2 帰還と再会

 夕刻――僕たちは、ついにデイフォロスへと帰還することになった。

 ウィザーン公爵領には200名強の団員を、王都には使い魔だけを残しての、凱旋である。鉱山の破壊任務に関わったのはほんの数名であったものの、あれだけの被害を王都にもたらすことがかなったのだから、凱旋と称しても差し支えはないだろう。


 出陣したときと同様に、確たる移動手段を持たない団員たちは、僕やフレスベルグといったメンバーが背中に乗せての帰還となる。いまだ魔力の回復していないガルムやケルベロスも、今回ばかりは僕の背中で揺られることとなった。


「帰りをお待ちしていた、我が君よ」


 僕を出迎えてくれたのは、居残り部隊の指揮官を担っていたオルトロスである。魔獣兵団の副団長で、本性は双頭の凶犬である、長身の青年だ。


「そちらも、お疲れ様。食事と酒の準備はできているかな?」


「ああ。レヴァナントに指示を出して、酒蔵の酒を大広間に運ばせておいた。肉のほうは、ザルティスどもがせっせと焼きあげているところだろう」


 そう言って、オルトロスは僕のかたわらに目をやった。ガルムはバグベアに、ケルベロスはワーウルフに、それぞれ肩を借りての帰還である。すました表情を保持しつつ、オルトロスは目もとで笑っていた。


「ケルベロスはともかく、ガルム団長がそのような姿をさらすのは、実にひさびさのことだ。つい先日の大きな戦でも、高笑いをあげながら人魔どもを相手取っていたのにな」


「やかましいわい。いいから、酒をよこせ」


「酒は、大広間だ。頭から浴びるなり、樽に飛び込むなり、好きにするがいい」


 そうしてデイフォロス城に帰りついた面々は、それぞれの安息の場へと歩を進めていった。

 ウィザーン公爵領へと舞い戻るフレスベルグに後事を託してから、僕は「さて」とアンドレイナの一行に向きなおる。


「それでは王女は、デイフォロスの統治者たちに引き合わせましょう。彼らも城に呼んでおいてもらったので、こちらにどうぞ」


 僕に同行しているのは、ファー・ジャルグとナナ=ハーピィの2名のみであった。ジェンヌ=ラミアは相変わらずの距離感であったので、ナーガやコカトリスの介護をお願いしておいたのだ。

 さらに、王女アンドレイナ、騎士のエウリコ、侍女のマルチェを含めた6名で、城の回廊を突き進んでいく。異形の魔物たちが同じ場所を行き交っているためか、アンドレイナとエウリコの表情はいささか硬かった。


「レヴァナント、もうすぐそちらに到着するからね」


 僕がそのように呼びかけると、胸甲の隙間から黒いネズミが這い出してきた。


『申し訳ありません。私は現在、城を離れております』


「え? どこで何をやっているのかな?」


『しばし手が空いたので、町の聖堂を調査しておりました。統治者たちは、お言いつけの場所に控えさせております』


 そろそろ夜が訪れようというのに、ルイ=レヴァナントはまだ立ち働いていたのだ。その勤勉さには、頭が下がる思いであった。


「了解したよ。そちらがひと区切りしたら、城に戻ってね。あらためて、王女たちを紹介するからさ」


『承知いたしました』と使い魔が引っ込んだ頃、目的の場所に到着した。執務室と称して、僕にあてがわれた一室である。

 僕が手をのばすよりも早く、ファー・ジャルグがその部屋の扉を申し訳ていどにノックして、開放した。


「暗黒神様の、おなーりー」


 部屋で待ち受けていた人々が、直立する。

 円卓を囲んだ人間は、10名。きちんと全員が顔をそろえているようだ。


「お待たせしたね。どうぞ楽にしておくれよ」


 そのように告げても、椅子に座ろうとする者はいなかった。まあ、農園長や区長などは、僕と顔をあわせるのもこれが2度目のこととなるのだ。魔族の首魁を前にして、そうそうくつろげるはずもなかった。


 もっとも奥まった場所の席が空けられていたので、僕たちはそちらに歩を進めてから、あらためて向きなおる。10名の統治者たちは、いずれも緊迫した面持ちであった。


「すでにレヴァナントから聞いていると思うけれど、今日から新たな統治者を1名、迎え入れることとなったよ。ジェルド王家の第一王女、アンドレイナだ」


 アンドレイナはその身分に相応しい優雅さで、一礼した。

 いっぽう騎士たるエウリコは、鋭い眼差しで統治者たちを検分している。農園長や区長たちは、その眼光の鋭さにいっそう委縮してしまったようだった。


「王女アンドレイナはまだ10歳の若さであるので、こちらの騎士エウリコを補佐官とさせていただくよ。だからまあ、統治者は12名ということになるのかな。いきなりの話で面食らっただろうけれど、人間にとって暮らしやすい環境を整えるために、手を携えていってもらいたい」


