2 3名の捕虜たち
「よー、待ってたぜ。忙しいとこ、悪かったな」
城内のとある一室に出向いてみると、そこではケルベロスがのんびりとくつろいでいた。
他に顔をそろえているのはエキドナと、あとはグラフィスから招集されたハンスおよびオスヴァルドだ。後者の2名と僕が対面するのは、数日ぶりのことであった。
「やあ、おひさしぶり。どちらも元気そうで、何よりだ」
「へん。そっちも相変わらずみたいだな」
ケルベロスの従僕である少年ハンスは、相変わらずの遠慮のなさで肩をすくめる。そのかたわらの椅子に座したオスヴァルドは、厳しい眼差しで僕を見返してきた。
「まさか、本当に一夜でデイフォロス公爵領を陥落せしめるとはな。これで儂は許されざる背信者として、数多くの者たちの怨念を背負うことになるじゃろう」
「現王政を正義と考えるのなら、そうなのでしょうね。でも、僕はそんな風に考えておりませんよ」
僕は感情を表すために、義體に着替えることにした。最近ではすっかり馴染みとなった、少女の義體である。
「すでにケルベロスから聞いていると思いますけれど、10万名の農民と5000名の市民は、自らの意思でこの地に残ることを選びました。まだまだ不安は尽きないでしょうが、でも、彼らは現王政ではなく僕たちを支持してくれたのです。現王政に不満を持っていたあなたにとっては、彼らこそが真の同胞と呼べるのではないでしょうか?」
「ふん。儂は現王政に叛旗を翻したつもりはない。儂が疎んじておるのは――」
「人魔の術式ですよね。現在の王が人魔の術式を破棄してくれるなら、僕だってむやみに戦いを仕掛けるつもりはありませんよ」
そんな風に語りながら、僕も空いていた長椅子に着席させていただいた。ナナ=ハーピィは当然の権利とばかりに僕の腕を抱きすくめ、ルイ=レヴァナントとファー・ジャルグは長椅子の横手に立ち尽くす。
「それに僕たちは、魔術師の秘密の尻尾をつかむことがかないました。……それももう説明してあるのかな?」
「いんや。そんな長々とくっちゃべってる時間はなかったからなー」
「では、僕からご説明しましょう。魔術師の正体は、魔族であったのです」
オスヴァルドは、愕然とした様子で目を見開いた。
「魔術師の正体が、魔族? しかし、あやつらは――」
「はい。彼らは常に人間の姿で、これまで正体の片鱗も見せはしませんでした。でも、人魔の術式が破壊されて、もはや逃げ出すすべもない、という状況に追い込まれると――封印を解いて、魔族としての正体をあらわにしたのです」
おぞましい、蠅の姿をした魔族――その姿は、今でも僕の脳裏にくっきりと焼きつけられていた。
「彼らは魔族であるからこそ、人魔の術式などという大がかりな魔術を行使することがかなったのでしょう。人間として生まれたはずの彼らが、どうして魔物と化したのか――その理由はまだわかりませんが、やはりこのまま放置してはおけません。やっぱり僕は、現王政がきわめて歪んだものであると断じさせていただきたく思います」
「公爵たちは……その事実を知っておったのか?」
「いえ。貴族たちは入念に記憶を探らせていただきましたが、その事実を知る人間はひとりとして存在しませんでした。……現在は貴族のみならず、すべての人間がその事実を知らされていますけれどね」
「なに? それはどういう――?」
「デイフォロスに居残った人々にも、余所の領地に逃げのびた人々にも、その事実は通達させていただきました。そして、この地を出奔した人々によって、王都ジェルドラドでもウィザーン公爵領でも、この事実は流布されることでしょう」
それも、王国に混乱をもたらすための一手であった。
「魔族が人間のふりをして、人間族と魔族を戦わせている。そしてその事実は、公爵領の領主にすら知らされていなかった。これこそが、現王政の欺瞞と歪みだと思います。あなたが考えた通り、人魔の術式というのはこの世に存在するべきではないのだと思いますよ」
「…………」
「以上の話を踏まえまして、あなたとハンスにも今後の身の振り方を考えていただきたいのです」
「身の振り方?」と、ハンスのほうが反問した。
僕は「うん」と、そちらに笑いかけてみせる。
