会社員と緑の守護者(6)

結局、あれからケニーの姿を見つけられることはなく、日が沈む前に、俺とアスカは森の中に少し開けた土地を見つけた。急いでテントを張る。テントの後は俺が火起こしを行い、横ではアスカが食事の準備をしていた。


俺は焚き火に魔物除けの粉を入れる。焚き火の色がオレンジから白色へと変わった。これで一安心だ。焚き火が白い間は魔物は近づいて来ないそうだ。理由は分からないが、旅をする人には必需品と言われている物だ。


火が消えないようにしないといけないが、夜に気を張って見張りをしなくていいのはありがたい。


飲み水はまだ大丈夫だが、明日になって川や湖があれば補充したいところだ。


呪怨のようにケニーケニーと呟いていたアスカも、腹に食事を入れることで、少し落ち着いたようだ。隣で頭をコックリコックリしては起きて、寝ていないよとアピールしている。


「アスカ、先に寝てくれ。後で起こすから。」


「……起きてる。」


「さっきからコックリコックリしてるぞ。いいから先に寝ろ。」


「うぅ……」


アスカは火のそばから、四つん這いでゆっくりゆっくりとテントに入っていった。


「うぅ……って。ゾンビかよ。」


アスカを見て苦笑しながら、俺はこれからを考える。ケニーがいない状況で、当てもなく森を歩くべきかどうか悩む。そして何故ケニーは俺たちを置いて一人で向かったのか。


……考えても分からない。


それからは頭を空っぽにして火の番をして過ごしていたら空が白んできた。アスカを起こし、俺はテントで寝ることにした。


アスカに起こされ、簡単な食事を二人でモグモグと無言で食べる。少し眠いが、活動には支障がなさそうだ。


テントをしまい、焚き火を消す。少し減った荷物を持って出発する前に


「今日だけど、付近を調べてケニーの姿や痕跡がなければ、一旦戻ることにするぞ。」


案内する人もいない状況で闇雲に歩いても仕方ない。今回の問題をケニーが解決してくれるのならそれでもいいしな。


「絶対ケニーを見つけて、けちょんけちょんにしよう。」


「……まぁ、それはアスカに任せる。見つからなかったら帰るからな。」


「ほ~い。」


気の緩い返事とともに出発する。どこを向いても森の中なので、直感で方角を決める。


「太陽の昇っている方角に進むか。ケニーを探すついでに、水を補充できたらありがたいから、水の音がしたらそっちの方角に進むぞ。」


「了解しました。隊長。」


まだまだ元気なアスカと森の中を歩いていると、どこかからガンガンと音がするようだ。


アスカと一緒に口元に人差し指を持っていき、静かにするジェスチャーのまま、音のする方向を探し、少しずつ音に近づいていった。


ガンガン……ガンガン……


近づいているようだ。どうやら音のする方向に何か生き物らしき姿がみえる。そいつが音を出しているのだろうか。


近づくにつれて、そいつはどうやら地面を掘り起こしているようだ。


前足を使って地面を掘り起こしている。動物か? 何をしているんだ?


いや……魔物だ。少しやせているようだがウルフだ。ん? 土を食べている?


ウルフは夜に動物や人を襲うものばかりだと思っていたが、草食系のウルフもいるんだな。


土を食べていたウルフは地面から顔を上げ、ヒクヒクと辺りのにおいを嗅ぐと


グワァ!


勢いよく顔をこっちに向け、俺とアスカを見た。


ガオォォン!


吠えながらウルフが襲ってきた。


なんで!? 草食じゃねぇのかよ! 大人しく土を食ってろよ!


