(ネタが尽きそうになったけど番外編)語るほどでもない話

(今回は予定を変更して、番外編をお送りいたします)

 

 

 自動販売機を見ると、色とりどりのラベルに挟まる形で水が売っている。テレビでも一時コマーシャルがやっていたことがあったし、ただの水なのにこんなに有り難がる人がいるのかと思った。私はいつもお茶ばかりを飲んでいる(ゲン担ぎも含めて)のもあり、何故自動販売機に水があるのかあまり理解できないのだ(水道水で十分だと思っているから)極め付けは、採水地やらボトルのデザインにこだわった水が世界のどこかで(値段は高い)売られているという。この話を動画で知った時、「ただの水にこんな値段が付くのか⁈」と驚いた。採水地が理由で価値があるのならまだいい。パッケージに力を入れ過ぎるのはどうかと思うのだ。普通の水を当たり前のように飲んでいるからそう思うだけなのかもしれないが、中には驚きを通り越して呆れるものもあった。というのも、オークションで出品されたという百万円単位の(正確な価格は五五〇万と途轍もなく高い)水が世界にはあるというのだ。ボトル本体に純金が使われているというそれは、中の水が単なるオマケにしか思えないようなものだった。ボトルだけでも美術館に飾られそうなアートっぷりはモダンアートの先を行くような。その値段は最早宗教としか言いようがないレベルにまで昇華しているのだった。

 ここまで高い水(ふざけているとしか思えないものも中にはあるが)が海外にある理由は、日本人には馴染みのない理由である。海外では安全な水道水が飲める場所が少なく、ミネラルウォーターを購入して飲まねばならないからである。場合によってはフルーツの果汁を水の代わりに飲まないといけないところもある(現実的とはいえないが)。ついでに、貧しい国では汚い水しか使えないこともなくはない。あるとしても、川や湖などから汲んでくるしかなく、井戸ですらかなり便利だというレベルである。ただの水(しかも品質がいい)にお金を払うのは馬鹿馬鹿しい、と感じられる私達はかなり恵まれているのだ。尤も、日本の井戸水にも飲めないところは沢山ある(基本的にまともに飲めるのは田舎の水だけ)のだが。ちなみに、日本の水道水の中にも美味しい美味しくないという区分自体はあり、都会の水は飲めたものではないというケースもある。

 私達の世界は顔も知らない誰かにとっては夢物語のようでも、私達にとってはそれが当たり前ということが数多くある。語るほどでもないものの、思ったことは確かにあってそれが意外に面白いものだということだってあるのだ。

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