3 告白

「貴様が……俺たちを裏切ったのか?」


 オルトロスが、凄まじい殺気をはらんだ声を振り絞った。

 その姿を傲然と見返しながら、ジェンヌ=ラミアは唇を吊り上げる。


「ええ、そうよ……ガルムはまんまと生命を散らしてしまったわね……まあ、魔獣族が何匹くたばろうとも、わたしの胸は痛まないけれど……」


「貴様!」と、オルトロスが再び火炎を吐き出した。

 僕は内心の驚愕を力ずくで抑えつけながら、なんとかその攻撃を無効化してみせる。


「どうして邪魔立てをするのだ! まさかあなたは、この期に及んでその裏切り者を庇い立てするつもりではなかろうな!」


「やかましいぞ、犬ころめ」


 そのように答えたのは、もちろん僕ではなかった。

 そして僕が止める間もなく、ウロボロスが右腕を振り払う。そこから放たれた魔力の弾丸が、オルトロスを後方に吹き飛ばした。


「手前、何をしやがる!」


 とたんに、ケルベロスたち魔獣兵団の団員がウロボロスを取り囲んだ。

 黒い双眸を妖しく瞬かせながら、ウロボロスは「はん」と鼻で笑う。


「何をしやがるは、こちらの台詞だな。そこの犬には勝手な真似をするなと忠告しておいたはずだ。たとえ裏切り者であろうとも、生殺与奪の権利を持つのは暗黒神様だ。主君の許しもなく、勝手な真似をするんじゃねえよ」


 ケルベロスらは怒気もあらわに、じりじりと包囲をせばめてくる。

 すると、ウロボロスのそばにいた4名の魔竜兵団員たちも、その身から魔力をこぼし始めた。


「面白い! 魔獣風情が、我々とやりあうつもりか?」


「キャハハ! ほーんと、身のほど知らずだね!」


「ま、いいんじゃねえの? 他にやりあう相手もいねえみたいだしな!」


「暗黒神様のご意向に逆らうということは、魔獣族も背信者と見なす他ないでしょう」


 僕は体内に満ちた激情に流されるまま、「待ってくれ!」と叫んでみせた。

 同時に魔力がこぼれてしまい、今にも飛びかかろうとしていたウェアタイガーやワーウルフたちがびくりと立ちすくむ。


「仲間同士で争うのは許さないと言ったはずだ! そんな真似をして、いったい何になるっていうんだよ!」


「では……あなたはどう決着をつけようというのだ、暗黒神様よ?」


 と――ウロボロスに吹き飛ばされたオルトロスが、じゃりっと岩盤を踏み鳴らしながら進み出てきた。その姿は、すでに巨大な双頭の凶犬に変じている。


「俺たちは、団長たるガルムを失ったのだ。それでもなお、その卑劣な蛇めを庇い立てしようというのなら……あなたは魔獣族を軽んじていると見なさざるを得ない」


「庇い立てなんてしていない。ただ、このまま処刑なんてしてしまったら、さっぱりわけがわからないままじゃないか」


 僕は、ジェンヌ=ラミアを振り返った。

 ジェンヌ=ラミアは、さきほどまでと同じように妖艶に微笑んでいる。


「まったくねえ……わたしをほったらかしにして身内争いなんて、つくづく馬鹿げているわ……ご苦労が偲ばれるわね、暗黒神様……?」


「ラミア、さっきの告白は本当のことなのか? 君が僕たちを裏切って……叛逆者の手引きをしたのか?」


 僕は感情を押し殺して、そのように問い質した。

「ええ、そうよ……」と、ジェンヌ=ラミアは嘲笑う。


「あの日の話し合いが終わった後、わたしは領地の外の見回りに駆り出されたでしょう……? そのときに、こっそり呼びかけてみたのよ……どうせ魔神族の連中は、デイフォロスの近くに使い魔をひそませているだろうと思っていたからね……」


「それで……会議の内容を密告したっていうのかい? どうして、そんな真似を?」


「どうしてって……それぐらい、察してほしいものね……」


 ジェンヌ=ラミアは鱗の生えた指先で、銀色の長い髪をかきあげた。


「わたしは、何もかも無茶苦茶にしてやりたかったのよ……そして、あなたに死んでほしかった……魔神族や不死族だけじゃあ頼りなかったから、それに手助けをしてあげたわけね……」


