5 奇襲
翌朝である。
王女アンドレイナの一行とともに、岩場の洞穴で一夜を明かした僕たちは、ウィザーン公爵領の付近に潜伏する別動隊から重要な報告を届けられることになった。
『デイフォロスから逃れてきた人間たちの処遇が決定されました。この場に居残るのは1000名のみとし、残りの人員は王都に向かわされるとのことです』
それを念話で告げてきたのは、潜入捜査班の班長たるラハムである。彼女と同じく班長のエキドナだけは、ルイ=レヴァナントの使い魔を通して、魔力を隠したまま念話を使うことができるのだ。
『ウィザーン公爵領に迎え入れられるのは、1000名だけ? それは、確かな話なんだね?』
『はい。市民の中から1000名が選別され、残りの人員はすでに王都へと出立いたしました。貴族や騎士や従者たちは、余すところなく王都へ向かわされるようです』
『了解。潜入捜査に関しては、どうだろう?』
『ウィザーン公爵領に迎え入れる1000名に関しては、ひとりずつ魔術師に吟味をされるようです。よって、わたくしどもは正体の露見を防ぐために、王都に向かわされる一団のほうに加わっております。このまま王都に向かうべきか、離脱してメドゥーサたちと合流するべきか、ご指示を賜りたく存じます』
魔術師に吟味などをされては、手の甲の紋章がまがいものであることが露見してしまう。やはりあちらも、人間に化けた魔物に侵入される危険を用心しているのだろう。こちらとしても、それぐらいのことは想定内であった。
『それじゃあラハムたちは離脱して、メドゥーサの部隊と合流してくれ。こちらの方針が定まったら、新しい指示を送るからね』
『承知いたしました』という言葉を最後に、ラハムからの念話は打ち切られた。
岩盤の上に寝転がっていたケルベロスは、「ふーん」と気のない声をあげる。この場で夜を明かしたのは彼とケツァルコアトルとナナ=ハーピィとジェンヌ=ラミアの4名であり、上級の力を有する2名は僕と同時に念話の報告を聞いていたはずだった。
「やっぱり、デイフォロスの連中の中にまぎれて潜り込むのは、無理だったか。ま、当然といえば当然の話だよなー」
「うん。農奴の煽動に関しては、デイフォロスのときと同じ手段を取るしかないだろうね。それは想定内だからいいんだけど……」
問題は、王都とウィザーンで割り振られた、人員の数についてであった。
「これはちょっと、王女に意見を聞かせていただこうかな」
僕は立ち上がり、洞穴の奥へと歩を進めた。
この洞穴には横穴があったので、そこを王女たちの寝場所とさせてもらったのだ。その入り口には、僕が魔力でこしらえた帳が掛けられていた。
「失礼します。アンドレイナ王女にお話があるのですが、王女はもうお目覚めでしょうか?」
「少々お待ちくださいませ」と、侍女マルチェの声が返されてくる。
しばらくの後、「どうぞ」という声が響くのを待って、僕は帳を開かせていただいた。
ちょっとした小部屋のような空間に、3台の寝台と3脚の椅子が置かれて、足もとには絨毯が敷きつめられている。この洞穴全体に魔力を隠す術式を施した上で、僕がそれらの調度を作りあげてみせたのだ。幼き王女は椅子に座し、騎士と侍女はその左右に行儀よく立ち並んでいた。
「朝から、失礼いたします。王女にちょっとお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「わたくしは、あなたの配下なのでしょう? 敬意を払っていただけるのはありがたいけれど、そのようにへりくだる必要はないのじゃないかしらね」
そんな風に言ってから、アンドレイナは「あふう」とあくびを噛み殺した。昨晩は遅くまで僕たちと語らうことになったので、睡眠が足りていないのだろう。
「失礼したわね。……それで今度は、なんのお話であるのかしら?」
「実は、デイフォロスから逃れてきた人々の大半が、王都に送られることになったのです。それらの人々は5000名以上もいるはずなのに、ウィザーン公爵領に迎え入れるのは1000名のみ、という報告が届けられたのですよ。王都には、それほどの人間を迎えられるぐらいの余力があるのでしょうか?」
「余力というのは、魔力と住む場所の両方についてよね? ……ええ、それはもちろんあるのでしょう。魔力にゆとりがないのなら、全員を農奴にすればいいだけのことだし……鉱山のほうではまったく人手が足りていないので、どうにか他の領地から農奴を集めることはできないかと、そんな話をしていたぐらいだもの」
それは何とも、愉快ならぬ話であった。
このままでは、王都がどんどん勢力を増していってしまう。王都の魔術師たちがデイフォロスの陥落を重要視していないのは、そういう背景があってのことなのかもしれなかった。
(これは、このままにはしておけないな。いささか荒っぽい手段を使ってでも、王都に一撃くらわせておくべきか)
僕は「ありがとうございます」と一礼してから、身を引いた。
