3 怨念の始末
貴族たちとの不毛の会見を終えた僕は、大広間の出口に向かいながら、怒れるコカトリスとエキドナに声をかけておくことにした。
「コカトリスとエキドナは、一緒に来てもらえるかな。ケルベロスは、引き続き人間たちの監視をお願いするよ」
両名は、無言で僕に追従してきた。
謁見の間は扉が破壊されてしまっているので、あるていど回廊を進んで盗み聞きの心配がなくなってから、僕は両名に向きなおる。
「バジリスクの仇があんな醜悪な人間で、はらわたが煮えくりかえるような思いだろうね。貴族の監視は、ケルベロスたちに任せたほうがいいと思うよ」
「……暗黒神様は、本当にあいつも余所の領地に逃がしてやろうって考えなのかい?」
エキドナは、その小さな身体から恐ろしいばかりの殺気を発散させていた。
いっぽうコカトリスは唇を吊り上げつつ、静かに激情を燃やしている。
僕は相応の覚悟でもって、「うん」とうなずいてみせた。
「その理由を聞いてもらいたくて、君たちを呼び出したんだ。僕がどうしてそんな風に決断したか、最後まで聞いてもらえるかな?」
「……最後まで聞いたら、あの豚野郎の首を刎ねることを許してもらえるのかい?」
「僕の話を聞いて、君たちが納得できるのか、それを確かめたいんだ。納得できないようだったら、とことん話し合いたいと思ってるよ」
そうして僕は、思いのたけを語ってみせた。
「これまでにも何度か説明した通り、人魔の術式というのは人間の人格に影響を与えるんだ。その最たるものは、破壊衝動と性衝動だね。だからあのグラフィス子爵も、その影響下で破壊衝動に身をゆだねて、バジリスクを殺めることになった。また、人魔の術式で魔族にあらがうというのは、人間の王の命令だ。以上の点から鑑みて、現在の彼にバジリスクを殺めた罪を問うのは、不相応であると思う」
「だけど――!」
「まずは、最後まで聞いてくれ。絶対に、君たちの気持ちを軽んじたりはしないと約束するから」
エキドナは今にも魔力を暴発させそうな危うさを漂わせつつ、それでも口をつぐんでくれた。
コカトリスは、黄色い瞳で僕の顔をじっと見上げている。
「それでだね……僕はこのたび、人間たちにふたつの道を提示した。僕の支配下で新たな生を生きるか、余所の領地に逃げのびるかの、ふたつの道だ。現在の彼らは人魔の術式の影響もなく、元来の自分として決断を下せることだろう。……それで、罪の重さを量ろうと思う」
「……罪の重さ?」
「うん。これで余所の領地に逃げのびる人間は、自分の意思で魔族と戦うことを決めた、ということになるだろう? 人魔の術式から解放されてなお、別の領地でまた新たな人魔になろうというのなら……そのときこそ、彼らはまぎれもなく魔族の敵だ。僕は容赦なく、断罪の刃を振るおうと思う」
それが、僕の中で固められた決意であった。
「あとは、戦略面に関してだね。以前にも説明した通り、余所の領地に敗残者たちを送り届けることこそが、僕たちにとっては戦略であるんだ。きっと彼らは、余所の領地の人々を混乱させてくれるだろう。彼らは王国を衰弱させるための、毒物のようなものなんだよ。グラフィス子爵にも、せいぜい毒物として王国を滅ぼす一助になってもらおうと考えている。……ってところかな」
「あなたは……いつだって冷静よね」
コカトリスが、低い声でつぶやいた。
「……それで、あなたの本心はどうなのかしら?」
「うん? 僕はすべて本心で語っているつもりだよ」
「でも、あなたは人間どもを屈服させるために、あれこれ策略を練っているのでしょう? そういうことを脇に置いたら、あなたは……あのグラフィス子爵という人間に、どういう気持ちを抱いているのかしら?」
それはべつだん、返答に困る問いかけでもなかった。
