。僕は、魔族の君主に相応しい存在なんだろうか? それをみんなに、判じてもらいたい」


 そうして僕は、その言葉を口にした。


「僕はこれまで、みんなに真情を隠していた。僕は、本当は……人間族との共存共栄を目指していた。そのために、人間はなるべく殺さずに済むように、あれこれ作戦を立案していたんだよ」


 大きな驚愕のうねりが、波動となって僕のもとにまで届けられてきた。

 その波動を全身で感じながら、僕は言葉を重ねてみせる。


「ただ僕は、無条件で人間を守りたいと考えたわけじゃない。僕はそれまでの記憶を失っていたから、この世界の人間というものがどういった存在であるのか、それを見定めたかったんだ。その上で、人間を滅ぼすべきか、ともに生きていくべきか、それを判じたいと考えていた。また、それと同時に――同胞である君たち魔族がどういった存在であるのか、それを見定めようとしていた。この世に生まれ落ちたばかりであった僕は、誰が敵で、誰が味方なのか、それを自分で判断するところから始めなければならなかったんだ」


「…………」


「繰り返すけれど、僕は人格が入れ替わっている。かつての僕は、ここではない異界の人間に過ぎなかったんだ。それがおそらく再生の儀の生け贄として使われて、人格だけが暗黒神に宿ることになった。僕は暗黒神としての魔力を備え持っているけれど、記憶や、性格や、価値観なんかは、異界で育った人間のそれだ。だから……言い訳じみてしまうけれど、色々と判断を間違ってしまったんだろうと思う」


「…………」


「でも僕は、暗黒神として正しく振る舞いたいと願っていた。僕の周囲にいるみんなのことは大事な仲間だと思えるようになっていたし、そのために力を尽くそうと考えていた。人魔の術式を残らず破壊して、この世界に魔力を蘇らせて、その上で……人間族とも正しい関係を結びたいと考えていた。僕が隠していたのは、その最後の一点だけだ。それに、君主としての権力で、君たちを無理に従わせようというつもりもなかった。君たちは君たち自身が人間と接し、生かすに足る存在であるかどうかを判断してもらいたかったんだ。それが本当の真情であるということを、僕はこの場で誓わせてもらいたい」


「…………」


「僕はやっぱり、人魔の術式に関わる存在だけが間違っているように思っている。人魔の術式を操る魔術師と、その力で人間の世界を支配している王と、現在の王政に賛同している貴族たち――それこそが、魔族の敵だと思っているんだ。そういったものたちを殲滅すれば、他の人間たちとは健全な関係を結べるんじゃないかって、そんな風に期待している。もちろん、期待を裏切られる可能性も考慮しているけどね」


「…………」


「そして、魔神族と不死族については――彼らがどういった思惑で暗黒神を裏切ったのかはわからないけれど、ガルムを殺し、巨人族を殲滅した彼らを許すことはできない。また、魔神族はもともと他の魔族をないがしろにしていた一族だと聞かされていたから、彼らと敵対することに迷いはなかった。最初の内は、人間族を守るために、怒りの矛先を魔神族に向けさせようという思惑もあったんだけど……もはや彼らは、僕にとっても許しがたい存在だ。その罪を償わせない限り、彼らと和解することはできないだろう」


「…………」


「以上が、僕からの表明だ。これまで君たちに真情を隠していたことを、心から謝らせてもらいたい。僕は君たちと理解し合いたいと願っていたのに、自分のほうが真情を隠してしまっていた……そもそもは、それこそが間違いであったんだ」


 僕は、握った拳を自分の胸もとに押し当てた。

 どこにも存在しないはずの、心臓が痛い。全力で抑え込んでいる無念と悲しみが、僕の魂を責め苛んでいるのだ。


「ガルムを失ってしまったことで、僕はようやくその事実に気づくことができた。僕はもう、ガルムに真情を伝えることができない。……そのことが、無念でたまらないよ。たった20日間ていどのつきあいだったけど……僕は、ガルムのことが好きだった。いつかはきちんと理解し合いたいと思っていた。だけどもう、その望みがかなうことはない。僕が浅はかであったために、その機会を永久に失ってしまったんだ」


