(8万字突破記念)大規模なメモ書きに潜む方程式

 私は小説を書く時に下書きをノートに書く癖がある(面倒くさいことは重々承知の上でやっているが、これをしない限り大まかな内容は覚えていられないのだ)。下書きの段階でも痛い表現は使わないつもりだが(あったら誰か教えていただきたい)、そのかわりに元ネタなどが頭に浮かんでくるような補助をする場合がある。ついでに段落番号も下書きの時点で振ってある(忘れるといけないから)。コクヨから発売されている「文頭が綺麗に揃うノート」なるものを使えば、段落番号だけは解決できるのだが私はかわいいノートだけを趣味に使うというポリシーやらなんやらがあるのでそれをしない。メジャーデビューをとある理由で目指してもいるが、多分デビューをしてもかわいいノートはそのままだろう。

 下書きはある意味でメモ書きに等しく、端っこにもまた(学生時代と趣は違うものの)沢山のメモがある。お使いのメモとは共通点が一つある。方程式が成り立っていること(イコール法則性が見受けられる)だ。ただ、私の小説には法則性こそあるにはあるが、見抜くのは難しいだろうと思っている。要は根幹にこそ一貫して共通している要素があるのだが、ぱっと見ではそれが分からないということである。

 ちなみに、この方程式を楽しく書くコツはかわいいノート以外にも、シャーペンで本文を書き、アクセントにパステルカラーのボールペンを使うことが挙げられる。この時痛いことを書けば、後に黒歴史と化しそうだが。一発ギャグを書けばネタ帳と化すし、落書きばかり描けば落書き帳になる。物語の下書きを書けば、小説のメモ書きになるのだ(最後まで書ききることは少ないのだが)。尤も、現代においてメモ帳はスマホで代用可能なケースもあるので一概にはいえないのだが。

 昨今は、何でもタイピングやスマホで済ませてしまうせいか、ノート選びというものがあまりなされないように思う。全てデジタルで済ませてしまうと味気なくなってしまうと、私は思ったのだが。合理性という面ではいいのかもしれない(ギガとの兼ね合いがあるが)。けれど、何においても味は必要だ。味気ないモノに、刺激はないから(過激なものを求めている訳ではないので悪しからず)。一昔前までは、ノートをデコレーションする為のノートまで売り出されていたような記憶があるのだが、それすら今はないのだろうか(それで勉強に集中出来なくなったら本末転倒だが)。

 デジタル化していく未来、アナログ文化は一体どうなるのだろうか。

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