サイコパス診断の話

 中学生の頃、友人から教わった心理テスト(恐らく遊びではない)があった。それは、「ある男の子のもとにサンタさんがやってきてサッカーボールと自転車をプレゼントしました。けれど男の子は喜びませんでした。何故でしょうか」というものである。私はその時「同じようなモノを持ってたら、喜べないだろう」と答えた。この答えは「普通の人の答え」であった為に、私自身の思考は意外にも普通の人よりであることが判明したのだった(良心などないと思っていたので。人とズレ過ぎているから分かりにくいのかもしれない)。あの時アレ以上の答えは全く思い浮かばなかったが、今思えばアレは「ガチャガチャのダブり」みたいな理屈で回答したのかもしれない。同じものは二つも要らない。一つあればそれで充分(世の中にはゲーム機や携帯電話の二台持ちがいるようだが)なのだ。小さなモノだけならまだしも、大きなモノが二つもあっては困る。そんな感じだったのではないだろうか。

 もう少し後の話をしよう。私はその時母と一緒にテレビを見ていたのだが、その時にサイコパス診断が。その内容は「目の前に自販機があるが、販売されている商品には名前が書かれていなかった。あなたは喉が渇いていたので、とりあえず一本の飲み物を買って飲むことにした。買うとしたら飲み物の色は何色にする?」というもの。私の目の前には一本のペットボトルがあった(ラベルの色は緑)ので、迷わずその色を答えた。結果は普通の人の答えだった。もしかすると私の脳みそは案外そういう風に出来ているのかもしれない。一線を超えないように。

 インターネットでこの手の診断を調べると、大体にして物騒なものばかりがヒットする一方、サイコパスの回答は色々な意味で興味深く見える。私が思い浮かばない回答ばかりで、新たな世界を知ったような気がするのだ。その中にはワイドショーで一時話題になった殺人犯の回答も混じっているので、僅かだが犯罪者の心理を伺い知ることが出来る。私から見れば、「よくそんなこと思いつくよな」としか思えないのだが。

 ただ、全ての犯罪者がサイコパスという訳ではないし、サイコパスだからといってレッテルを貼ってもいけない。ただ単に「ちょっと物事の見方や考え方が違う普通の人」だと私は思っている。見える世界が違うだけなのだ。サイコパスというだけで怖がるのはお門違いだと私は考えている。殺人犯の代名詞ではあるが、誰にだってそういうところはあるものでそれを押さえているから。

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