第10章 新天地
1 残務処理
・しばらくは1日置きに更新していく予定です。
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デイフォロスを占領してから、3日目――戦勝の祝宴を開いた日の、翌日である。
その日、デイフォロスの領内は朝からまたとない喧噪に包まれていた。
余所の領地に逃げのびたいと希望した人々は、昨日の朝に出立させている。後に残されたのは、魔族の支配下にあるデイフォロスで暮らしていくという運命を受け入れた人々だ。僕たちは、それらの人々に新しい生活というものを授けなければならなかったのだった。
「とはいえ、魔族である我々に、人間族の法や社会などというものを構築できるはずはございません」
僕にとっての知略の要であるルイ=レヴァナントは、最初からそのように言いたてていた。
僕としても、まったくの同感である。僕はこの世界における人間社会の欺瞞と不平等に我慢がならず、この手でそれをぶち壊してしまおうと思いたった身であるが、もとは凡庸なる高校生に過ぎなかったのだ。僕がどれだけ頭をひねろうとも、人間にとっての理想的な法や社会などというものを自力でひねり出せるなどとは、露とも考えていなかった。
となると、道はひとつしかない。
人間たちには、自らの手で新しい法と社会を構築してもらうしかなかった。
何せこのデイフォロスには、10万名の農民と5000名の市民が存在するのだ。それらのすべてを魔族が管理するというのは、あまりに非現実的であろう。そもそも僕たちには他の領土の侵略という崇高なる使命が存在するのだから、そのようなものに労力を割り振るゆとりはなかった。
しかしまた、すべてを人間たちの手にゆだねることもかなわない。人間とは、そこまで善良な存在ではないのだ。彼らの好きにさせていたら、また一部の人間が権力者に成り上がって、他者を虐げることが目に見えている。たとえ人魔の術式から解放されても、人間にはもともと支配欲だとか権勢欲だとかいうものが備わってしまっているのだった。
「新たな社会を構築するには、統治者というものが必要になるかと思われます。我々は、その統治者を管理すればよいのではないでしょうか」
その統治者に選任されたのは、石の町を管理していた区長たちと、農園を管理していた農奴長たち、およびデイフォロスに居残る道を選んだ2名の貴族たちだった。
この2名の貴族たちは、親子となる。
父親の名はエドムント、息子の名前はダニエルという。父親のほうは、これまで男爵という身分にあった人物であった。
「わ、わたくしどもは、人間として人間らしい生活を営みたく願っております。人魔の術式から解放していただき、暗黒神様には心より感謝しております」
当初、エドムントはそのように言いたてていた。
しかし僕たちは、領民のすべての記憶を覗かせてもらっている。とりわけ貴族たちについては入念に走査させてもらったので、彼の真情は余すところなく把握できていた。
彼の本性は、権勢欲の権化である。
他の貴族たちが一掃されるならば、自分はこの地でひとかどの地位に立ち、甘い汁が吸えるのではないか――と、彼の心中にはそんな欲望が渦巻いていたのだった。
ただし、そのために悪辣な真似を働こうという意識はない。甘い汁のためならば、どのような苦労も厭わないという気概も感じられた。というか、もともと彼は努力家の一面があり、血筋だけで身分や立場が定められる現行の社会や制度に大きな不満を抱いていた様子であったのだ。
無能な貴族どもが消え失せれば、今度こそ有能なる自分がそれに相応しい身分と立場を手中にできる。彼はそのような思いにすがって、デイフォロスに居残ることを決意したのだった。
「我々にとっては、決して好ましい気性ではありません。しかし、人間族の統治者にはうってつけなのではないでしょうか?」
「そうだね。彼はグラフィス子爵みたいに非道な真似もしてなかったみたいだし。僕たちがきちんと目を光らせておけば、問題はないんじゃないかな」
ただし、彼だけに特権を与えるつもりはない。彼の身分は「宰相」として、区長や農奴長――あらため、農園長たちと横並びの立場で、デイフォロスを統治してもらうことになった。父親ほどの気概を持たない息子のダニエルは、その補佐である。
ちなみに町の区長は東西南北に1名ずつ存在したが、東と北の区長は家族ともども出奔してしまっていた。新たな区長に選任されたのは、これまで区長の補佐官という役職にあった人々であった。
4名の区長と4名の農園長、そして宰相のエドムントと宰相補佐のダニエルによって、新たな社会のシステムを構築してもらう。
そのための会議が開かれるにあたって、僕からもいくつかの草案を提出させていただいた。
一、魔族には絶対服従とする。
一、人間同士でむやみに争うことは禁じる。
一、血筋や職業による身分制度は撤廃する。
一、労働に見合った富を分配する。
一、領外への退去を願う者は、魔族にその旨を申告する。
以上の、5項目である。
まずはそれらの項目を満たす形で、彼らに新たな社会の法を定めてもらう。それが、新生デイフォロスの第一歩であった。
