第59話 5階層ボス部屋にいたのは?

 ――翌朝。


 俺達はダンジョンに向かった。

 家の横の仮設の道から、転移部屋のある丘へ向かって歩く。


 サクラは、1週間前と違う様子に驚いている。


「いや~、もう、こんなに工事が進んでいるんですね!」


「その分、エリス姫が大忙しらしいよ」


 道沿いには、早くも露店が出始めているが……。

 数日前、露店の場所取りで揉め事が起きている。

 衛兵が止めに入り、エリス姫が仲介して何とか収まった。


 この通り沿いの土地の権利は、あやふやな所が多いらしい。

 エリス姫は、工事の手配だけでなく、権利調整でも忙しいそうだ。


「じゃあ、エリス姫と共同探索って言うのは?」


「出来てないよ。1週間前の探索が最後だよ。サクラもいたろ? あれ1回きりだ」


「……なんか、ちょっと可哀そうだね」


 確かにな。

 彼女は落ち着いて見えるけれど、まだ12才だ。


 大人に混じって権利調整なんて、神経をすり減らす作業だろうな。

 今度、何か差し入れしてやるか。


 サクラが、セレーネとおしゃべりを始めた。


「じゃあ、1週間、ヒロトとセーレネだけで、ダンジョンを探索してたの?」


「ううん。ギルドマスターのハゲールさんご指名で、指名依頼が入ったの」


「指名依頼? どんな仕事?」


「5階層のアカオオマムシを集めるの。毒消しの材料になるんだって」


 そうなのだ。

 この1週間は、アカオオマムシ狩りだった。

 5階層の転移魔方陣の近くで、ひたすらアカオオマムシを倒す日々だ。


 とは言っても、【麻痺毒】のあるアカオオマムシに近づくのは危険だ。

 肉をエサにして、アカオオマムシが集まって来た所を、セレーネが矢で倒していた。


 俺は、拾い集めるだけの簡単なお仕事でした。


「へー、報酬は?」


「1人、1日2万G」


「うっそ! 悪くないわね! あちゃー! わたし、稼ぎそこなったわ!」


 サクラは、悔しがっている。

 天使が稼ぎそこなったとか、真面目な神官が聞いたら卒倒するだろうな。


 俺は2人のにぎやかな会話が嬉しかった。

 いつも通りの俺たちの日常が戻って来たのだ。


 俺はサクラに、帰省中に起きた事を話した。


 ヒロトルートが、一般冒険者に開放された事。

 ヒロトルートの魔物の買取が始まった事。


 チアキママが作ったアカオオトカゲのポーションを飲まされた事。

 それは生臭くてひどい味だった事。


 俺が話すと、サクラは楽しそうに笑った。


「それで、今日はどうするんですか?」


「指名依頼は、昨日で終わったんだ。他のパーティーが、5階層で活動し始めたからね。そこで今日から、ヒロトルートの6階層を目指そうと思う」


「おお! 腕が鳴りますね!」


 サクラは、ブンブンと腕を振りました。

 物騒な天使様だ。


 屋台で昼飯用に串焼きとパンを買って、ダンジョンに潜った。



 転移部屋から5階層の魔方陣へ転移する。

 5階層の魔方陣の近くでは、他のパーティーがアカオオマムシ狩りを始めている。


 ヒロトルート4階層のボス、レッドリザードを突破してきたパーティーだ。

 ここ3日、アカオオマムシ狩りで良く顔を合わせたので、すっかり仲良くなった。


 俺とセレーネは、元気に挨拶をする。


「おはようございまーす!」

「おはようございます~」


 先着していた顔見知りの4人組パーティーが、陽気に返事をする。


「おお! ヒロト! セレーネ!」

「今日も沢山いるぞ~。アカオオマムシ狩り日和だぞ!」

「お! お仲間復活か?」

「その子が噂の天使ちゃん?」


 サクラに注目が集まる。

 サクラが、また例の戦隊系ポーズを決めた。


「大正義! 剛腕美少女天使! サクラちゃん参上!」


「ガハハ! いいぞ!」

「ヒューヒュー!」


 盛り上がっているのである。


 まだ、この階層は俺たちを入れて5パーティーしか到達していない。

 活動しているパーティーが、まだ少ない階層だ。


 俺は何かあった時の為に、行動予定を彼らに伝えた。


「俺たちは、アカオオマムシ狩りの依頼が終わったので、6階層を目指します」


 リーダーのゴツイ髭面戦士が答える。