 そうして僕は、古参の人々にも自己紹介をしてもらうことにした。

 僕がきちんと名前を知っているのは、宰相のエドムントと補佐官のダニエルだけだ。その両名はさきほどから、食い入るように王女の姿を見据えていた。


「それじゃあ今度こそ、楽にしておくれよ。正式な会合は明日からだけど、何点か伝えておきたいことがあるんでね」


 古参の10名とアンドレイナが、円卓の座席に着席する。マルチェはともかくエウリコまでもが立ったままであったので、僕はそちらにも座るようにうながした。


「この場において、君の役割は王女の補佐官だ。あちらのダニエルと同じ立場であるのだから、それに相応しい振る舞いを心がけてもらえるかな?」


 エウリコはわずかに眉をひそめたが、文句は言わずに着席してくれた。

 僕自身はちょっと思案したのち、少女の義體に着替えることにする。一同の緊張を少しでもやわらげようと思っての行いであったが、漆黒の甲冑姿が一瞬で可愛らしい少女の姿に変じるさまに、何名かが身をすくめてしまっていた。


「……さて。ここ数日の会合の内容については、デイフォロスに戻る道行きでレヴァナントから聞かせてもらったよ。市民や農民たちの生活も少しずつ落ち着きを取り戻してきたようで、何よりだ」


「は……それも暗黒神様の寛大なお心ゆえでありましょう」


 宰相のエドムントが、へつらうような笑みをたたえる。それほど大柄ではないが、ころんと雪だるまのように丸っこい身体つきをした、壮年の男性だ。息子にして補佐官のダニエルは、それをひとまわり大きくしたような体格である。


「農民に与える賃金についても、おおよそ確定させることがかないました。もちろん、これで安定した生活を営めるかは、長きの時間をかけて見極める他ないかと思われますが……」


「うん。そんな一朝一夕に、安定した社会を構築できるわけがないからね。思うぞんぶん試行錯誤して、よりよい社会を目指しておくれよ」


「温かきお言葉、いたみいります」


 エドムントは、あくまで平身低頭のかまえであった。

 どうせ内心は筒抜けであるのだから、見せかけの謙虚さを取りつくろう必要はないと言い渡しているのだが、彼にとってはこのように振る舞うのが、もっとも気楽であるらしい。ならば、それを咎める理由はなかった。


「それで……そちらのアンドレイナ王女に関してなのですが……」


「うん、何かな?」


「わたくしは暗黒神様の配下として生きると誓約し、男爵の爵位を返上することと相成りました。然して、そちらのアンドレイナ王女は……王女のままであられるのでしょうか?」


 悠揚せまらず、僕は「うん」とうなずいてみせた。


「彼女は王家の第一王女という身分のまま、僕の配下となってもらったんだ。今後、現王政との戦いを重ねていく中で、王女の身分が有用となる可能性も残されているからね」


「はあ……左様で……」


「ただし、このデイフォロスにおいてはすべての人間が対等であるとさせていただいた。彼女は王女であるけれど、誰に命令を下せる立場でもない。身分としては、統治者たる君たちと対等だよ。だから、殿下とかいう敬称もつける必要はない。……少なくとも、今のところはね」


 そういった話は、アンドレイナにも説明済みであった。

 アンドレイナは、毅然とした表情で僕たちの言葉を聞いている。


「また、君たちと同じように、僕は彼女の記憶を探らせていただいた。彼女は現王の娘であるけれど、王国の法や社会が間違ったものであるという強い信念を抱いている。君たちとは、志を同じくすることができるはずだよ」


「なるほど」と、エドムントは眉を下げつつ微笑をこぼした。


「承知いたしました。今後はアンドレイナ王女とも手を携えて、このデイフォロスに然るべき社会を築かせていただきたく思います」


「うん、よろしくね。……アンドレイナ王女からも、一言どうぞ」


 アンドレイナは同じ表情のまま立ち上がり、10名の同志たちに深く一礼した。


「わたくしはまだ10歳の幼さであるけれど、人間は人間らしい暮らしをするべきだと、ずっと夢見ていたわ。そのためならば、力を惜しむつもりはありません。ともに、正しき道を進みましょう」


 農園長や区長たちは、気圧された様子で礼を返していた。

 そんな中、エドムントだけは探るような目つきになっている。アンドレイナ王女の存在は、自分にとって得になるのか損になるのか、懸命に見極めようと目を凝らしている様子である。


(こう見えて、エドムントはけっこうやり手だからな。アンドレイナとの間にどんな化学変化が生まれるか、ちょっと楽しみなところだ)