「…………」


「だからせめて、君たちとは理解し合いたい。それが無理なら、僕なんかが君主でいる資格はないだろう。だから……僕の罪を、みんなに判じてもらいたい」


 大広間に、静寂が垂れこめる。

 それを破ったのは、やはりウロボロスであった。


「では……俺たちがあなたを君主として認めないと決断したならば、その生命を大人しく差し出そうとでも抜かすつもりか?」


 ウロボロスは暗黒城に張り巡らされた術式の中に潜り込み、城内の全員に念話で同じ言葉を伝えているようだった。

 僕はその言葉をウィザーンの面々にも伝えてから、「うん」と応じてみせる。


「僕自身、疑問に思っているんだよ。もともと人間であった僕なんかが、魔族の君主に相応しい存在なのだろうかってね。……それと同時に、暗黒神の存在そのものにも疑問を抱いているんだけどさ」


「暗黒神の存在そのもの?」


「うん。暗黒神は再生の儀を行うたびに、わけのわからない発言を繰り返していたんだろう? それに、そのたびに気性が大きく変わっていたとも聞いている。先代の暗黒神は破壊欲と色欲の権化で、先々代の暗黒神は怠惰と食欲の権化で……そんな風に気性が変わるのは、やっぱり人格そのものが入れ替わってたっていうことなんじゃないのかな?」


「…………」


「どれだけ桁外れの魔力を備え持っていたって、そんな不安定な存在を君主に据えるのは、やっぱり危険なことだと思うんだよ。いや、そんな存在が桁外れの魔力を持ってることこそが、一番危険なことなのかな。だから僕は、暗黒神そのものの存在意義を問いたいと思っている」


「…………」


「もしも君たちが、こんな得体の知れない存在を君主として認めることはできないっていうんなら……僕も、覚悟を固めるよ。全団員の力なんて必要ない。僕は抵抗しないから、好きなように始末してほしい」


 ウロボロスはそっぽを向いて、「くそくらえ」と言い捨てた。


「俺は、あなたを上回る魔力を身につけることを目標としている。無抵抗のあなたを塵に返したって、俺には得るものなど何もない」


「そうね。本当に、くそくらえという心境よ」


 コカトリスは、黄色い瞳でじっと僕を見つめていた。

 その唇は――吊り上がるのではなく、への字になっている。


「あなたの力なくして、魔神族や人間の王どもを滅ぼせるわけがないじゃない。あなたにはそんなこともわからないのかしら、暗黒神様?」


「そうか。だったら誰かに君主の座を譲って、僕が配下になったりとか――」


「だから、くそくらえよ」


 コカトリスは荒っぽく、僕の言葉をさえぎった。


「わたしたちがどれだけ他の種族とそりが合わないかは、あなたも理解しているでしょう? たとえばこのウロボロスが新たな君主になったとして、わたしたちや魔獣族の連中が素直に従えると思う? 魔神族とやりあう前に、仲違いをして全滅よ」


「ふん。全滅するのは、お前たちだけだがな」


「ほら、これだもの。……わたしたちの君主がつとまるのはあなただけなのよ、暗黒神様」


 コカトリスが、ふっと微笑をこぼした。

 いつもの妖艶な笑みではなく、子供に言いきかせる母親のような表情である。


「あなたが君主の座を下りたいのなら、そうすればいい。でもそれは、君主としてのつとめを果たしてからよ。人間の王と裏切り者どもを殲滅して、人魔の術式をこの世から根絶する。それを成し遂げられるのは、あなただけなの。もしもあなたが暗黒神の存在を疑問に思っているのなら、次の再生の儀を迎える前に――100年の歳月が過ぎ去る前に、それを成し遂げてちょうだい。それなら、万事が丸く収まるじゃない」