「了解だ。俺らは転移魔方陣の近くで、アカオオマムシを狩っているよ。気を付けてな!」


「ありがとうございます。そちらもお気をつけて」


 俺達は5階層の奥へと進んだ。

 方角で言うと東の方だ。


 石造りのダンジョンを3人で進む。

 すぐにアカオオマムシ10匹の集団に出会った。


 俺は慌てずにマジックバックから魔物の肉を取り出し、肉をアカオオマムシ集団に放り投げる。


 アカオオマムシは、俺たちを無視して肉に群がり出した。

 その様子を見てサクラが呆れた声を出す。


「アカオオマムシって、バカなんですね……」


「あとはセレーネが矢で始末するだけだよ。セレーネよろしく」


 セレーネが矢を射る。

 放たれた矢は、正確にアカオオマムシの頭部を貫いていく。


 5分と待たずにアカオオマムシは全滅した。

 俺とサクラでアカオオマムシを拾い集めマジックバッグに放り込む。


「この方法で、この1週間荒稼ぎしたよ」


「アカオオマムシは、1匹いくらですか?」


「8000Gだよ」


「えっ! そんなに高いの!?」


 サクラが驚くのも、無理はない。

 今のところボスを除いてだが、アカオオマムシの買取額が一番高い。


 毒消しの材料になる肝が、5000G。

 肉は不人気肉の為、安めで、1000G。

 魔石は高めで、2000G。


 魔石は火属性の魔石だったので、小さいサイズの割に良い値が付いた。


「ちなみに、4階層のアカオオトカゲは、2000Gだよ」


 ポーションの材料になる肝が、2000G。

 魔石は、火属性で2000G。


「ヒロトさんとセレーネ、わたしが居ない間に、相当稼ぎましたね……」


「俺たちだけじゃないよ。5階層でアカオオマムシ狩りをやってるパーティーは、稼いでるよ。運ぶのも楽だしね」


「ルドルのダンジョンが、稼げるダンジョンに代わりましたか……。これは、6階層も期待ですね!」


 俺たちは、進んだ。

 アカオオトカゲは、同じ要領でさっさと処理する。


 お昼頃、水場を発見した!

 広場みたいに開けた場所で、壁から石の管が突き出て水が流れている。


 ジャイアントバットのテントを出して昼休憩だ。

 屋台で買っておいた串焼きとパンを食べる。


 サクラが真面目な顔で話し出した。


「宝箱が、なかったですね」


 俺とセレーネは、顔を見合わせた。

 宝箱? 何の事だろう?


「サクラ、宝箱って何の事だ?」


「4階層の水場には、銅箱がありましたよね? ヒロトさんが使っている、ワーウルフのバッグが出たでしょ」


 そう言えば、そうだな。


「……宝箱って、ランダムに出るのかな?」


「その可能性もありますね。けれど、規則性があるなら……」


「初回訪問特典みたいな感じで、水場に最初だけ宝箱があるとか?」


「わたしは、その可能性が高いんじゃないかと思います」


 そう言えば、ダンジョンの階段は規則性があったな。

 通常ルートは、下から上、上から下、みたいに規則的な配置だった。


 もしも、そう言うダンジョンのクセみたいなモノがあるのなら……。

 あるはずの宝箱が無いという事は……。


「誰かが、この水場を先に使ったのかな?」


「わたしたちより先行しているパーティーが、いるのかもしれませんね」


 俺たち3人は急に無言になった。


 ヒロトルートをエリス姫に話した。

 その時点で、他のパーティーがこのルートを先行する可能性はあった。


 その事は頭ではわかっていた。

 だが、今、目の前にその可能性を突きつけられると……。


 いきなり土足で自分の家に上がり込まれたような不快感が、俺の心に広がった。

 いや、これは単なる独占欲かもしれない。

 俺も性格が悪いな。


 俺は2人に気弱な声で話した。


「6階層一番乗りに、こだわっている訳ではないけれど……」


 セレーネが力強く言い切った。


「でも、ヒロトルートはヒロトが見つけたのだから……。自分が一番でいたいって思うのは、ダメじゃないよ! 私は、他のパーティーに負けたくないな!」


 続いて、サクラが冷静な意見を述べる。


「他のパーティーを、ワザと先行させる方法もアリです。ボスや階層の情報を持ち帰ってくれます。わたしたちは、経験の少ないパーティーですから、あえて後発に回るのも悪くない手です」