「かえすがえすも、王女のもたらす情報は有益です。あなたを配下に迎え入れることができて、僕は心から喜ばしく思っていますよ」
「それは、恐縮ね。……恐縮ついでに聞かせていただくけれど、わたくしはいつまでこの暗がりで過ごしていればいいのかしら?」
「今日か明日には、デイフォロスに向かっていただくことになるかと思いますよ。そのためにも片付けておくべき用事ができましたので、失礼します」
僕は小部屋の帳を閉めて、ケルベロスたちのもとに舞い戻った。
「ケルベロス、ちょっと頼まれてくれるかな?」
「なんだよ? どんな不本意な命令でも、聞かないわけにはいかねーだろ」
「不本意じゃないと思ってもらえたら幸いだよ。とりあえず、魔獣兵団の潜入捜査員を招集してくれ。今日の内に、確認しておきたいことがあるんだ」
僕の頭には、きわめて乱暴な策謀が浮かんでしまっていた。
それを実現させるには、さまざまな事項を確認しておく必要がある。今日は、忙しい1日になりそうなところであった。
◇
そうして迎えた、夕暮れ時である。
僕は頼もしき精鋭部隊とともに、王都の北側に位置する山の懐に忍んでいた。
その顔ぶれは、ガルム、ナーガ、ケルベロス、コカトリス、ケツァルコアトルの5名である。
デイフォロスに居残っているオルトロスを除く、部隊長の面々だ。文字通り、兵団の中でも屈指の実力者たちであろう。
この5名を除く団員たちは、すでに王都の近辺から撤退させていた。とりあえずは、ウィザーン公爵領の近辺に潜んでいる別動隊と合流するように指示を出している。ナナ=ハーピィなどはたいそうむくれてしまっていたが、彼女にはファー・ジャルグともども、アンドレイナ王女の面倒を見るようにお願いしておいた。
「まさか、あんたがこんな愉快な作戦を思いつくなんてなー。ちっとばっかり、昔の面影が戻ってきたんじゃねーか?」
「うん。まあ、破壊欲の権化と言われてもしかたのないところだろうね」
苦笑まじりに僕が答えると、コカトリスが「何を言っているのよ」と声をあげた。
「以前のあなただったら、夜を待たずに作戦を決行していたでしょうよ。少なくとも、人間族の生命を守るために、自分の破壊衝動を抑制したりはしなかったでしょうね」
「言われてみれば、そうかもな。ま、何がどうでもかまわねーけどよ」
すると、ガルムが真紅の双眸を爛々と燃やしながら、顔を寄せてきた。
「しかし、このような形で魔力を振り絞るのは、初めてのこととなりますな! いったいどのような結果となるのか、待ちきれないところでありますぞ!」
「うん。だけど、くれぐれも魔力をこぼさないようにね。王都の魔術師たちに気づかれてしまったら、元も子もないからさ」
「ご安心めされい! 最後まで、見事につとめあげてみせましょうぞ!」
そのとき、山頂よりも高い位置まで舞い上がっていたケツァルコアトルが念話を飛ばしてきた。
『我が君よ、坑道の入り口より、鉱夫たちが現れた。かなりの人数であるようだ』
「うん。最後のひとりが出てくるまで、きっちり見届けてね」
僕たちが日中に農園へと忍び込んで探り当てたのは、鉱山へと続く坑道への入り口と、そこで働く人々の勤務スケジュールであった。
僕がひそかに願っていた通り、坑道の入り口は農園に存在した。鉱山で働く人々は鉱夫と呼ばれているとのことであったが、身分は農奴と同様である。彼らは朝から夜まで働き詰めであり、仕事の後は農園の端に準備された宿舎で夜を明かすのだそうだ。
鉱山であれば昼も夜も関係ないので、夜間も働かされている可能性があった。しかし、そちらにも巡回の兵士が必要となるので、町や農園と同じタイムスケジュールになっているのだろう。僕にとって、それは何よりの僥倖であった。
あとは、最後の一手が成功するか否かだ。
僕がそれなりの緊張感を胸に待ち受けていると、再びケツァルコアトルの念話が響いた。
『北東の方角に、人間族の一団が現れた。ウィザーン公爵領から王都を目指していた一団であろうな』
『そっか。きっと彼らにも、あれこれ苦労をかけてしまうだろうね』
4000名を超える、デイフォロスからの難民たち。それがまるまる王都の戦力なってしまう事態を回避するために、僕はこのような策謀を構築してみせたのだった。
『……鉱夫たちは、全員が宿舎に引き上げたようだ。兵士たちが、坑道への入り口をふさいでいる』
『了解。それじゃあ、ケツァルコアトルもこちらに戻ってくれ』
待つほどもなく、ケツァルコアトルが僕たちの眼前に舞い降りてきた。普段通りの半人半妖の姿で、ただ背中に巨大な翼を生やしている。
「魔力を隠しながら空を飛べて、念話まで使えるケツァルコアトルの存在は、ありがたかったよ。あとは最後のひと仕事を、よろしくお願いするね」
「うむ。たとえこの身が朽ちようとも、必ずや果たしてみせよう」
「いやいや、ケツァルコアトルが朽ちてしまったら、僕たちはみんな一蓮托生だよ」