「本心でいえば、彼だけは許せない心地だよ。バジリスクのことだけじゃなく、彼はこれまで数百名もの人間を殺めているのに、それを後悔している様子もない。あれで本当にハンスやオスヴァルドと同じ人間なのかと、疑いたくなるほどだね。……さっき腕を振り上げたときも、彼の頬肉をちょっぴりえぐってやろうかと悩んだぐらいさ」
「そう」と、コカトリスは頭をもたげた。
「わかったわ。あなたも怒りを抑えているというのなら……配下であるわたしたちが先に痺れをきらすわけにもいかないわよね」
「ちょっと! 本当にあの豚野郎を見逃すつもり!?」
エキドナが飛び上がると、コカトリスは「ええ」と唇を吊り上げた。
「あんなか弱い人間なんかを踏みにじったって、わたしの怒りは晴れそうにないもの。わたしが叩き潰したいのは、バジリスクを殺めた人魔であるのよ。……この身の魔力を振り絞って、わたしはあの人魔を踏みにじってやりたい。あなたは、そう思わないの?」
「それはまあ、そうかもしれないけど……」
「それにわたしは、暗黒神様の言葉に納得がいったわ。納得がいかなかったのなら、あなたはとことん話し合うべきじゃない? きっと暗黒神様は、辛抱強くあなたの言葉を聞いてくれるはずよ」
「……こんなに口の達者な暗黒神様に、口喧嘩で勝てるわけないじゃん」
エキドナは、ぷっと頬をふくらませた。半人半妖の姿とはいえ、顔立ちの整った10歳児の外見であるので、そのような表情をすると実に愛くるしい。
「わかったよ! バジリスクの仇を討つのは、次の戦までおあずけってこったね! どうせあの豚野郎は、余所の領地に逃げ出すんだろうからさ!」
「ええ。あいつがこの地に居残ろうなんて言い出したら、わたしがあらゆる手を使って追い出してやるわよ」
コカトリスは1回ぎゅっとまぶたをつぶると、何かをふっきった様子で僕を見上げてきた。
「さ、それじゃあわたしたちは、何をしていればいいのかしら? 貴族の見張りは、ケルベロスたちに任せていいのよね?」
「うん。それじゃあ君たちは、城門の見張りをお願いするよ。で、ふたりがそっちに移る分の人員を、ケルベロスのほうに回してもらえるかい?」
「了解したわ。それじゃあ、世話をかけたわね」
1階へと通ずる階段を目指して、コカトリスたちは歩み去っていく。
すると、腕の中のナナ=ハーピィが、僕の首をぎゅっと抱きすくめてきた。
「えへへ。やっぱりあたし、ベルゼ様が大好きー」
「ど、どうしたの? 何か、ナナに見直されるようなことがあったかな?」
「わかんないけど、大好きなの」
何か、グラフィス子爵との対面で荒んだ気持ちが、温かく溶かされていくような気分であった。
僕は回廊に足を踏み出しながら、ナナ=ハーピィのやわらかい髪を撫でてみせる。
「それじゃあちょっと、レヴァナントのところにも寄っておこうかな。……ねえ、ナナ」
「うん、なあに?」
「昨日は、ありがとう。ナナがいなかったら、たぶん僕は人魔たちに押しつぶされてたよ」
「そんなことないよ! ベルゼ様は、最強なんだから!」
「いや。正直に言って、僕は絶体絶命だった。けっこう修練を積んだつもりだったけど、まだまだ足りていないのかな。あんな人海戦術でも、まったく逃げられる気がしなかったんだ」
回廊を歩きながら、僕はそのように言ってみせた。
「だから、本当に感謝しているよ。……ただ、君にあんな無茶な真似はしてほしくない。君に無茶をさせずに済むように、僕はもっともっと修練を積まないとね」
「えへへ。ベルゼ様のお役に立てたんなら、嬉しいな」
ナナ=ハーピィは目を細めて、髑髏の兜に頬をすりつけてきた。
その温もりに心を癒されながら、僕はルイ=レヴァナントのもとを目指すことになった。
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