夜は長く短い
「夜」という言葉。皆さんはどんな風に感じるだろうか。少なくとも、都会と田舎でイメージは違うと思う。都会の夜は繁華街がまず最初に思い浮かび、その次に沢山の灯にネオン。不健康そうな空間(青天井だが)が形作られ、見せかけの華やかさとは裏腹に朝日と共にそれらは全て剥がされる。その中で聞こえるのは陶酔、歓喜。その場限りの快楽。人通りが多いといえば聞こえはいいが、実態は寄り道をし過ぎた人ばかりの不愉快な街。
一方で田舎の夜は寂しく、ひと気がない。人通りも少ないし、単純に都会よりも心細くなってしまう要素があまりにも多い。聞こえるのは風の音がメインだが、稀に車の音も聞こえる。フクロウの鳴き声が聞こえる人もいるだろう。文字通り周囲に何もないからこそだ。その代わり、星が綺麗に見える。それでも私は夜に外へ出ることはしない。家の玄関が暗い中で電話やらコンピュータのランプが点灯している様を、今でも怖がるくらいだから(住んでいるところは都会に近いのだが)。だから夜は家にこもっているのがセオリーなのだ(買い出しなどは別)。
さて、こう聞くと夜は大人しいのかな?と思うだろう。逆である。様々なアイデアは大抵夜に思い浮かぶことが多いのだ。だから、形にすべく書き起こすのも大抵夜になる。昼でも出来るが、気が進まない。昼は動く時間だから。それこそ、入浴中でも思い浮かぶことがあるし、大好きな動画を見ている時や、ゲームをしている時だって思いつく。ついでに、夜更かしもしやすくなる。
昔は夜のゴールデンタイムといえば、父が中心になって静かな食卓を盛り上げてくれる時間だった。下ネタを交えながらも、沢山話をしていたしとても楽しかったと思う。今はそんな空気にはならないが、それでもあの頃のことは今でも思い出せる。それと同時に、子ども向けのドラえもんやら何やらが、もっと昔はこち亀なんかがやっていた。エンタの神様ではケラケラ笑っていたし(父はつまらなそうにしていたが)、進撃の巨人や勇者ヨシヒコは家族で見ていた覚えがある(一度だけ「人が死んでる」シーンで笑ったことがあるが、パロディを即座に見破っていたから笑っていたというだけの話である)。今でも夜のニュース番組は数少ない癒し(いつも見ているから。逆にアニメなどだと安心できない)である。
いとこ達とのお泊まり会では、楽しくて明け方まで眠らなかった(次の日はポケモンサンデーとワンピースをテレビで見たような)。
こうしてみると、夜にも沢山の思い出があったのだなと私はしみじみ思った。
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