「……うん。コカトリスがそんな風に言ってくれるのは嬉しいよ。でも、みんなの気持ちを確認しないことには――」


 その瞬間、凄まじいまでの波動が僕の甲冑を震わせた。

 城内に居合わせた1000名近い団員たちから届けられる、念話の波動である。

 さすがの暗黒神でも、それらのすべてを音声として知覚することはできなかった。

 しかし――そこに渦巻く情念は、見誤りようがなかった。それらはすべて、同一の色合いを有していたのだ。


『我々の君主は、暗黒神様です!』


『今さらその座をお捨てになることは許されません!』


『ウロボロスなんざに君主を任せたら、ひでえことになっちまいますよ!』


 ときおり聞き取れる言葉には、そんな感じの意味が含まれていた。


「どう? これでも不満なのかしら?」


「いや……だけど、人間の扱いに対しては、どうなんだろう? 人間との共存共栄なんて、なかなか簡単に許せるものではないだろう?」


「そんな話は、人間の王たちを始末してから考えればいいのよ。気に食わなければ滅ぼすし、そうじゃなかったら放っておけばいい。あなただって、そういう気持ちだったのでしょう?」


 そんな風に言ってから、コカトリスはそっと目を伏せた。


「あなたは少しだけ、判断が遅かったのよ。デイフォロスを占領してから、すぐにこうやってすべての心情を打ち明けてくれていれば……ラミアも道を踏み外さずに済んだのじゃないかしら」


「うん……だから僕も、ようやく生命を捨ててでも告白する覚悟を固められたんだよ」


 僕は、漆黒の胸甲に手をあてがった。

 ジェンヌ=ラミアは、言葉もなく泣きふしている。彼女を体内に閉じ込めている僕には、その悲しみの波動がありありと感じ取れた。

 誰に何と言われようとも、彼女の運命を狂わせてしまったのは僕であるはずだ。彼女が犯した罪については、僕がともに背負っていかなければならなかった。


「暗黒神様」と、オルトロスが僕の前に進み出てくる。

 その姿は、いつの間にか半人半妖の姿に戻されていた。


「俺には、あなたの言葉を理解するのは難しい。ただ……あなたには正しい道を示してほしいと願っている」


「正しい道?」


「ああ。ガルム団長はあなたを君主として崇拝し、そして死んでいった。あなたが正しい存在でなければ、それは無駄死にとなろう。それだけは……絶対に許せない」


 オルトロスは落ち着いた顔をしていたが、その双眸はこれまでよりも激しく燃えていた。


「俺の無念は、誰に、どのようにしてぶつければいいのだ? それを向けるべき相手がそのラミアではない、というのなら……俺が魔力をぶつけるべき相手を、示してもらおう」


「そうだな。あなたが魔族の君主であるという運命から逃げることはできん。あなたには、我々を導く責任があるのだ」


 そのように言葉を重ねたのは、ウロボロスであった。


「さあ、命令を下すがいい、暗黒神様よ。犬どもの手傷は癒えているのだから、いつまでもこのような場所に閉じこもっている理由はあるまい。卑劣な裏切りを受けた俺たちは、どこでどのようにこの怒りを晴らすべきであるのだ?」


 ウロボロスの言葉に賛同するように、城内の団員たちも凄まじいまでの念話を響かせていた。

 彼らはみんな、怒りのぶつけどころを求めていたのだ。ガルムを団長としていた魔獣族ばかりでなく、蛇神族も魔竜族も――彼らは全員が、闘争本能の塊と化したかのようだった。


 1000名近い同胞の思いが、空っぽの僕を満たしていく。

 僕は心を偽ることなく、彼らの怒りに共感することができた。


「わかったよ。みんなが僕を、君主として認めてくれるなら……叛逆者の一派に反撃だ。魔獣、蛇神、魔竜の全兵団で、敵の拠点を攻撃する」

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