寄り道ライフ
昔から寄り道は好きだった。一番最初の記憶を遡っても、小学校の頃からになるが。今は随分と行動範囲が広くなったので、寄り道がしやすくなった。
人生において、寄り道はするべきものであると私は考えている。というか、私自身は寄り道をしなければ生きていけないような気がしている。意外なことに寄り道を楽しむ人は少数派のようで、多くの人は大体真っ直ぐ帰るようだ。防犯上はその方がいいのだろうが、それではあまりにも味気なく感じるしつまらない。寄り道をしてでもやりたいことはして、手に入れたいものは手に入れるのが人生だと私は思う。
例えば、目的の古本屋以外にも中古屋に立ち寄ったり、バイト帰りにゲーセンに寄ったり。公園に行く途中にバードウォッチングというのもアリだろう(日中限定)。寄り道スポットは多ければ多いほどいいが、あり過ぎてもいけない(廻りきれないので)。ちなみに、私の場合は寄り道そのものを数時間で完結させているが、門限の都合である。
寄り道は物理的な意味だけでなく、精神的な意味でも出来るがするかどうかはその人次第である。というのも、私自身は頭の中で寄り道をし過ぎてとんでもないことになっているからである(考えがまとまるのに時間がかかる)。多くの人はそれをしないから寄り道をしないともいえるのだろうけど。私が作ったキャラクターも結構寄り道を繰り返しているので、デザイン決めには時間がかかっている。しかし、その分オリジナリティは抜群で堂々とパクリを敢行しても一切バレなかった(細か過ぎてわからない為。一つでも見抜ければ健闘した部類に入る)。ついでに、小説の出来上がりが遅いのもこれが理由の一つである(最終的にはなんとかするが)。
合理的であることは悪いことではない。現に、合理的に対処することによって物事は円滑に進むし、合理性(機能性?)を追求したモノはシンプルで使いやすい。けれど、どこかで寄り道をしなければ生まれてこないアイデアも確かにあるし、寄り道をしなければ心豊かには生きられないとも思う。頭の中で日々空想することは決して無駄なことではないだろう。空想は隙間時間に出来るし、金もかからないある意味では最高な暇の潰し方である。
ちなみに、私にとっての寄り道は人生に大事なものであると同時に、ある種のルーチンワークである。要は脳みそが自然と寄り道を欲するのだ。時間次第では真っ直ぐ帰るが、結構な頻度で寄り道をしているのはこれが原因でもある。それでも楽しく暮らせるのだから結果オーライではあるが。
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