「理屈」
世の中には分かりやすい理屈と、分かりにくい理屈がある。「常識的に考えて」だの「王道」やらは通用しない理屈も中には存在するだろう。だからこそ謎は尽きず、増えていく。感情だけで対処できるものでもない。そんな中で今回はとある小さな理屈を知った時の喜びと納得を語ろう(小さい子みたいだとも言われるが、小さいことを知る喜びはえてして大きいものであると、私は思うのだが)。
今は昔、まだ私が幼くかわいらしいもの(お茶犬とかポケモンとか…)しか知らなかった時のこと。「プリンは牛乳と砂糖で作るものなのだ」と、母から教わったのだ。しかし、市販のパック牛乳(学校のビン入りの牛乳にも?)にプリンのような味はしないし、プリンの素なるものまで市販されているので長いこと私は「?」という気持ちだった。それが一気に晴れ、すとんと落ちるように納得できたのはつい最近のことである。何故あんな味になるのか、その一端が。もう少し早く分かれば良かったとも思っている。
その時私自身、自転車で行けるくらい近くの公園に行ったのだが、その帰りにふらっと駅前(公園からはそんなに離れていない)の商店街に立ち寄った。昔ながらの商店街で、なんとなく趣がある。天井は低いような気もするが。商品を見に行った(冷やかしではないのだが)帰りに、自転車を置かせてもらっている「礼」のつもりでビン入りの牛乳(正確には乳飲料)を(安かったから)購入し、その場で飲んだ(ビンは買った店の人が処分してくれた。ありがとうございました)すると、濃厚でプリンのような味を感じ取れたのだ。ここで漸くプリンが何故牛乳と砂糖だけで作れるのか、理屈が理解できた。今の今まで私の中では謎だったのだ。プッチンプリンはプリンという名のゼリーであるし(ただ、メカニズムまではまだ分からない)。あの日の牛乳は牛乳マニアから見れば「邪道だ」とも言われそうな気もする(味が)。
これ以外にも理屈というものは沢山あるし、その全てを理解はし切れないのだが、理屈だらけの世の中は私には優しくないような。現実的といえば聞こえはいいのかもしれないが、理屈だらけだとロマンも何もないような気がしてならないのだ。謎を解き明かすのは確かに楽しい作業である。しかし、その中に感情的なものが無ければいつかは確実に飽きるだろうことは目に見えている。
好きという気持ちが無ければ続けることはできないものは多いし、むしろその通りだと思う。それがいつまで続くかは置いといて。
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