第58話 おかえりサクラ

 サクラがいなくなって、1週間がたった。


 俺もセレーネもチアキママも、いつも通り生活している。

 だけどお互い口数が減ったし、ちょっと沈んだ表情をする事も多い。


 正直言って、俺は寂しい。

 情けない話だけれど、夜1人で泣いた事もあった。


 幼馴染のシンディがいなくなった時は、寂しさより怒りが上回った。

 でも、今回は……、ひたすら寂しい。


 セレーネは、サクラと仲が良かった。

 初めて出来た同世代の女の子の友人だったそうだ。


 セレーネは、いつも通り振舞おうとしている。

 けれども、寂しい気持ちは良く顔に出ている。


 チアキママも寂しそうだ。

 チアキママとしては、セレーネもサクラも娘のように思っているらしい。


 母親と娘って、独特な関係だよね。

 親子なんだけど、女友達みたいな感じだ。

 母親と息子の関係とは、全然違う。


 サクラに帰って来て欲しい。

 帰って来るのかな?



 俺は、そんな気持ちを抱えて、この1週間を過ごした。

 助かったのは、冒険者ギルドから、指名依頼の仕事が入っていた事だ。


 仕事をしていると、多少は気が紛れる。

 こういう日本人のDNAは、転生しても健在だ。


 夕方、俺とセレーネは、ダンジョンを後にしてギルドに向かった。

 ギルドの受付カウンターで、ジュリさんと打ち合わせる。


 すると、ギルドの外から歌声が聞こえて来た。

 どこかで聞いた事のある、昔のアニソンだ。


「ランララララン♪ ラランランララン♪ ランララララン♪ ラランラン♪」


 俺とセレーネは、笑顔で顔を見合わせた。

 この声は、サクラだ!


 ギルドの扉が開いた。

 サクラが元気一杯で入って来た。


「ただいま~! 大正義! 剛腕美少女天使! サクラちゃん参上!」


 サクラは、意味不明の戦隊モノ系ポーズを決めた。

 俺とセレーネは、受付カウンターから立ち上がって、サクラに駆け寄る。


「サクラ!」

「サクラちゃん!」


 サクラが入って来た事で、ギルド内が大きくどよめいた。


「おおお!」

「天使様だ!」

「マジ・リアル・神の子かよ!」


 サクラが天使である事。

 女神アプロディタ様の娘である事は、街中みんなが知っている。


 サクラが消えた現場に居合わせた神官が、あちこちで吹聴しているのだ。


 天使が人間界に降りて来る事は、時々あるそうだ。

 だが、冒険者のパーティーに参加する事は、過去に数回しかないらしい。


 冒険者やギルド職員がサクラを見る目には、敬意がこもっている。

 中には祈りを捧げている冒険者もいる。


 その様子を見てサクラが調子にのった。


「フハハハハハ! 平伏せ! 人間どもよ!」


 本当に平伏す人が出て来た。

 これは、イカン!

 だが、サクラは止まらない。


「苦しゅうない! 苦しゅうない! よきにはからえ! お布施は現金で頼むぞ!」


 お布施とか、何言ってんだ! やり過ぎだ!

 俺とセレーネでサクラの口を押えた。


「ムグ! ムゴゴ……」


 俺はマジックバックから、サクラのギルドカードを取り出した。

 皆から見えるように高く掲げた。


「あのー、この子は天使ですけれど。ウチのパーティーメンバーで、Cランク冒険者です。気楽に接してください。お布施は不要ですから!」


 俺とセレーネは、そのままサクラを引きずって、ギルドから出た。


「サクラ! 帰って来た早々、騒ぎを起こすなよ!」


「サクラちゃん、お布施はまずいと思うな~」


「いや~、ごめん! 注目浴びたから、つい調子にのっちゃった」


 それから、俺達3人は笑った。

 心から笑った。


 サクラが懐から何か取り出した。


 「あ、これ、ヒロトの忘れ物だよ!」


 受け取るとそれは、あの日、河原で干した俺の洗濯物だった。

 俺は洗濯物を握りしめた。

 

 「おかえり、サクラ」

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