僕は暗黒神としての本性をさらしていたので、笑みを浮かべることもままならない。その代わりに、心を込めてケツァルコアトルに語りかけることにした。
「全員で、同胞のもとに帰るんだ。君の力を、信頼しているよ」
「……その信頼には、全力をもって応えよう」
ケツァルコアトルは武人のような恭しさで一礼してから、身を引いた。
僕は「さて」と残りの4名を見回していく。
「それじゃあ、始めるよ。合図をしたら、それぞれよろしくね」
僕は地面に膝をつき、地中に探索の触手をのばした。
目指すべき場所は、昼間の内に探り当てている。それでも地中の結界に触れてしまわないように細心の注意を払いながら、僕は触手をのばしていった。
この山は鉱山であり、その内側は蟻の巣のように食い荒らされてしまっている。
この鉱山が開発されたのは数年前という話であったから、おそらく当初は人魔の力で坑道が切り開かれることになったのであろう。人間の力ではどうにもできないぐらい、そこは蹂躙されまくっていたのだった。
魔術師は、大地を人間の領土とすることで、人魔の術式に用いる魔力を獲得している。領土を広げれば広げるほどに、使用できる魔力の量は上昇していき、より強力な人魔を取りそろえることがかなうのだ。
この鉱山の内側だけを人間の領土としたのは、もちろん魔族の目をくらますためであったのだろう。実際に僕たちは、アンドレイナから情報を得るまで、このような企みを看破することができなかった。
これは、その策謀を逆手に取った作戦である。
山の表面は人間の領土ではないために、結界の影響も及んではいない。だから、僕たちがこのように身を潜めていても、魔術師にすぐさま感知されることはないのだ。
ただし、僕たちが魔力を振り絞り、魔術師たちが結界の外にまで探知の網を広げてきたならば、居場所を悟られることになる。
その前に、僕たちはミッションを完遂させなければならなかった。
「よし。目的の場所に、手が届いた。みんな、準備をよろしくお願いするよ」
ガルムとナーガ、ケルベロスとコカトリスの4名が、僕の背中に手を当ててくる。
そこから感知できる魔力の力感に鼓舞されつつ、僕も意識を集中させた。
僕の触手は、鉱山の内部のある一点に深く食い入っていた。
蟻の巣のように穴だらけとなったこの鉱山の、どこを破壊すれば崩落を招くことができるか――その場所を、暗黒神の演算能力でもって突き止めてみせたのだった。
言うまでもなく、山の内部を食い荒らせば、あちこち地盤が脆くなっていく。ひとつの崩落が、次なる崩落を招くこともあるだろう。その崩落を誘発させるのに、もっとも効率のいいポイントを、ほとんど半日がかりで割り出したのだ。
僕は呼吸をひとつ整えてから、「開始!」の号令をあげてみせた。
それと同時に、ケルベロスたちの膨大なる魔力が僕の中に注ぎ込まれてくる。
それで暗黒神の肉体が破裂してしまわないように、僕はすべての魔力を触手の先端に叩きつけた。
瞬間――山が、鳴動する。
まるで、火山が噴火したかのようである。
僕たちは、それに等しいエネルギーの塊を、山の内部の一点に繰り出したのだった。
ゴゴゴゴゴ……と、山が苦悶に身をよじり始める。
それと同時に、ケツァルコアトルが鋭い声をあげた。
「我が君よ、人魔の群れだ! いずれも、上級の人魔であるぞ!」
僕はそれに応じるゆとりもなく、魔力の最後の一滴までを地中に送れるように集中した。
そこにコカトリスが、ぐったりとしなだれかかってくる。すべての魔力が枯渇したのだ。
次いで、ケルベロスが膝をつき、ガルムとナーガは同時に地面へとへたり込む。
そちらから授かった魔力ともども、僕はすべてを地中に注ぎ込んだ。
「……完了だ」
言うが早いか、僕たちの身体がケツァルコアトルの魔力に包み込まれた。
半ば朦朧とした頭で、身体が上空に舞い上がるのを感じる。それと同時に、僕たちの足もとで山の表面までもが崩落を始めていた。
「では、行くぞ」というケツァルコアトルの言葉とともに、視界が銀色の光に包まれた。迫り寄る人魔から逃げるために、ケツァルコアトルが移動を始めたのだ。彼女の魔力に包まれているので加速のGに苦しめられることはなかったが、魔力の尽きた僕たちには周囲の状況を見て取ることもかなわなかった。
「まったくよ……とんでもねーことを考えついてくれたもんだよ」
どこからか、ケルベロスの声がうっすらと聞こえてきた。
「これじゃあ魔力が回復しきるのに、丸一日はかかるだろ……あんただって、半日は必要なはずだ……その間に、団員の誰かが寝首をかこうと考えたら……あんただって、一巻のおしまいなんだぜ……?」
「そのときは、僕に君主としての器がなかったと思うしかないさ……」
ほとんど夢うつつの心地で、僕はそのように答えてみせた。
そうして僕の思いついた荒っぽい作戦は、ようよう成功を収められたようだった。
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