「君とオスヴァルドの身分は、捕虜だった。でも、デイフォロスに居残った人々の身分は、僕の配下なんだ。捕虜と配下では、ずいぶん立場が異なるだろう? 配下だったら、そんな首輪で拘束される必要もないわけだからね」
両名の首には、ケルベロスのこしらえた首輪が巻かれている。彼らの行動は常にケルベロスに把握されており、いざというときには遠隔操作で生命を絶つことも可能であるのだ。
「君とオスヴァルドは、デイフォロスの人々のいい手本になると思うんだ。できれば今後は魔族の配下となった人間族の筆頭として、同胞と新たな社会を作りあげてもらいたいんだけど……どうだろう?」
オスヴァルドは、厳しい面持ちで考え込んだ。
しかし、ハンスの返答は早かった。
「……俺は嫌だね。文句があるなら、好きに首でも刎ねてくれよ」
「え? どうしてだい?」
「俺はあいつらに愛想を尽かして、この土地を捨てたんだ。今さら、あわせる顔はねえし……そもそも、顔をあわせたくもねえんだよ」
まだ12歳ていどの少年であるハンスは、ひどく思い詰めた顔をしていた。
彼は、姉を見殺しにしようとする家族に怒りを抱いて、たったひとりで人間の世界を捨てた身であるのだ。そして、その家族らも貴族によって首を刎ねられたことを、すでに知っている。そんな彼の胸中に渦巻く無念のほどを、僕は見誤っていたかもしれなかった。
「……別に僕は、君を町に戻そうというつもりじゃなかったんだよ。君が望むなら、今後もケルベロスの配下として過ごしてほしいと思ってたんだ」
「…………」
「ザルティスたちも、君の能力を高く評価していたからね。よければ、魔族のために食事を準備する料理番として働いてもらいたいんだけど……どうだろう?」
ハンスは答えようとしなかった。
すると、長椅子でだらしなく寝そべっていたケルベロスが、「ははん」と鼻を鳴らす。
「わかっちゃいねーな、暗黒神様。従僕ってのは、こうやって躾けるんだよ」
ケルベロスは、ちんまりとした指先をハンスのほうに振り払った。
次の瞬間、革でできていたハンスの首輪が、音をたてて弾け散る。
もちろん、ハンスの首には傷ひとつついていなかった。
「おい、エキドナ。治癒だったら、手前のほうが得意だろ。後の始末をお願いするぜ」
「なんだい、面倒なことを言う犬っころだね!」
ぶちぶち文句を言いながら、エキドナがハンスのほうに近づいていった。
ハンスは腰を浮かせかけたが、それよりも早くエキドナの指先が彼の手首をつかみ取る。
「こいつはただの刺青じゃなくって、術式のための念が込められてるから、そんな簡単には消せないんだよ」
などと言いながら、エキドナはものの数秒でハンスの手の甲の紋章を消し去ってしまった。
「さ、これで手前は捕虜じゃなく、俺たちの配下だ。おかしな真似をしたらぶっ殺すって約定にも、なんにも変わりはねー。わかったら、これまで通りにきりきり働きやがれ」
ハンスはなんとも言えない面持ちで、1年ぶりに解放された咽喉もとを撫でさすった。
僕は大いに満足しながら、オスヴァルドに向きなおる。
「オスヴァルドは、如何でしょう? この城には2名の貴族と4名の騎士が居残ることになったので、彼らとともに力を尽くしてくれたら、ありがたく思います」
「…………」
「それとも、農民として働くことをお望みでしょうか? 農民も、今後は市民と変わりのない暮らしをしてもらうつもりですので、それも悪くはないでしょう。ただ、あなたは人間が人間として人間らしく生きることを望んでおられました。人魔の術式の影響下にありながら、そんな意志を持ち続けることができたのは、敬服に価すると思います。できることなら、人間族を導く立場として、そのお力を使っていただきたく思います」
やはり、オスヴァルドは答えようとしない。
僕が視線でうながすと、ケルベロスとエキドナは同じ手順でオスヴァルドを解放した。
「返事は、急ぎません。どのような道を辿ろうとも、あなたの自由です。お心が決まったら、手近な魔族に声をかけてください」
オスヴァルドは、覚悟を決めた顔つきで僕を見据えてきた。
「……寛大な措置に、感謝する。儂のような老骨に果たすべき仕事が残されておるのなら……力を惜しまず、つとめさせてもらおうと思う」
「はい。どうぞよろしくお願いいたします」
これで、この場に残された仕事はあとひとつであった。