俺とアスカはすぐに武器を構えた。


「俺がいなすから追撃宜しく!」


そう言って、俺はウルフの正面に立つ。


集団だと怖いウルフだが、今は一匹だけ。噛まれると怖いけど、剣でかみつきを受け流すことができればアスカが攻撃して弱らせることができるだろう。


「よっしゃこぉい! ……あれ?」


俺は気合を入れて待ち受ける。涎を垂らしながらウルフが近づいてくる。


あと少しでジャンプして噛みついてくるだろう。そのタイミングに合わせて剣をウルフの顔に当ててやる。


ウルフの上半身が沈んだ。全身のバネを使ってこちらに飛びかかる。そう思って剣を強く握ったその瞬間、


ウルフは足を滑らせた。


ジャンプをし損ねたのか、ウルフは身体を沈めたまま、ヘッドスライディングをするかのように突っ込んできた。


「んぁなろぉ!」


タイミングがずれたせいで、ウルフの顔に剣を落とすことは出来ない!とっさに剣をバットのようにしてウルフの顔を打った。当たったものの、チカラが十分に伝わってない振り方だ。次がくる!


「まだだ! 気をつけろ!」


アスカに声をかける。アスカがダガーを構えウルフの攻撃に備えている。


「……どうやら、だいぶ弱ってるみたいだよ?」


アスカは身構えるが、ウルフの様子がおかしい。


俺もウルフに身体を向けて身構える。ウルフは足にチカラが入らないのか、起き上がろうとしては倒れている。それでも、こちらに敵意を向け、涎を垂らしながら唸っている。


「……とりあえず、仕留めるぞ。」


俺はウルフを退治した。


「ウルフって昼間は土いじりしているのか?」


「さぁ? すごく細かったから、群れから追い出されたはぐれだったんじゃない?」


俺とアスカが知っているウルフの生態と違うことに戸惑いを感じていた。


「まぁ、少しは飯と金の足しになるだろ。討伐したから牙や肉でも回収するか。」


そう言って俺はナイフを持って退治したウルフを解体しようとした。


「……ん? ……アスカ、これ、なんだろ?」


「どうしたの?」


「いや、こいつの牙が緑色なんだけど……」


近づいてきたアスカに見えるようにウルフの口を開く。そこには立派な牙が二本とも緑に染まっていた。


「気持ち悪い。それって土の中の虫を食べてたせいじゃないの?」


「土の中の虫かぁ。触りたくないから一回水で洗うか。」


俺は水筒を取り出し、牙に水をかけた。しかし、緑色は取れなかった。


「うん? 色が落ちないぞ……こびりついてるのか?」


近くの草を引きちぎり、ゴシゴシとこすってみるが、緑色は落ちない。


「……何だ……何か変じゃないか……こんなことウルドの冒険者ギルドで聞いたことないぞ。」 


「あ! ディー、そいつの足よく見て。」


「足? ……なんでこうなったんだ……」


倒したウルフの足をよく見ると、前足は血まみれになっていた。後ろ足と比べてみると太い。よく見ると化膿して腫れている。


「こんな状態でこいつは地面を掘っていたのか?」


傷を負っているなら逃げるくらいの知能はあるはずだし……


分からない。


「ディー。何か変じゃない? ケニーも気になるけど、一旦帰ろう。」


アスカが何かを感じとったのか俺に戻ることを促してきた。話しかけた後は周りをキョロキョロとしている。


「アスカ、何かあったのか?」


「ううん。何もないけど……何か怖いことが起きそうで……」


「……直感?」


「まぁ……そんな感じ?」


「……よし、帰ろう。一旦仕切り直しだ。ケニーのことは正直に伝えるしかない。こんな魔物がいることも知らなかったんだ。しっかり準備して再出発だ。」


「うん。」


「さて、念のためこいつの牙を持って帰るか。でも、この色は毒々しいから触りたくないな。何か葉っぱにでも巻いて帰ろう。」


俺とアスカは手分けして牙を包む葉っぱを準備して、ウルフから牙を抜きとった。


そこからウルドの街に戻るのに1日かかった。


道が分からないなか、何とか獣道らしき跡を見つけて辿ることができた。ウルドの街に着いたのは夜だった。歩き続けたせいかフラフラで、門番に心配されながらも何とか宿屋に着いて部屋に入った途端、意識を失うように眠ってしまった。

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