 意見が2つに割れた。

 俺はしばらく黙って考えた。

 自分の直感に従ってみる事にした。


「嫌な予感がする。先を急ごう」


 俺たちは早めに昼食を切り上げ、水場を後にした。

 俺の判断で東に真っ直ぐ進む。

 移動の途中でサクラが聞いて来た。


「ヒロトさん、嫌な予感と言うのは?」


 俺は少し考えてからサクラに答えた。


「昨日の時点で、この5階層にたどり着いたのは、俺たちを含めて5つのパーティーだけなんだ」


「転移魔方陣の前で1パーティー会いましたね。今日は、アカオオマムシ狩りをやると言ってました。残りは、3パーティーですね」


「うん。その3パーティーも、ここ数日で話した事があるのだけれど、アカオオマムシ狩りで満足しているんだよね」


「あー。アカオオマムシだけで、結構稼げちゃう、みたいな感じですか?」


「そうそう! だから、彼らが6階層へ探索を進めるとしたら、もっと先の事だと思うんだ」


「6階層に人が増えて、アカオオマムで稼ぎづらくなった時ですね」


「うん」


 それまで最後尾で黙っていたセレーネが口を開いた。


「じゃあ~、知らないパーティーが~、先行しているのかな~?」


「その可能性が高いと思う」


 サクラが、別の可能性を指摘する。


「運び屋が、他のパーティーを引き入れましたかね?」


「その可能性は、低いと思う。運び屋をやるより、自分達でアカオオマムシを狩った方が、今は稼げるよ」


「確かに」


 転移魔方陣は、自分が一度行った事のある階層に、転移魔法を発動する事が出来る。

 この特性を利用して商売をするのが、運び屋だ。


 自分が行った事がある下の階層まで客と一緒に転移する。

 客はダンジョンのショートカットが出来る。


 ルドルにはいないが、他の階層が深いダンジョンでは、運び屋がいるそうだ。

 転移する階層が深いほど、高い料金を取れる。


 ヒロトルートは、まだ5階層だ。

 大した料金は、取れない。


 それなら自分たちで、アカオオマムシを狩った方が良い。

 5組のパーティーで独占しているのに、わざわざ商売敵を増やす必要はない。


「もしも……、新しいパーティーが上の階層から降りて来ているのだとしたら、アカオオマムシ狩りをやらないで、6階層をストレートに目指しているって事になる」


「目的は稼ぎじゃないって事ですかね……」


 そうなる。

 そいつらは、今、どのあたりにいるのだろう。


「スコットの気持ちが、分かるな……」


「誰ですか?」


 俺のつぶやきに、サクラが反応した。

 俺は頭をトントンと指で叩いて、サクラと【意識潜入】で話をする。


(転生前の世界でさ。昔、南極大陸の中心、南極点一番乗りを目指していた、イギリスの探検家だよ)


(へー、一番乗り出来たんですか?)


(出来なかった。馬が寒さでやられて、徒歩で南極点を目指したのだけれど……。南極点に着いた時には、ノルウェーの国旗が、南極点に立てられていたんだ)


(ノルウェーの探検チームが勝ったと?)


(そう。ライバルに先を越されたんだ。ノルウェーのアムンセン隊が、寒さに強い犬ぞりで、南極点一番乗りを達成した)


(スコットさん、残念でしたね)


(可哀そうなのは帰り道だよ。徒歩で体力を削られ、悪天候でテントに缶詰めになり、食料も尽きた。吹雪の中、テントからさまよい出て、消えてしまった隊員も出た)


(……それで、どうなったんですか?)


(体力が尽きテントの中で亡くなった)


(……)


 しばらくすると、サクラが抗議して来た。


(縁起でもない事を、言わないで下さい! わたし達は、スコットさんみたいに遭難しませんよ!)


(あ、ごめん!)


(まったく! 悪い予感とか! スコットとか! ほら、急いで下さい! ボス部屋探しましょう!)


 それから2時間後、俺たちは5階層のボス部屋を見つけた。

 だが、先着しているパーティーが丁度ボスを倒した直後だった。


 ボス部屋に大きな蛇の魔物が倒れている。

 その周りに冒険者の姿が見える。


「先を越されたか!」


「ヒロトさんが、スコットとか言うからですよ!」


「スコットって、何?」


 先に到着していたパーティーは、6人のパーティーだった。


 盾と金属鎧を装備した、重戦士風の男が2人。

 軽装の剣士風の男が1人。

 ローブを着た魔法使いの男女が2人。


 残りの1人は、知った顔だった。


「あいつ! ニューヨークファミリーのケイン!」


 ホーンラビット狩りの時に、ホーンラビットの買い占めをしていたヤツだ。

 俺をギルドで、ボコボコにしやがった。


 ハゲールに追い出されたが、戻って来たのか?

 こいつら6人、全員がニューヨークファミリーのメンバーなのか?


 ケインは……。

 俺と同じ転生者だ。

 

 じゃあ……。

 一緒にいる奴らも、転生者なのか?

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