怖いくらいに歯止めが効かない

 我慢は出来るが、私自身我慢は嫌いである。欲しいと思ったものはしっかり買いに行き、食べたいと思ったものはしっかり食べる。かゆいと思えば風呂に入り、眠い時は眠る。そんなサイクルがもう随分前に出来上がっていたように思えば、夢中になれることは何時間でも夢中になれたり。場合によっては寝食を犠牲にできてしまうので、少々困っている(頭が働きやすいのが日が暮れた後というのが一番の理由ではあるが)。また、我慢嫌い故に楽しいことをいつでも求めているのだが、この気持ちが分かる人はいるのだろうか。

 我慢と同じくらいに努力も嫌いである(正確には出来るが疲れるし、努力という言葉を用いるのが嫌い。執念は好きだし、寧ろ執念深いという言葉は褒め言葉でさえある)。だから面倒くさいことには関わらずに生きてきた。それでも面倒なことはついてくるので、しまいには生きることが面倒くさくなりそうな気もする。私が面倒くさく思わないのは、どこかへ遊びに行くこと、物語を作ること(実はこれも結構面倒くさく感じる。というのも、一回ノートに下書きしてから清書するからだ)。絵を描くこと、楽しいと思えること全て。だから努力家の気持ちは分からないし、分かり合うこともないだろう。

 世の中には楽しいことが沢山あるのに、そのどれもが時折手の届かないところにある(手が届かないからこそいい、というのもあるが。全て手に入れてしまったらハレがケになるから、敢えてしない)。楽しいことをしているのに、人とついつい比べてしまい、結果として苦しむということもある。これが執念深さ故の弊害なのだろうが、楽しいことだからやめる訳にはいかないのだ。

 私の部屋は楽しいものやかわいいものが沢山あるが、皆からはガラクタに見えるようだった。私にとっては自分の世界を構成する為のものでも、それが許せない人は確かにいる。私はそれを守り続けている。誰にも穢させない為に。いつだって、自分の世界の価値が分かるのは自分だけだから。ちなみに、私の部屋には最近新しい仲間がやってきた。親友から貰った鮫のぬいぐるみだ。結構大きいのでベッドの半分を圧迫するが、それでも気に入っている。ついでに、机の上にもかなりぬいぐるみが置いてあるが、これらも全て自分の世界を構成する為のスパイスである(というより、アーカイブに近い)。おかげで机の上はアトリエのような、混沌とした様相になってしまった。しかし、こんな部屋でも物語は沢山思いつき、それを形にできてしまう(取材が必須な場合もありこそすれ)。混沌とした世界が、きっと創作の源になるからだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る