「ほう。狙いは、暗黒神様のお生命であったわけか」


 ウロボロスが、喜悦まじりの声を響かせた。


「いいぞ、蛇よ。その調子で、すべての罪をつまびらかにするがいい。貴様がどのような死にざまを迎えるのか、想像しただけで楽しくなってきたわ」


「あらそう……せいぜいお楽しみなさいな……こんな生命に、これっぽっちも未練はないからね……」


「どうしてさ!」と、ナナ=ハーピィが悲鳴まじりの声をあげた。


「あんた、あんなにしつこくベルゼ様に纏わりついてたじゃん! そんなあんたが、ベルゼ様の死を望むなんて……そんなの、信じられないよ!」


「あらそう……まあ、あなたのように低能な鳥女には、きっと理解できないのでしょうね……あなたがくたばるところを見届けられないことだけが、唯一の心残りだわ……」


 ジェンヌ=ラミアの紫色の瞳に、初めて激情の光が閃いた。

 それを見て、ナーガが低く声をこぼす。


「けっきょく、そういうことなのね……まあ、どうせそんなことだろうと思っていたわ。それが蛇神族の性だものね」


「なんだよ、ひとりで納得してんじゃねーぞ。まさか、手前もこいつを庇い立てしようってんじゃねーだろうな?」


 ケルベロスが鋭く声をあげると、ナーガは金色の髪を揺らして頭を振った。


「これだけの真似をしたラミアを庇い立てできるはずがないわ。……要するに、あなたはハーピィに嫉妬していたということね、ラミア」


「嫉妬?」と、ナナ=ハーピィは目を丸くした。


「何それ? あたしら、100年も前からベルゼ様の侍女じゃん! 今さら嫉妬もへったくれもないでしょ!」


「へえ……だったらあなたはここ最近で、このわたしにちょっとでも嫉妬をする機会があったのかしら……?」


 ジェンヌ=ラミアの双眸が、紫色の炎と化しつつあった。

 下級の魔族とは思えないような迫力が、そのしなやかな肢体からあふれかえっている。


「再生の儀を終えて以来、暗黒神様の目にはあなたしか映されていなかった……こんな屈辱に耐えろだなんて、無理な話だわ……すべての元凶はあなたなのよ、ハーピィ……」


「だったら、あたしを狙えばいいじゃん! どうしてベルゼ様を殺さなきゃいけないのさ!」


「死ねば、無からやりなおせるじゃない! わたしは暗黒神様と一緒に滅んで……次の生でこそ、愛し合う仲になりたかったのよ!」


 ジェンヌ=ラミアは、狂ったように哄笑をほとばしらせた。

 激情に燃えるその双眸からは、涙があふれかえっている。


「だから、すべてを無茶苦茶にしてやりたかったのよ! 暗黒神様をわたしのものにするには、もうそうするしかないのだからね! 悪いのは、みんな暗黒神様よ! 100年もかけてわたしの心を虜にしておきながら、いきなりごみくずのように放り捨てるなんて……そんな真似が、許されるというの?」


「だってそれは、再生の儀を終える前のベルゼ様じゃん! ベルゼ様は記憶を失ってるんだから、これまでのことなんて関係ないでしょ!?」


「ふざけないで! その後もずっと暗黒神様の寵愛を受けていたあなたなんかに、どうこう言われたくないわ! 夜の伽も独り占めにして、さぞかし内心ではわたしのことを嘲笑っていたのでしょうね!」


「ベルゼ様は、誰にも伽なんて申しつけてないよ! あたしだって、ずーっと寂しかったんだから!」


 ジェンヌ=ラミアの涙に濡れた双眸が、射るようにナナ=ハーピィを見据えた。


「見え透いた嘘はやめてちょうだい! あなたはデイフォロスを占領してから、毎夜を暗黒神様と過ごしていたじゃない! その間、1度も肌を重ねていないとでも言うつもり!?」


「ああ、そーだよ! だって夜には、レヴァナントかファー・ジャルグのどっちかが絶対ひっついてたもん! 嘘だと思うなら、そこのそいつらに聞いてみればいいじゃん!」


 悪鬼のように笑っていたジェンヌ=ラミアの顔が、初めて動揺に引きつった。

 その目が、探るようにファー・ジャルグとルイ=レヴァナントを見回していく。


「嘘よ、そんなの……だって、あなたと暗黒神様は……いつだって仲睦まじくしてたじゃない……」


「それは、あたしがそうしたかったからだよ! 伽なんて申しつけられなくても、あたしはベルゼ様と一緒にいられるだけで嬉しかったの! ……あんたは、そうじゃなかったの?」