 統治者の面々は毎日記憶を走査されているので、叛心を抱いた者が放置されることはない。そういう場で、思うぞんぶん切磋琢磨してもらえれば幸いであった。


「それじゃあ、今日はここまでかな。アンドレイナ王女は明日の会合から参加するので、どうぞよろしくね」


 念話でリザードマンを呼びつけて、農園長たちを城外まで送らせる。それと入れ替えで、僕は騎士団の面々を招集することにした。


「失礼する。王女が到着したそうだな」


 先頭を切って入室してきたのは、このたび騎士団長に任命されたオスヴァルドである。

 それに付き従うのは、もともとデイフォロスの生まれであった4名の騎士たちだ。白い武官のお仕着せを纏った騎士たちは、幼き王女の気品ある姿に息を呑んだようだった。


「やあ、ちょっとひさびさですね、オスヴァルド。騎士の装いが、よくお似合いです」


「ふん。20年を経て、再びこのようなものを纏うことになろうとは、夢想だにしておらんかったがな」


 苦笑めいた表情で、オスヴァルドはそう言った。

 62歳という年齢で、その痩せた顔にはこれまでの苦労が年輪として刻みつけられていたが、初めて出会ったときに比べれば、驚くほど生命力に満ちている。もともとグラフィス公爵領でも騎士団長の座を授かっていたオスヴァルドは、その身分に相応しい威厳と風格を取り戻していた。


「こちらがアンドレイナ王女で、隣が騎士のエウリコ、そして侍女のマルチェです。今後は彼女たちも僕の配下として城で暮らすことになるので、どうぞよろしくお願いいたしますね」


「うむ。仔細は、レヴァナントから聞いておる。そちらのエウリコなる者は、騎士団に加わることもないのじゃな?」


「はい。当面は、王女の従者として過ごしてもらいます。それに彼は、統治者の一員でもありますからね。補佐官として、王女を支えてもらうつもりですよ」


 現状、騎士団の役割は、町や農園の治安を守る兵士たちの管理であった。新たに構築される社会の法を、領民たちがきちんと守っているか、それを見届ける役目である。僕の故郷における、警察機構のようなものであろう。


「ただ、それとは別に、オスヴァルドと王女には絆を深めていただきたいのですよね」


「ふむ? それは、どういった話であろうかな?」


「あなたと王女は貴き身分でありながら、現在の世界の在りように疑問を抱くことになりました。貴族や王族として安楽な生活を与えられつつ、そこに埋没しなかったという、強靭で清らかな心をお持ちであるのでしょう。……そんなあなたがたが絆を深めてくださったら、僕も安心して人間族の統治をおまかせできるのですよ」


 オスヴァルドはいくぶん困惑したように、アンドレイナのほうを見やった。

 アンドレイナもまた、同じような面持ちでオスヴァルドを見返している。


「エドムントやダニエルも現王政に叛旗を翻すことになりましたが、それは人魔の術式の影響から解放されたのちのことです。その影響下でも人間らしい心を失わなかったあなたがたは、賞賛に値すると思います。極端な話、すべての人間があなたがたのような存在であったなら、魔族と対立することにもならなかったのでしょうしね」


 そう言って、僕は両名に笑いかけてみせた。


「どうか、同胞たる人間族を正しき道にお導きください。その間に、僕は現在の王と王政を打ち砕かせていただきます」


「ええ……承知しているわ、ベルゼビュート様。わたくしはそのために、あなたのもとに参じたのですもの」


 アンドレイナははにかむように微笑むと、ドレスの裾をつまんで貴婦人の礼をした。


「これからどうぞよろしくね、オスヴァルド。あなたのようなお人と巡りあうことができて、とても嬉しいわ」


「いや……うむ……こちらこそ、よろしく願いたい」


 そのとき、騎士たちの背後の扉がノックされた。

 気配で、その正体はわかっている。僕は気安く、「どうぞ」と応じてみせた。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません。ただいま帰参いたしました」


 町の聖堂まで調査に出向いていた、ルイ=レヴァナントである。僕が不在の間も激務であったはずだが、その冷徹なる美貌に変わりはないようだった。


「お疲れ様だったね、レヴァナント。君のほうは使い魔を通じて見慣れているだろうけれど、アンドレイナ王女を紹介させていただくよ」


 そうしてアンドレイナのほうを振り返った僕は、思わず息を呑むことになった。

 ついさっきまで愛くるしく微笑んでいた幼き王女が、真っ青な顔をしていたのである。


「ど、どうしたのですか、アンドレイナ王女?」


「これは……これは、どういうことなの? あなたがたは、わたくしたちをたばかっていたの?」


 僕の言葉も耳に入っていない様子で、アンドレイナは後ずさった。マルチェはその背中をそっと支えて、エウリコは険しい面持ちで腰の刀に手をのばす。

 アンドレイナの青き瞳は、真っ直ぐにルイ=レヴァナントの美貌を見据えていた。


「レヴァナントがどうかしましたか? 彼はもっとも信頼できる腹心のひとりですよ?」


「腹心……腹心ですって? そんなの、おかしいじゃない!」


 アンドレイナはわなわなと震えながら、マルチェの腕に取りすがった。

 その碧眼に渦巻くのは、恐怖と憎悪の激情である。


「その者は、バルナバーシュⅢ世よ! 300年前に『禁忌の盟約』で人魔の術式を体得した張本人じゃない! そんな人間が、どうして暗黒神の腹心であるのよ!」

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