ドット絵を想う

 最近のゲーム機はグラフィックが麗しく、まるでその場にいるかのような感覚を味わうことができるような気がしている。例えば、モンスターハンターであれば自分が狩りをしているような感覚に浸れるし、バイオハザードであれば本当にクリーチャーから逃げ回っているような感覚を味わえるのだ。それでもまだカクつくようだが、私にとっては充分過ぎるといっていいだろう。その一方で、私はかつて団欒を支配していたドット絵やポリゴンが恋しい。あの頃に戻って欲しいと思えども、人の欲望は止まってくれないのだが。

 まだピコピコと鳴るファミコン特有のあの音を聴いたのは、母が初代ドラクエをプレイしていた時のことだった。妙に耳に残るミニマル音楽はシンプル且つプリミティヴでありながら、後のデジタルオーケストラにつながるような趣があった。フィールドも物足りなく思ったが、私自身プレイステーションの時代に生まれてしまったから仕方ない。私にとっての普通は、プレイステーション1や2のグラフィックなのだから。あの世界は妙に心地よく、ゲームの世界で遊びながら想像を広げられる。今のグラフィックもいいのだが、あの世界でしか味わえない感覚は確かに存在するのだ。

 ゲームである以上、グラフィックはカクカクしているところがあるが、それもまた趣であり特色といえる。寧ろカクカクが無ければ私達は戻って来られないとも思うのだ。私は内心恐れている。ゲームの世界が本当に実際のロケーションと同じようになってしまう未来を。それこそ区別が付かなくなるから。けれど、その一方で新しい世界に一時的とはいえ飛び込めるのは、メリットといえるだろう。自分のアバターを作り、そのまま楽しむという選択肢だってあるのだ。まあ、リアルなアバターだけでなくデフォルメされたアバターというのもアリだが。それ以外にも、自分がプロ野球選手になったつもりでホームランが打てたり、スローライフを送ったりとソフトの数だけ選択肢は増えていく。

 思うに、ここまでの進化は却って有毒なのではないか。現実逃避の為にゲームをプレイしている人にとっては特にそうなりうるだろう。私もリアルが醜いと思うから、やはりゲームの方が好きだ。けれども、たまにふと現実に戻される。勝っても負けても同じように。だったら、ゲームオーバーがないような楽しみ方ができるゲームや、いっそゲームとは名ばかりのVR世界を体感してみたい。そして、二度と戻って来られなくなりたいのだが、カクカクかある限りは無理だろうと思っている。

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