「それじゃあ、最後に……ハンスにもうひとつだけ、お願いがあるんだよね」
「なんだよ? 嫌な予感しかしねえんだけど」
「うん。迷惑ばかりかけて、申し訳なく思っているよ」
僕が指を打ち鳴らすと、この部屋に併設されていた寝所の封印が解除された。
さらに、魔力の触手で扉を開くと、そこに潜んでいた人物が「きゃー!」とけたたましい悲鳴をほとばしらせる。
「な、なに? ついにわたしを処刑しようっていうの!? やれるもんなら、やってみなさいよ!」
白いワンピースのようなものを纏った女性が、暖炉の付属品である火かき棒を振り上げている。その姿を見て、ナナ=ハーピィが目をぱちくりとさせた。
「なーんだ。誰かと思ったら、マリアじゃん」
「あ、あんた! あんたが魔物に化ける姿は、この目でしっかり見届けてるからね! ほら、正体を現しなさいよ!」
「なに、こいつ? 人魔の術式がぶっ壊れる前より、元気になってるじゃん」
ナナ=ハーピィは、けたけたと笑い声をあげる。
いっぽうマリアは、悲壮そのものの形相であった。彼女にはたびたび念話を送って事情を説明していたのだが、どうにも平常心を取り戻してくれないのである。
「ごめんね、マリア。申し訳ないけれど、君だけは目の届く場所にいてもらわないといけないんだ。よかったら、今後はハンスと一緒に料理番の仕事を受け持ってくれないかな」
「なに? なんで俺が、こんな女の面倒を見ないといけねえんだよ?」
「彼女はわけあって、町に解放することができないんだ。僕たちにとって、不都合なことを知られてしまったからさ」
彼女は、ナナ=ハーピィとジェンヌ=ラミアが正体をさらす場面を目撃してしまったのだ。今後の潜入捜査のことを考えると、その事実は何としてでも隠蔽しなければならなかったのだった。
「何さ! 文句があるなら、殺せばいいでしょ! わたしは絶対、魔物なんかには屈しないんだから!」
「なんだよ、あんた。そんなに死にたいの?」
僕の腕を離したナナ=ハーピィが、ぴょこりと立ち上がった。
そのまま寝所のほうに近づいていくと、マリアが金切り声をあげる。
「ち、近づかないで! わたしは、本気よ!」
「うん。好きにしたら?」
マリアは泣きそうな顔になりながら、火かき棒を振り下ろした。
ナナ=ハーピィは人間の姿をしていたが、魔力は解放した状態であったので、それを難なく頭上でキャッチする。そうして火かき棒は、あっけなくナナ=ハーピィに強奪されることになった。
「ね? 人間が魔族に逆らったって、どうにもならないんだよ。せっかく生き残ることができたんだから、死に急ぐ必要はないんじゃない?」
マリアは、へなへなとくずおれてしまった。
ナナ=ハーピィは火かき棒を放り捨て、その正面にしゃがみこむ。
「言っとくけど、あんたを助けてくれたのは、ベルゼ様なんだよ? あんたをあのまま放っておいたら、人魔どもに踏み潰されてたはずなんだからさ。それでベルゼ様を恨むってのは、筋違いなんじゃない?」
「そ、そんなこと言ったって……」
「それにさ、あんたの記憶をぶっ壊すことだって、ベルゼ様には簡単なんだよ。でも、そうしたらあんたは頭がおかしくなって、普通に生きていけるかどうかもわかんなくなっちゃうから、そうしたくないんだってさ。あんたは、そっちのほうがよかったの?」
「…………」
「ベルゼ様はね、誰でも好きなように生きるべきだって言ってんの。あたしもそれには、大賛成! 死にたいなら死ねばいいし、記憶を壊されたいなら、そうすればいいよ。あんたは、どうしたいの?」
マリアはへたり込んだまま、しくしくと泣き始めてしまった。
ナナ=ハーピィは「ありゃりゃ」と言いながら、僕のほうに顔を向けてくる。
「なんか、弱っちくなっちゃった。マリアにはもうちょっと考える時間が必要なんじゃないかなー?」
「うん、そうだね。何も急ぐ話じゃないから、ゆっくり考えるといいよ」
「だってさ! ほら、めそめそしないでよー」
ナナ=ハーピィはまるで子犬でも扱うような仕草で、マリアの頭を撫で始めた。マリアには気の毒であったが、なんとも微笑ましい光景である。
ともあれ、これでこの場所における仕事は一段落したようだった。
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