コイツは知育玩具……なのか?
祖母の家には人形以外にも、魅力的で楽しいもの(レコードプレーヤーやピアノなども)が沢山あるのだがその中で気になったおもちゃがある。小さい頃(といってもそれなりに大きくなったかもしれない頃)に、祖母が物置から持ってきてくれたものなのだが、説明書がない為に正しい遊び方が分からず、自分が思った遊び方で遊んだ覚えがある。そのおもちゃが入っていたダンボールの中身は、ヘッドが赤、青、黄、緑のいずれか一つに塗られた木製のネジとそれを差し込むためのサイコロ状の何か、それと車輪だか歯車だか分からないもの、ネジを差し込む為の木の板。
勧められた当初は困惑したものだが、遊んでみると楽しいし上手く使えば車や工場の動力も作れたのでは?と思った。単純にネジをひたすら回していくのも楽しいがそこに物語や役割を組み込むと、より楽しくなる。
こういうおもちゃ以外にも、積み木やレゴもとても楽しかった思い出がある。というか、ビデオゲームや携帯ゲームの楽しさが分からなかった頃は、こうしたおもちゃが遊びの半分を占めていたような気もする(実際、ゲームを本格的に遊ぶようになったのは小学四年の時)。今でも、ゲームには苦手意識があり一部のゲームしかやらないようにしているが、そういったゲームは考察の楽しみや知識を得られるからプレイしているという側面があった(メガテンシリーズなど。というか今の私はメガテンありき)。
実のところ、私は空想したり何かを創る方が好きだといえる。だからゲームの楽しみがあまりわからないのではないだろうか。
おもちゃ然り、メガテン然り。幼い時の体験は大人になった今でも自分の中に残り続けている(メガテンについては、小さい頃は理解出来なかったが今はちゃんと理解できる)し、今も自分の中に生き続けているものだってある。これは、何物にも変えがたい宝だと言えるだろう。
ちなみに、こうは書いたが私自身、小さい頃から可愛らしいものも好きである。そのかわいいもの好きが結果として今のメルヘン好き(キャラクター作成も大抵メルヘン)やまどマギ好きに繋がっているともいえるのだが。シナモンのグッズは持っていて当たり前だと思っていたし、お茶犬だって好きだ。とはいえ、今は多少嗜好が変化してしまったのもあり、毒を含んだ作品が好きになりやすい傾向がある。私自身、一次二次を問わず毒のある作品を好んで見ているのがその証拠だ。平和で明るいだけの作品はそこまで好きではないし、毒があってこその物語だと思うからだ。
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