 ナナ=ハーピィの翡翠のような瞳が、わずかに悲しげな光をにじませた。


「そういえば……デイフォロスを占領したあたりから、あんたはずーっとつまんなそうにしてたよね。夜も昼間も、ほとんどベルゼ様に近づこうとしなかったし……あの頃から、あんたはずーっと不満に思ってたんだ?」


「…………」


「あんたはそんなに、新しいベルゼ様が嫌だったの? 確かに伽は申しつけてくれなくなっちゃったけど、ベルゼ様はこんなに優しいし、こんなに格好いいじゃん。あたしは昔のベルゼ様より新しいベルゼ様のほうが、ずっとずーっと好きなのに……あんたは、そうじゃなかったの?」


「そうね」と答えたのは、ジェンヌ=ラミアではなくナーガであった。


「ちょうどその頃、わたしも暗黒神様と同じような言葉を交わしていたわ。復活の儀を終えてからの暗黒神様は、まるで別人のようになってしまったから……それを喜ぶ者もいれば、嫌がる者もいるでしょうってね」


 ナーガは、勇猛なる彼女には似つかわしくないぐらい悄然としてしまっていた。


「あの時にもっときちんと話し合っていれば、こんなことにはなっていなかったのかしら。そうだとしたら、それはわたしの責任だわ。まさか……ラミアがそこまで思い詰めていただなんて、わたしは考えてもいなかったのよ」


「だったらそれは、ナーガじゃなくって僕の責任だよ。僕だって、ラミアの様子がおかしいことには気づいていたんだから……もっと真剣に向き合うべきだったんだ」


 痛恨の思いで、僕はそのように言ってみせた。

 そして、彫像のように動かないオルトロスのほうを振り返る。


「ごめん、オルトロス。それに、ケルベロスも、フレスベルグも、他のみんなも……ラミアが心を乱して、ガルムを死に追いやってしまったのは、僕の責任だ。僕がもっと、ことの重大さを理解しておくべきだったんだ」


「そいつはまた、ずいぶん甘っちょろいことを抜かすんだな。何がどうあれ、ガルムを死に追いやったのはそこのラミアだろうがよ?」


 ウロボロスが正体の知れない激情を漂わせながら、僕を問い詰めてきた。

 だけど僕は、「いや」と首を振ってみせる。


「侍女であるラミアは、ずっと僕のそばにいてくれた。それなのに、僕は彼女の心を思いやることができなかった。何度も機会はあったはずなのに、正しい関係性を築きあげることができなかったんだ。すべての責任は、僕にあるはずだよ」


「志はご立派だけど、わたしもその言葉に賛同することはできないわね」


 コカトリスが、すうっと前に進み出てきた。


「あなたは最初から、人格が入れ替わったと言い張っていた。それなのに、かつての暗黒神様の存在を追い求めたのはラミアの勝手だし……それにあなたは、すべての団員たちを信頼していたはずよ。その信頼を裏切ったのは、ラミアだわ。だいたい、情が深いのが蛇神族の性だとしても、それを理由に同胞を死に追いやるなんて、そんなことは決して許されないわ」


「そうね……まったくその通りだわ……」


 ずっと静かにしていたジェンヌ=ラミアが、白い咽喉をのけぞらして頭上を仰ぎ見た。

 頬を伝った涙が、点々と足もとを濡らしていく。


「わたしはいったい、誰を愛していたのかしら……自分で自分の気持ちがわからなくなってしまったわ……」


「おい、ラミア――」


「あなたたちに頭を下げたって、誰の無念も晴れないでしょう……大地に返ったガルムに、まだ追いつくことはできるかしら……」


 ジェンヌ=ラミアは、右手で自分の咽喉をつかんだ。

 その魔力が彼女の首を吹き飛ばす寸前に、僕は昏睡の術式を発動させる。

 ジェンヌ=ラミアは、声もなく――まるでいつかの夜のように、意識を失って倒れ伏した。


「愚策ですね。そのまま死なせることこそが、最善の策であったかと思われます」


 ニーズヘッグの冷徹な声を聞きながら、僕はジェンヌ=ラミアの身体を抱きあげた。

 その白い咽喉もとには赤黒い火傷のような痕が広がり、端麗なる面には泣き疲れた幼子のような表情がたたえられている。

 僕は彼女に治癒の術式を施しながら、「いや」と宣言してみせた。


「そんなのが最善の策だとは思わない。僕はもう、自分の責任から逃げたりはしないよ」


 僕は、大広間の中に視線を巡らせた。

 この大広間は広大であるが、誰もが魔力を使って僕たちのやりとりを聞いていたことだろう。そこには、困惑と動揺の気配がひしめいていた。

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