「会議の様子は使い魔を通して拝見させてもらうし、逐一、頭の中も覗かせてもらうからね。頑張って、みんなが満足できるような社会を構築しておくれよ」
そんな感じで、行政に関しては彼らに一任することになった。
これまでは搾取されるばかりであった農民たちに、どのような形で富を分配するか。まずはその一点を基軸として、よりよい社会を目指してもらいたいものであった。
「まあ、これまでは貴族が富の大部分を搾取していたんだろうからね。それらの富を農民たちに分配すれば、誰も飢えることにはならないだろうさ」
町の会議堂という場所で開かれている会議の様子を、ルイ=レヴァナントの送り込んだ使い魔の能力で傍聴しながら、僕はそのように言ってみせた。
ここはデイフォロス城の宝物庫であり、そばにはルイ=レヴァナントとファー・ジャルグ、それにナナ=ハーピィの3名が控えている。ルイ=レヴァナントからの要請で、この場所にまで足を運んできたところであった。
「で、ここにその、貴族の富が集約されてるわけか」
宝物庫には、金銀財宝が山と積まれていた。
が、それを見回すルイ=レヴァナントたちの眼差しは冷ややかである。比較的、明るい表情をしていたのはナナ=ハーピィであった。
「これなんて、キラキラしてて綺麗だねー! ……でも、こんなの何に使うんだろ?」
「それは、首飾りみたいだね。身を飾るための、装飾品だよ」
「ふーん。綺麗だけど、身体につけるのは邪魔くさそうだなー」
ナナ=ハーピィでさえそんな言い草であったのだから、あとは推して測るべしであった。
ファー・ジャルグなどは、小馬鹿にしきった様子で「きひひ」と笑っている。
「ま、宝石や銀なんてのは、魔術の触媒に使えたりもするけどね。そういうちまちました術式は、この数百年ですっかり廃れちまったからなあ」
「ふうん。それじゃあ僕たちには、無用の長物ということだね」
言いながら、僕は手近な木箱を開けてみた。
そこに収められていたのは、金貨の山だ。美しいことこの上ないが、やはり魔族には使い道のない存在であろう。
「ていうか、人間の社会にはしっかり貨幣制度ってものが根付いているんだね。700年も経ってるなら、それが普通のことなのかな」
「んー? 何をぶつぶつ言ってるんだい、暗黒神様?」
「いや、僕がもともと暮らしていた世界でも、こういう貨幣ってものが流通してたんだけどさ。この大陸にはびこっている人間族の王国ってのは、700年ていどの歴史しか持たないんだろう? その割には、ずいぶん文明が進んでるんだなって思ったのさ」
すると、ルイ=レヴァナントが冷徹なる面持ちで僕の疑念に答えてくれた。
「異界については存じあげませんが、この大陸に住まう人間たちは、いずれも外海からやってきているのです。それには巨大な船という乗り物を使っていたという話であったので、もともと高い文明を有していたのでしょう」
「ああ、なるほど。魔族しか存在しないこの大陸に、そうやって外から人間の文明が持ち込まれたわけか。うん、この場所で類人猿から人間に進化したわけじゃないんだから、彼らが700年ていどでこれだけの文明を発展させてもおかしくはないわけだね」
得心しながら、僕はルイ=レヴァナントを振り返った。
「それで、ルイは何のために僕を宝物庫に呼び出したのかな?」
「これらの財宝の取り扱いについて、ご相談したく思いました。また、こちらに収められているのはすべて領主の富であるため、あちこちに貴族たちの資産が隠されているのです。宰相エドムントがよからぬことを考える前に、それらはこちらで管理するべきではないでしょうか?」
「うん、了解。すべての財宝はこの宝物庫に集めて、厳重に管理させてもらおう。城内の探索はオルトロスに任せているから、念話を届けておくよ」
現在、この城には全団員の半数ほどが集められて、あれこれ探索しているさなかであった。今後、残る領地を攻略するにあたっては、このデイフォロス城が拠点となるであろうから、魔族にとって過ごしやすい環境を構築しなければならないのだ。
「それじゃあ次は、ケルベロスのところだね。ルイも手が空いてたら、一緒に来ておくれよ」
「……我が君のご命令とあらば、なんなりと」
「あはは。そんな不満そうな目つきをしなくても、これ以上は面倒な仕事を押しつけたりしないよ」
ルイ=レヴァナントは使い魔を駆使して、領内でさまざまな仕事に励んでいる団員たちの様子を検分しているのだ。
また、現在も続行中である会議の模様も、僕とルイ=レヴァナントの頭には延々と響きわたっている。脳内で複数のタスクを処理するというのは、誰にとっても重労働であるはずだった。
(でも、夜にはウィザーン公爵領に向かわないといけないしな。あっちの攻略を開始する前に、デイフォロスの始末をつけておかないと、てんやわんやになっちゃうはずだ)
そんな風に考えながら、僕は頼もしき同胞らとともに宝物庫を後にすることにした。
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