幸せになるには
理想と現実の狭間で一生懸命もがいている人がいる。恵まれていることに気づいていない人もいる。ヘマをしても友達にフォローしてもらう人もいれば、孤独に耐えている人もいる。とまあ、世の中には大勢の人がいるが結果的に見えているのはマクロかミクロかの違いでしかない。私は後者で、(褒められたことではないだろうが)自分(と心を許した人)のことしか見えていない(ような気がする)。だから、楽しいことが出来ればそれでいいし、もっと言えばほぼ常に楽しいことを追い求めている。どこまでもいつまでも、楽しいことを追いかけてどこかに行っている(危ない目に遭うこともない訳ではない)。冒険を本能的に求めているのだ。
あまりにこだわりが多すぎると動くことは出来ないし、こだわりが少なくても自分を出すことは出来ない。欲しいものは確実に、かつ頃合いを見計らって手に入れるべきなのだ(別に、今日届いたアクリルスタンドの手続きがややこしく、手数料と配送料込みで大損したという訳じゃないからね⁈ちなみに件のアクリルスタンド自体はかなり気に入っている)。ついでに、欲しいもの(物理的な意味でも、それ以外でも)は環境も重要である。恵まれた環境ほど手に入れられるものは(ある意味)多く、そうでない環境だと逃しやすいことが判明しているからだ。生まれ持った資質、生まれた土地、人間関係などなど。これらは全てのベース(まあ、結局はちりつもであるが)になるのだが、残念ながら選ぶことは出来ない。我々人類は暴力的に産み落とされてくるのだ。動物だから、と言ってしまったらそれまでだがドラマティックな出産シーンなど無いに等しい。これは本当のことである。
理想が高すぎる人間というのは、いくらでもどこにでもいる。隣の芝生は青いから仕方ない。私は比較的自由気ままに生きているつもりだから、理想が高いと苦しいのではないかと思っている。苦しみはある程度必要だが、完全に苦しみながら生きる必要はないだろう。のんびりと物見遊山をして生きるのもいいものである。
上には上が、下には下がいるが比べたら比べたでキリがないことは明白だ。当たり前といえば当たり前だが、気づかない人も世の中にはいる。幸せになりたいならば、自分(とその周り)だけを見ていた方がずっといい。自己中はいけないことだと言われるが、だからといって自分を犠牲にし過ぎてもいけない(どっちつかずが器用な生き方かもしれない)。私自身、人生は楽しみながら生きるつもりだから。なるべく苦しみたくないのだ。
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